青春カラヴァッジョ | ナノ
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おまけ



「ヒナちゃん先生、最後にえっちしたのいつよ」
「…はあ…」

お弁当を美術室で広げていたナミちゃんが唐突にそう言った。


「肌がくすんでるよ」
「困ったな…。まだ二十代半ばなのに」


私はとほほ、といった具合にそう言ってみせる。ナミちゃんはぷりっぷりの十代の弾ける肌質を見せつけるようにしながら「二十代は恋の力できれいになるんだよ!」と言って笑った。


美術部ができてからというものの、昼時にはこうやって何名かがお弁当を食べにくる機会が増えた。
陸の孤島のようなこの場所は、まるで生徒にとっては秘密の隠れ家のように見えるのか、そういった場所を望む女生徒のかっこうの集合場所のようだった。
そして彼女たちはここで密やかに公ではできない話をしている。まあ、ほとんどが恋の話なんだけれど。そして私はそれに時折巻き込まれる。あまり公にできない話題を持っている私は、それは本当に困りものだ。


「で、いつよ?」
「先生をいじめないで…」
「カレシいないの?ヒナちゃん先生」
「いじめないで…」
「いないのね」


つまんなーい!とビビちゃんがため息とともにそう言った。きれいでかわいい彼女たちは、まあ私たちもだけどね!!と明るく言って笑っていた。「うそ」。思わず私が聞き返すと、彼女らは嘘っぽく見える笑顔と共に「本当だよー」と言った。「…」。私が疑いの目で彼女らを見つめるとてへへと苦笑いされた。


「最近の女生徒の関心はトラファルガーの秘密の彼女の事なんだけどねー」


すると唐突にそんな話題になって、私はポットのお湯を入れていた急須を取り落としそうになった。
まあ、私は彼女らに背を向けていて、それはきっと二人には見えなかっただろうから助かったんだけど。

「今までずっと誰かが告白しても『好きな奴がいる』って突っぱねてたアイツがね、最近は『彼女がいるから』って断ってるらしいのよ」
「へぇー」
「ヒナちゃん先生、トラファルガーに懐かれてるから相手が誰だか知ってるかなぁって思って」
「ははは」
「知ってる?」

私は動揺を隠しつつ、湯呑にお茶を入れた。それを二つお盆にのせて、彼女らの座る椅子の側の机に持って行ってそれを渡しながら「今度聞いてみようかな」と言ってみた。彼女らはそれを思った以上に喜んで、「絶対だよー」と言ってそれを楽しそうに飲み始めた。年の功で何とかこの場を乗り切れたかな、と彼女らに背を向けて息を整えた。…そうか。彼は今そう言っているのか…。


「ヒナちゃん先生もさー、この間まーたドフラミンゴ先生に口説かれてたんだから、もう付き合っちゃえばいいのに」
「ゴホ…」

私はそれには盛大に飲んでいたお茶を噴いてむせてしまった。ケホケホ言っていると、ナミちゃんとビビちゃんはにやーりと笑ってそんな私をおもしろそうに眺めていた。


「…何で知って」
それは放課後にこっそりと廊下の片隅でされた行為だったのに…。
「みんな知ってるよ!写真流出してたもん」
「ひえー」
「何て言われてたの?」
「…いじめないで」
「知りたーい」
「…勘弁してください」
「教えてよー」
「…おやつあげるから」
「やったぁ!何?何?」
「…ヘンリーシャルパンティエのクッキーでございます」
「あ!それすきー♪」
「おいしいよねー」


私は彼女らにぺこりと深く頭を下げて懇願した。そしてどうにか賄賂で彼女らの関心事を別の物に変えて、私はとほほと肩を落として準備室へと向かった。そしてその扉を開ける際にまたとほほ…と更に肩を落とした。


ガチャリとそれを開けて扉を閉める。
すぐさま伸びてくる、彼の手。
その顔はこれ以上ないくらいに鬱陶しげにひそめられた眉と、不機嫌そうな目と、歪んだ口元で出来上がっていた。
扉の向こう側では二人の明るい笑い声が部屋中に響いている。



「…で?」
「…」
「あの野郎に何て言われたんだって?」



もうここへは来ないように言っていたのだけれど、ある日私がふと『全国模試で五位以内に入ったら来てもいいわよ』…と何気なく言ったら、本日彼はその結果を携えて意気揚々にやってきたのだ。彼に対してのその要求は全くもって難関ではないようだった。ひらひらさせていた結果表には輝かしい成績が記載されていて、私はハァ…とこの優秀な生徒に感嘆のため息をもらすしかなかった。
そんな秀才のトラファルガー君は、突然の彼女らの出現で逃げるようにここへ隠れていたのだが、私が現れるなり顰め面でそう小声で聞いてきた。壁一枚でしか隔たれていない準備室。彼は怒ったような顔で私を引き寄せて、息がかかるくらいの距離でそう問いかけ、けれど次の瞬間にはニヤリと笑う顔へと変化させた。そして耳元で甘く囁く。

「肌がくすんでいるそうだな」
「…」
「もっとたくさんイかせてやらねぇと…いけねぇらしい」
「……」


くつくつ。
そう言って彼は笑うと、私の唇に激しく食らいつくようにしてキスをした。グチュ…という唾液の通う音が大きく響いて、私は息が止まりそうになる。


「ヒナちゃん先生まだーー?」


ナミちゃんの明るい声がして、ようやく口が離れて唾液の糸がそこから伸びた。途端に火照った私の顔を彼は笑い、「今夜ゆっくり聞かせてくれよ」とそう言って手を放した。


「そんな顔でも年の功であの場を乗り切れよな」


そうも言った彼は、準備室の古びたソファに笑いながら寝転んだ。


私ははぁ…と息を整えながらクッキーの缶を手にし、今宵訪れる彼との時間を想像して小さなため息を吐いた。




おしまい


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