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08


ああだこうだ言うトラファルガー君をどうにか宥めて学校に戻るように告げた。どのみち彼が何と言おうと辞表は提出してしまったし、センゴク校長に「生徒に恋をした」発言をしてしまっているのでもう私は処分を待つしかない。

「家に入らせろ」
「茶くらい入れろ」

トラファルガー君はしきりにそう言ってきて呆れたけど、また今度ねと言うと落ち込むのではなく見てすぐわかるくらいに嬉しそうな顔をした。「未来がちゃんとあるってわけだ」…とそう言った。ニヤりと笑った彼は、素早く私にキスをした。
立ち上がって、じゃあ仕方ねぇから戻るわ…とそう告げた彼を静かに見送った。本当はもっとずっと一緒にいたいなんて言えなくて必死で隠した。真昼間の明るい公園で二人して並んで座って、キスなんかもしてしまった私は背徳的な気持ちになるよりもどんどん単純に恋をしているただの女側に寄っていく。ああ、マズイなぁなんて思いながら、けれどやっぱり、まあいいか…と思っていた。


処分の連絡が来るまで、家で絵を描いていた。
晴れたり雨が降ったり風が吹いたりする日々の中、必要最低限の外出しかせずにただ絵を描いていた。りんごの絵を。私のりんごじゃあパリどころか、この町すらも驚かすことはできないけれど、忠実に描いてみたり、抽象的に描いてみたり、いろいろな表現方法で描いているとなんだか幸せな気持ちになった。じゃがいもみたいなりんごも描いてみた。あの日仏頂面で色を塗っていた彼を思い出してくすくすと一人笑った。
あれから電話はいろいろなタイミングで鳴るけれど、私は気が向いたときにだけ出て彼と話した。「ヒナがいねぇとつまらねえ」と素直な声でそう告げる彼に、なら絵でも描いて昇華しなさい…と言ってみた。彼は暫く黙った後、美術は嫌いなんだよ…とボソっと言った。


五日ほど経ったところでセンゴク校長から連絡があった。学校に来なさいとのことだったので、月曜の朝ドキドキしながら早起きをして、着慣れないスーツなど着込んで久しぶりに職員室へと入った。

すると唖然とした。そこで見た光景は、職員室にいる先生のほぼ全員が苛々した顔と態度で、本当にほぼ全員が悪態をついてる…つきまくっている、というものだったのだ。
「「「「トラファルガーーーーーー」」」」
…と。
久しぶりに現れた私に驚くよりも、彼らは(土日を挟んでいたにもかかわらず)そのどうにもできない苛立ちをどこかへぶつけようにもぶつけられなくて、だからそれの所為でさらに苛立っており、そして私を見るなり「ヒナ先生ーーーー」と叫んだ。

「どーーーしていなかったんですか!」
たしぎさんがもう本気モードで怒りながら私に詰め寄った。
「くぅううううーー!!もう!あの!生徒を!!どうにかしてください!!」
「はあ…」
「…ヒナ…。頼む。あの隈野郎を沈め…いや、静めてくれ」
「はあ…」
「ヒナチャーン。…もう、おれ疲れちゃったよー」
「はあ…」
「許さないよぉ〜〜。トラファルガ〜〜」
「はあ…」
一体何があったんだか。

私にすがりつくような彼らをどうにか引きはがしてセンゴク校長の部屋へと向かう。彼は私を見るなり大げさにため息を吐いて「まあ、こういうことなんだ」と呆れ顔で言った。「意味が分かりません」。そう言うと、彼はハァ…とため息を吐いて先週のトラファルガー君の悪行ぶりを明かした。どうにもこうにもほぼ毎日、彼の先生に対する態度が悪く、授業は理由をつけてサボりまくり、女生徒を泣かしたりもすれば、男子生徒とも衝突が激しく、そして挙句の果てに…なんと…ドフラミンゴ先生に殴りかかったんだそうな…。まあ、先生はそれをかわした上、本人がそれを気にも留めないとしたらしかったから大事には至らなかったそうだけれど。
「…」
そんなトラファルガー君の姿がひとつも想像がつかなくて、私はそれらを聞きながらただただ唖然としていた。
センゴク校長はあはは…と乾いた笑いと笑顔を浮かべつつ、頭のいい奴はこういう時手におえんなぁ…とまたため息を吐いた。「ドフラミンゴ先生の件以外は、こちらが処分ができないギリギリのラインで仕掛けてくるから性質が悪い」。「はあ」。私はそれに微妙な相槌しか打てなかった。


「まあ、君がいなくなってからの変化だから、君が関係しているんだろうなァと思いました」
「はあ…」
「彼にとっては…美術の授業が割といい精神安定材みたいなものだったのかもしれんな」
「…」
「君が先週言っていた話は、なんだか聞こえ難かったうえに、今回の彼の騒動のせいでなんだかどうでもよくなりました」
「え?」
「それにアート系の人間が言うことはセンスがありすぎるから、一般人にはそれを通常の意味としてとらえていいのかどうかもわからん」
「…そんな」
「ナミ、という生徒の絵が上手く描けそうだ、と言っていた事に関連でもあるのかなぁ」
「…」
「ほら、絵を描く人間はモチーフに特別な感情を抱くとか、あるだろうし」
「…」
白々しい、と感じた。でも私はそれに何も言えなかった。
「だから」
「…」
「処分というより、命令を下すことにしようと思ってのぅ」
「…はい?」
「辞令、になるのかな?ほれ」
「…」

センゴク校長は私に紙切れを一枚ひらりと差し出した。私はそれを見てまた唖然とした。


「それを呑むなら辞表は、ほら、ドラマみたいに君の前で破ってみようかと思うんだ」
「…。校長は…、甘いんですね」
「仏、と言ってくれ」


暫くして私が頷くと、センゴク校長はくすりと笑って楽しそうに机の中にしまっていた辞表を取り出してびりびりと破いた。
そして彼は更に笑いながら、さぁ、あのどうしようもない生徒をどうにかしてくれ、と言った。


「彼には期待しているんだ」
「…わかりました」


私のように彼の未来を壊したくない人間はここにもいて、そんな彼の導き出した解決策に私は頷くしかなかった。


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