明日へ翔ける | ナノ
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「他の男を見てんじゃねえ」
女子部屋で、いつもより相当早く目が覚めた。…何故ならお腹が空いたからだ。

昨日の夕食時。強引に隣に座ってきたトラファルガーさんが時折楽しげに送ってくる私への視線が辛く、ごはんが喉を通りにくいばかりであった私。
自らすすんで側へとやってきた癖に特にこれと言って向こうから私に話しかけてくることがない…というのも居辛さに拍車をかけた気がする。だから私はデザートのおかわりもできないまま早々に席を立った。ちょうど洗い物当番ではなかったので、食べた食器を流しに置くとサンジにごちそうさまと短く告げて足早にキッチンを出た。そして物足りない気持ちを隠すようにそのまますぐに眠った。…というわけで、朝日もまだ顔を出しそうにないこんな時間帯に私は空腹の辛さで目を覚ます事となっている。

そんな全くかわいげのない早起きの理由にため息を吐きながら、まだ深い寝息をたてているナミとロビンを起こさないようにそっと布団から出て静かにドアを開けて外に出た。ひゅう…と吹きこんだ冷えた廊下の空気にふる…と震えながらそろそろと足音を立てないようにキッチンへと忍び寄る。ルフィのつまみぐいを防ぐために買った鍵付き冷蔵庫であるが、私は安全人間だと思われているため鍵の隠し場所は知っていた。まさか私がこの度その中身を漁ることになるとはね。苦笑しながらそっとしゃがんで鍵を隠した下の棚の隅を探った。そして鍵を見つけ、それを手にして立ち上がれば目の前に人がいたので驚いた。「ギャッ!!!……って、サンジ」「おはようラナちゃん」。そこに居たのはサンジだった。サンジは鍵を握り締めた私を見てクス…と笑って手を伸ばし、その鍵をそっと取りあげた。

「…やっぱりね。ラナちゃん昨日あまり飯食ってなかったろ?腹減って早く起きちゃうんじゃないかって思ってたんだ」

彼は私の早朝の隠密行動の理由を全部見抜いてそう言った。「…ご、ごめんなさい」「いいって。ちょうど今日の仕込みもしたかったから。座ってな。軽くなんか作ってやるから」「うん」。サンジは小さく笑って私に座るよう促した。…かっこよすぎます。私はカウンターへ座りながらそう思い、軽やかに鍋を取り出してお米や鶏肉や野菜などをそこに入れていくサンジの手つきを尊敬の眼差しで見つめた。
料理のできる男は素晴らしい。本当に。私は自分の哀しいとしか言えない腕前のことを思いながらふ…とため息を吐いた。サンジが華麗に包丁を動かす仕草や鍋を振る動き。全部に無駄がなくて、思わず見とれてしまう。しばらくすれば鍋からはコトコトと何かが煮込まれる音と共に優しい香りがして、そうすれば私のお腹はそれに反応してくうくうと鳴るばかりだ。
「はい、どうぞ」
そしてあっという間にほかほかと湯気のたったトマト色をしたリゾットの入った皿が目の前にスプーンと共に置かれ、私は嬉しさで目じりを下げながらありがとー、とサンジを見つめた。早速スプーンで掬って息を吹きかけ口へと運べば、途端に口内いっぱい広がった何とも言えないトマトと鳥の出汁の味でほっぺが落ちそう!私は更に目じりを下げて「おいしい!」と歓声を上げてしまった。サンジはそれにフフ…と満足そうに笑い、けれどすぐその眉を顰めるなり憎々しげに言った。

「…っとに、あの野郎はラナちゃんを困らせやがって。腹の立つ男だよ」

そしてそう言い放つと「…なぁ?」と、その顔をキッチンの入口へと向けたので私は驚いた。するとその直後、キッチンのドアが開いてトラファルガーさんが入ってきたので更に驚いた。彼は相変わらずの不健康そうな顔を少しだけ怒ったように歪め、小さく睨んだような視線をサンジへ送る。その後私を見つめてきた時は少しだけそれを和らげてはいたが、それでも彼は相変わらず怒ったままのようだった。

「外から覗き見とは趣味が悪ィヤツだ。お前も腹が減ったのか?」
「いや、そうじゃねぇ。…水をもらいに来ただけだ」
「へぇ。生憎だが今俺は忙しくてねぇ。セルフでどうにかしてくれ」
「最初からそのつもりだ」

何だか穏やかそうじゃなく聞こえるそんなやり取りの後、トラファルガーさんはキッチンの中へと入って棚からグラスを取り、水を汲んでそしてやっぱり何のためらいもなく私の隣へと座った。……。途端にスプーンが動かしづらくなる。「食わねえのか?」。トラファルガーさんはそんな私をちらりと見てくつりと低く笑った。誰のせいだと思っているんだろう…。そう思うと同時に、やはり時折私を見てくる彼の視線が更に私を落ち着かない気持ちにさせた。食べづらい…。私はスプーンをリゾットに突き刺したまま黙ってしまう。

「…おっと、俺としたことが」

すると、サンジの柔らかな声がしてカウンターの向こう側から身を乗り出すようにした彼が私のリゾット皿の上でその両手を動かした。するとそこから緑の葉っぱが小さくちぎられてお皿に舞い降り、途端にあたりに香ったのは…爽やかなバジルの香り。
「これでもっとおいしくなる」
サンジはそう言って私にウィンクした。トラファルガーさんの登場で顔を俯かせかけていた私であったが、その魔法のような仕草は私の顔を思わず上げさせ、彼はそんな私に向かってウィンクと共に優しい笑顔を向けてくれていた。赤いリゾットに緑色が加わると本当においしそう。私は止めていたスプーンを再び動かす。パク…。口に入れたリゾットは言われた通りさっきよりもずっとおいしい。

「本当だ。おいしくなった…。サンジ。ありがとう」
「ふふ。おかわりしていいからな。たくさんあるから」
「うん」
「テメェにもついでだからやるよ、ホラ。でもバジルはなしだ。さっきのでなくなった」
「…そりゃどうも」
「テメェはあんまり食うなよ。ラナちゃんのなんだから、なーラナチャーン♪」
「…うるせぇな」
「フフフ…」

私はサンジの笑顔に思わず緊張が解けて笑っていた。…何故かその時隣から貫くような怖い視線を感じてそちら側の身体が強張ったけれど、ね。でもそれも前ほど気にならなくなったから不思議だ。トラファルガーさんの登場で固まってしまった私のためにサンジは気を遣ってくれたのであろう。私はもう一度彼に笑顔を向けて優しい味のするリゾットを食べ続けた。トラファルガーさんは目の前に置かれたお皿をじ…と見て、暫くすれば彼もスプーンを動かし始めた。


「…アイツには笑えるんだな」


そんな穏やかになった空気が見事にぶち壊されたのは、その直後…だった。
サンジが、なくなってしまったから…とバジルを取りに外へと出て行ったそのあと。「ラナちゃんに無理やり手ぇ出すなよ」…なんて。サンジが言葉による牽制はしていってくれたものの、そんなものは何の役にもたたない…と思った私の嫌な予感は的中し、隣にいるトラファルガーさんは二人きりになってしまってすぐにずい…と顔を寄せつつ私を見つめそう言ったのだ。

「ち、近いよ」
「お前のやつのほうがうまそうだな。くれよ」
「…な、馴れ馴れしくない?」
「お前は随分と俺に余所余所しいじゃねえか」
「…」

精一杯、不愉快そうに聞こえる声でそう言ってやるもすぐにそう返されたので何も言えなくなった。私が黙ったままでいると、トラファルガーさんはそんな私にまたくつりと不敵な笑みを浮かべた。窓からはうっすらと朝日が差し込んでき始めていて、薄暗かったキッチンが徐々に明るくなっていくも私の心は正反対に暗く重い。…何なんだろうこの人。アプローチがどうとか、本当に…止めてほしい。だって…。

「…あなたのことよく知らないし、…だから余所余所しく見えるだけ、だよ」
「俺もそうだ。お前の事をよく知らねえ。…でも、そんな事はどうでもよくなるらしい」
「は?」
「不思議だな。…お前の事は随分前に手配書で知った。いつもならそれで終わりで、それ以上他人の事なんて気にすることはなかった。…だが」
「…」
「クク…。落とすのにここまで苦労する女は初めてだな」
「……おとす…って…」
「いつもはこんなに喋る必要ねぇ」
「…は、はぁ?」
「だが、ナミ屋によると俺の普段のやり方じゃお前には伝わらねえようだから…はっきりと言うしかねえみてぇだ」
「…」
「俺は前からお前が気になってしょうがねえ」
「…。な…何言って…」
「会ったこともねぇ時からそうなんだ。アレだな。そう言う事は理屈じゃねぇんだろう」
「…」
「要は俺はお前が欲しい、という事だ」
「…え…」
「これならよく理解できるだろ?」


サンジがいなくなり、二人きりになったキッチン。
その瞬間から饒舌になったトラファルガーさんは、躊躇うことなくその台詞を言い放つと、腕をゆっくりと伸ばして私の顔へ触れようとしてきた。ビク…。それに気づいた私は怯みかける。

カタ…

とその時、キッチンのドアの外側で人の動く音がしたので、途端に私は助けを求めるようにその方向を向いていた。「サ、サンジ…」。きっとサンジだ。そう思い、うわずりながらそう言って、逃げ出したい気持ちでいっぱいになったこの身を捻ってカウンターから降りようとした。その時…。

「ROOM」

私の背後でトラファルガーさんの少しだけ怒気を含んだ声が響いた。逃がさんとばかりに掴まれる私の腕。「シャンブルズ」。そして聞こえるその言葉。
トラファルガーさんの能力はパンクハザードで嫌というほど見せられた。
だからその言葉がこれから何を起こすのかはすぐにわかって、私は移動する…と目を閉じた。


そして気づけばキッチンから離れた、船外の甲板の片隅にいた。トラファルガーさんと二人で。
彼は私の手をまた前みたいに強引に引くと、そのまま何と…私を自分の身体へと引き寄せた。なので私の視界は彼の藍に染まった服の色しか映さなかった。それ以外何も見えない。ただ、彼の息遣いと彼の胸の鼓動を感じ取ることしかできない。
抱きしめられている…。
その事に気づくと瞬く間に私の身体は強張った。それはきっと彼にも伝わっているはずであろう。けれどその腕の力が緩まることはなかった。「嫉妬…か」。そしてぽつり、と。今までくつくつと妙な笑い声ばかり上げていたトラファルガーさんが突然にそれまでとは違う声音で…そう言った。
なぁ…ラナ
そして首を曲げてその顔を私の真横にまで移動させると彼は更にぽつりと言った。先ほどとは違う、それはとても、とても力強い口調…。


「他の男を見てんじゃねぇ」


耳にかかるほどに近い彼の唇からこぼれる温かい息に、藍しか見させてもらえないこの視界に、私は逃げる事も出来ずただ目をぎゅっと閉じた。怖いのに…、それなのに、抱きしめる彼の両手が与えるその力はどうしてだか優しく私には感じる。だから私は混乱してしまう。
そしてトラファルガーさんはこうも言った。


「…誰かに嫉妬するなんて初めてで笑えるよ」