明日へ翔ける | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
「お前の席はここ、だろ?」
「…あ」

サンジのご飯だよ!という声に嬉々として向かったサニー号のダイニングに入った途端、私はそう声をあげて少しだけ目を伏せてしまった。
キッチン前にある大きな8人掛けのテーブル。
そのテーブルの、私がいつも座るチョッパーの隣の席。今そこには別の人間が座っていたのだ。…なので思わず歩を止めてしまった。
そして私がその事に動揺してまごまごしていると、他の仲間がぞろぞろと現れて皆が皆各々の席へと座っていき、そんな中そうやって立ちすくんでしまっている私にナミが気付いた。そして彼女は私の定位置に座っているその人物にも気づくや否や「あらあら…」と苦笑交じりに声をあげた。

「トラ男くん、そこ、ラナの席なんだ」

その声に、トラ男…と呼ばれた人物、トラファルガーさんは「あ?」と不機嫌にしか聞こえない声を出しながら怪訝そうな顔をこちらへと向けた。その際に私と少しの間だけ目が合って、困惑している私の表情が見てとれたのかトラファルガーさんはすぐさまああ…と納得したような顔をし、鼻で笑った。

「そりゃ悪かったな」
「ラナそこで隣のチョッパーの食べてるとこ眺めるのが好きなのよ〜。だから悪いけど私の席と代わって?」
「…あ!いいの!!ナミ!…わ、私カウンターに座るから!!」

ナミの言葉にやれやれと言わんばかりの態度で席を立とうとするトラファルガーさんに私は慌ててそう言うと、止まってしまっていた足を無理やりに動かしてカウンターへと向かった。
私の心臓は何故だかずっと忙しく鼓動を打っていて、しかも不機嫌そうでばかりのトラファルガーさんの態度は融通の利かねぇ奴だ…と、まるで私を責めているかのようにしか見えない。私はカウンターの椅子へと座って彼に背を向けてしまうと、小さく息を吐いて唇を噛む。「大丈夫?レディ??」。サンジはそんな私を気遣ってか、苦笑しながら私の前にレモン水の入ったグラスを置いてくれた。
「あー、じゃあしょうがないわね。私もラナの隣行くわ」
「ふふ。そうね。私もそうしようかしら?」
すると、ナミやロビンもまた苦笑交じりにそう言いながら私の横へと移動して両隣を挟んでくれた。その事に何だか申し訳ない気持ちになってしまったが、彼女らが座るなりサンジが「じゃあ麗しのレディたちへ特別メニュー!」…と、でれんとした笑顔で山盛りフルーツのプレートをサーブしてくれたので思わず「きゃー♪」と叫び、ナミやロビンと一緒になって笑うことができたから重たい気持ちはすぐさま吹っ飛んで行ってくれたけどね。
…にしても。…はぁ。
…それでもやっぱり私のため息は止まらない。


私の生活は最近おかしくなっている。
…それは、トラファルガーさんがこのサニー号に居つくようになってから…である。


敵船の船長であり、ルフィと同じ最悪の世代≠ニ呼ばれているルーキー、トラファルガー・ローさん。
その人はパンクハザードでルフィと同盟なるものを結び、今やこのサニー号にいて私たちと一緒になって次なる地、ドレスローザへと向かっている。
手配書と新聞と人々の噂でしか知らない程度の人だったのに、パンクハザードでほとんど初めて彼と顔を合わせた途端に起こった事と言えば、彼の能力によって精神を入れ替えられる・同盟後すぐさまシーザー捕獲作戦に巻き込んでくる・竹竿を振り回すヴェルゴという人との戦いの際にはその場にいた私まで危うくその人に殺されそうになる…と、正直言って彼の最初の印象は散々だった。…だから私はこの人がかなり苦手だ。加えていつも何を考えているのかわからない、ニタリとした笑顔も何となくこちらを不安にばかりさせる。ルフィというからりと明るく、裏表も何もないその気性に惹かれたからこそこの船の仲間になることを決めた私には、このトラファルガーさんというどこか腹の内の読めない船長は扱い方や接し方が全くの不明だった。この船の仲間に慣れている私にはとにかく彼は異質だ。
だからあまり彼とは話したくないし、できれば…目も合わせたくはない。


食事を終えて片付けを手伝って、皆が思い思いに自由にくつろいでいる中私は船尾のマスト付近へ赴くとそこへ座って息を吐いた。
ここは背中に当たる柱のお陰で船首側からは死角となり人から見つかり難く、だから何となく一人きりになった気分になれる。視界の横には青い海が広がっていて、目の前にはみかんの木もあって、心地よい潮風も感じることができるこの場所は心を落ち着かせるにはうってつけだった。…なんせあのトラファルガーさんからの妙な絡み付くような視線を背を向けていたにもかかわらず食事中しばしば感じたのだ…。何だか気疲れしてしまった。…そう、このまるでルフィとは正反対である何かを企んでいるような笑った顔なんて…。…ん!?

「よォ」
「ヒャッッ!!」
「クク。何だその動揺ぶりは?」

人の気配がする…と気付き私が顔を上げた瞬間、その視線の先にこちらを見下ろすトラファルガーさんがいたので驚きと共に小さく叫び声をあげていた。まさに不敵としか言えない笑顔を浮かべながら、だ。いつの間に…。私は慌てて目をそらしながら膝を抱えた。トラファルガーさんは柱に背を当てながら私をくつくつと笑って見つめたままだ。


「さっきは悪かったな。席、取っちまって」
「…いえ…」
「何でこんな場所にいるんだ?」
「…休憩してて」
「ふぅん。まるで隠れてるようにしか見えねえが」

その通り!主にあなたから隠れていたの!
…そう言い返しそうになったのを私はごくんと飲み込むと、彼が現れて途端に居心地の悪くなったこの場から急いで立ち上がり、去ろうとした。…が。ガシ!…どういうわけか手をトラファルガーさんに強く掴まれてしまいそれは阻まれた。「どこへ行く?」。意味が分からない…と言った口調でそうも聞かれる。

「…部屋に戻るの」
「待てよ。せっかくなんだからこの船の設備でも教えてくれよ」
「忙しいから無理…」
「休憩してたんじゃなかったのか?それにさっきナミ屋に聞いたが、今は特にこれといってすることはねぇと聞いたぞ?」
「…」

そう言いながらトラファルガーさんは掴んでいた手を強く引き、私を自分の方へと寄せてきた。そのままトン…と私の背を船のマストへと当て、背後への逃げ場が無くなったところでトラファルガーさんがずい…と身体をこちらへ近づけながら更に私の顔を覗き込むように見下ろす。私は思わず泣きそうに顔を歪めて目を逸らして俯いてしまった。「…どいて…よ」。震えそうになる声でそう言うと、トラファルガーさんが小さく舌を打つ音が聞こえたので益々肩をすぼめてしまった。どくんどくん。落ち着いていたはずの心臓が強く跳ね始めていく。トラファルガーさんは私の手は掴んだまま、暫く黙りこんで何も言ってこなかった。その沈黙も…耐えがたい。

「はいはーい。トラ男君、ちょっとそこでストップ」

…すると、まるで救いの女神のようにナミの明るい声がして私は顔をぱっとあげて彼女を見た。にやにやとした表情を浮かべたナミは私の顔を見るなりフフッと鼻にしわを寄せてからかうように笑い、次いでトラファルガーさんを見ると「ラナ嫌がってんじゃん」と意地悪く目を細めて彼を軽く睨んでいた。

「…はぁ?…こいつは嫌がってんのか?」
「見てわからないの??アハハッおっかしい!!どう見てもそうでしょ!…ねぇ、トラ男くん。ラナはね、今まであんたの相手になってた子とは人種が違うの。あきらかに。黙ってニヤっと笑いかけただけで、はいオッケーって流れにはならないわよ?」
「ナ、ナミ??」
「…成程な。道理で、か。…確かに反応が悪ぃとは思っていた」
「でしょ?だから作戦変えたほうがいいわよ」
「え!?作戦!!??」
「クックック。アドバイスをどうも」


てっきり困っている私を助けに来てくれたとばかり思っていたナミだったが、彼女は意味の分からないことをトラファルガーさんにまくしたててしまえばまた私を見てにやっと笑い「じゃーねラナ〜」と言って去って行った。傍らでトラファルガーさんはくつくつと笑いながら私を掴んでいた手をようやく離した。…なので私は今だ、とばかりに去って行ったナミを追いかけて走った。トラファルガーさんは私の背後でおかしそうに笑ったままだった。


その後は去りゆくナミを捕まえてさっきのは何だ!と問いただし、何も〜と呑気に返答され、意味が分からない!と喚く私であったが、更にその場に現れたロビンに『ラナ、もっとトラ男くんとお話してあげればいいのに』…だなんて楽しげに言われた時には頭を抱えて半泣きになりながら二人とも何なんだよぉ〜とすがりついてしまった。二人はそんな私をくすくすと笑うばかりで、だってねぇ…と顔を見合わせてこう言った。
「あまりにもアプローチがラナに届かないトラ男君が不憫で…」
…と!!

「あ、アプローチ?あの人が??わ、私に??いつ?」
「ずっとだよ。パンクハザードであんたを目にしてから」
ナミは恐ろしいとしか言えない発言をした。
「ええ?!!」
「そうよね。彼、ずっとラナのことばかり見て側にいようとするものね。わかりやすくてかわいいわ」
ロビンも同様の爆弾発言。私はそれらの言葉にくらり…と眩暈を感じ、彼女等からふらふらと離れ女子部屋へと逃げ込むとばたん!と扉を閉め、パンクハザードで初めてトラファルガーさんと会ってからのことを思い出してみた。

…確かにやたらと側にいたがる人だ、とは思った。チョッパーにくっついてあの妙な研究施設にいる子供たちを助けるための手段を探そうとしていたはずなのに、まあ待て…と彼に手を引かれ、気づけばルフィたちと共に檻の中。じゃあ今度はルフィと一緒に…とその後シーザー捕獲チームについて行こうとしたらどういうわけかまた手を引かれ竹竿の人との戦闘を見守るはめになった(しかも、飛んでいった帽子を取りに行かされるというパシリ扱いを受けた…)。…で、その後トロッコでその施設から逃げる際も隣に座らされ、海軍を交えた宴でも常に私にニヤッとした視線を送ってくればどこかに触れてくるという妙なスキンシップをしてきた。
それが…。それらが…実はアプローチだったって??でも…確かにそれを前提とするならばそれまでの奇怪な行動の理由もわかる。…が、それらは全部が全部私には怖いし迷惑なだけでしかない!


「だいじょうぶ〜ラナ?そろそろ夕食だけど?」


そして私はナミからついに夕食の時間を告げられるまで、部屋で布団をかぶってあああ…とこれから作戦≠変えてくるであろうトラファルガーさんへの対応について考えては悶々としていた。ご飯なんてできればあの人と同じタイミングで食べたくなんてない。けれど、身体は素直にその言葉に反応してグゥ…と鳴るのだから嫌になる。私はちょっとだけ悩んだ末、はぁ…とため息を吐きつつ「今行く」と告げて立ち上がった。…と、とりあえずご飯は食べよう。大丈夫だ。あの人の視線さえ我慢すれば…食事だけなら何とかなるじゃないか。


そう思いながらよし!と手を握り締めて女子部屋の扉をあけ、その途端に鼻をくすぐるいい匂いに気付いてやっぱり嬉々としながらキッチンへと向かった。
トラファルガーさんはまだいなかったのでホッとしながら自分の定位置にちょこんと座る。私の目の前にはサンジが作ってくれたほかほか湯気の上がるおいしそうな料理がたくさん並べてあった。思わずそれに見とれ、何から食べようかな〜なんて食い意地いっぱいでしかない私のその隣、気付けば空気が揺れてどかんと誰かが座ってきた。…それはどう考えてもいつもチョッパーがぽすん♪と座ってくるそんな音じゃなくて…。
「…」
嫌な予感がした。
なので私が恐る恐る、いつもチョッパーが私を見上げてかわいく笑ってくれるその席に視線を移せば…そこにいたのは私をニヤニヤと笑って見つめる……トラファルガーさんで……。

ニヤァ…

私はすぐさま立ち上がった。…が。間に合わなかった。

ガシ!

私の手はすぐさま彼によって掴まれ、そしてほとんど強引にその手が引かれてぼすん…元の席へと座らせられた。
トラファルガーさんはその瞬間ぐしゃりと歪んだ私の顔をおもしろそうに眺めて言った。
「お前の席はここ、だろ?」
まるで勝ち誇ったような顔だった。「で、でもチョッパーが…」「あ!ラナ、気にしなくていーぞ!おれナミの膝の上で食うんだ」「そりゃよかったな、タヌキ屋」。くすくす。ナミはチョッパーを膝へと抱えてあげながら、訴えるような私の視線から顔を逸らしつつやっぱり意地悪そうな笑顔をしていた。私の味方じゃ…ないの??

「ここでもチョッパーの食事風景見られるでしょ?」
「見られるけど…!けど!」
「トラ男君のごはん食べてるとこもおもしろいわよ。ちらっと見たけど頬袋すごかった」
「何見てんだ…ナミ屋」
「…」
「スマーイル♪ラナ笑って♪別にトラ男君に取って食われるわけじゃないんだからいいじゃない」
「そりゃそうだけど!」

そのやりとりにくつりと嗤ったトラファルガーさんはうう…と俯く私の隣でそっと囁く。
それは本当に呟くような小ささで、きっと、この部屋にいる人達の中で私にだけしか聞こえていないだろう。
その後彼は大きなおにぎりをむしゃむしゃと楽しそうに食べていた。
…私は…何だか食欲がなくなってしまった。


「俺が隣にいることに慣れろよ」