青春カラヴァッジョ | ナノ
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04


二度目のキスを受け入れたのは、最初のキスから実に半年くらいは経ってからだったと思う。
あれから何度も美術室に放課後忍ぶようにして現れる彼は、何かにつけて最初私に触れようとしたんだけれど、私はそれをその度にかわしていた。『ああそういえば先生に呼ばれていたんだった』とか『キャンバス片付けなくちゃ』とか、時にダイレクトに『早く帰ったら?』なんて言ったりして。


ある日、本当に先生に呼ばれていたのでそれに顔を出し、そして美術室に戻ってその扉をガラガラっと開けると、中にはトラファルガー君がいて、そしてなんともう一人、女生徒もいたので驚いた。彼女はトラファルガー君にほとんど抱きついた状態でいて、私を見るなり焦りながらもニコっとかわいく笑った。
「ごめん、先生!もうちょっとこの部屋貸して」
「うん、いいよ」
朗らかにそう言われたのですぐに頷き、静かに扉を閉めた。すぐさま「いいよ、じゃねえだろ!」と言う苛々したトラファルガー君の声と、彼女を突き放したのか「キャ…」という小さな悲鳴が聞こえた。…が、私はすでに足早にその部屋から立ちさっていたのでそれは遠くから聞こえた。ガラガラという扉を開ける音は私が廊下を曲がりきるその時に聞こえた。

暫く職員室で時間をつぶして、そしてもういいかなぁという頃に美術室へと戻った。気を遣いながら扉を開けると誰もいなくて薄暗かったのでほっとした。だが、すぐにタタタっという足音がすると共に誰かが近づき、私の身体を押すようにしたその人物と一緒に部屋の中へと入った。トラファルガー君だった。まあ、そうだろうなと思ったけど。
ガチャリと割と大きな音とともに扉が閉められて、薄暗い部屋の中で彼の長い両手が私を包み込んだ。背後にいるのにニヤリと彼が笑っているのが分かった。「嫉妬したか?」…と少し嬉しげな声でそう呟く。私は「うーん」とそれに微妙な返答をした。


「驚きはしたわね」
「…急にあの女がここに来たんだよ。一人で勝手に付き合ってくれだとかなんとか言ってきて」
「何があったか教えてくれとは言ってないけど…」
「言いてぇんだよ」
「はあ…」
「もちろん、断った」
「…はあ…」
「…」
「…」
「……早く帰れとは言わねぇのか?」


そう言われて、ああ、もう下校時刻を大分過ぎているなぁ…と気が付いた。「そうね…早くかえ…」。言い終えないうちに、彼の手が私の身体を自分の方へと向かせ、そしてやはり予想通りニヤリと笑っていた彼の顔がそっと近づいた。
言葉を言い終える時間はあったと思う。…けれど、私は続きを言い出せなくて止まってしまっていた。なので、そのままの流れで彼のキスを受け入れていた。…多分、キスが降ってくるのを待っていたんだ…とそう思った。


「彼女はあなたが何でここにいたのか疑問だったでしょうね」


キスの後そう呟くと、トラファルガー君はくつくつと笑って「それらしい理由を言っておいた」…と言った。
一体なんて言ったんだろう。それは今でもわからない。

「かわいい子だったのに」
…と思わずそう告げると、トラファルガー君は「うるせえ」…と言って、今一度キスをした。







職員室でキャベンディッシュ先生に少し手伝ってほしいと言われたので、資料を運ぶお手伝いをした。教室まで一緒になってそれを運ぶと、生徒にどうしてだかからかわれる。…本当に年頃の子ってこういうのが好きだな、とそう思った。キャベンディッシュ先生はあははとそれに笑う。私もあははとそれに倣って笑った。するとますますからかわれた。なのでまじめな顔をしてみせて、教室を後にした。

独身の男の先生とちょっとこういう事があっただけで騒ぐ生徒たちがいる中、私がいる美術室に頻繁に現れるトラファルガー君のことは一つもからかわれず、ましてや噂にものぼらないことは正直驚きだった。本当に完璧に忍んできているのか、本当にそれらしい理由を言っているかのどちらかなんだろうなぁと思った。


帰り道の廊下、青雉先生が期末テストの上位二十名の名前を壁に張り出していたので手伝ってあげた。ぺらりとめくった紙の一番目に現れた名前はやっぱりトラファルガー君で、それは断トツで、青雉先生は「まぁたトラファルガーだねぇ」とくすりと笑って言った。
単に名前が書いてあるだけなのに、それを見ただけで不思議な気持ちになった。そっと指先でその名前に触れる姿を青雉先生は見ていなかった。

「第一志望はT大学の医学部だそうよ」
「へぇー。まあ、余裕で合格できそうですね」
「そうだろうね。ウチでは今まで一人もそこに行った子はいないから、校長は期待してるみたいねぇ〜」
「へぇー」
彼の思い描く未来なんて一つも知らなかった私は、その言葉に心底驚いて感心した。ふうん。そうだったのかぁ。へぇ。すごいな。
ひたすらにそう思った。





職員室にいると、目の前にひらりと二枚の紙が降りてきてぴたりと止まった。え?と思ってそれを凝視し、それを持つ手を辿っていくと、そこにいたのはドフラミンゴ先生だった。
「何でしょう?」
「フッフッフ」
私が彼を見上げながらきょとんとしていると、ピンクのシャツを着た彼は「絵画展のチケットさ」とにっこりと笑って言った。

「ありがとうございます」
二枚とも受け取ろうとすると、おいおい、とドフラミンゴ先生はその手をサッと引っ込めた。
「こういう場合は、一緒に…ってやつだろう?」
「そうなんですか!」
思わず声がうわずってしまった。隣のたしぎさんが「ひゃー!」と声を私以上にうわずらせていた。「そうさ」「ひゃー」「…」。私はおお…と初めての事態に思わず息を飲んだ。

「実はその画家にはあんまり興味がなくて…」
「フッフッフ。ヒナ先生。つれない上に驚きだねェ。かなり有名な画家だと聞いていたのに」
「有名ですけど、やっぱり好みがありますから」
「残念だ」
「…でも行こうかな」
「ひゃー!」
「フッフッフ。落としといて上げる作戦か?」
「そういうわけでは…」
「なら決まりだな。フッフッフ」

にこりと笑ったその人のピンクシャツの後姿を見つめて、私は今ごろになって動揺してドキドキし始めていた。まだまだ先生が大勢いる職員室で堂々と誘ってくる彼は…すごいとしか言いようがない。


日曜日。
指定されていた時間に指定された場所で待っていると、前とは違うピンクシャツにネクタイをしたドフラミンゴ先生が颯爽と現れた。しばらくきょろきょろと私を探しているようなので、手を上げて振ってみる。彼は私を見て「?」…と最初その眉を小さくひそめて不思議そうな顔をしていた。
「…ヒナ先生。何だその恰好は?」
「生徒に見つかりたくありませんから…」
私は深い帽子にメガネの恰好だ。対するドフラミンゴ先生は全く自分を隠すつもりがないのか、いつも通りの服装だった。彼のまるで覇王のようなオーラがダダ漏れである。
「成程ね。…ガードは堅く、というワケか」
「からかわれたくないじゃないですか…」
「俺は構わないがなァ」
「あ!あれ!!ドフラミンゴ先生とヒナ先生じゃね!!??」
「あ!ほんとだ!!デートだデートだ!!」
「…」
「フッフッフ」
私はあきらめてメガネをはずした。


絵画を静かに見ていると、ドフラミンゴ先生がくつりと突然に小さく笑いだして言った。

「明日トラファルガーは何と言うだろうなぁ」

え?
私は途端に全身が硬直しかけた。

「どういう意味です?」
「言葉通りさ」
「…意味がよくわかりません」
「俺がヒナ先生を誘おうとした本当の日は先週の月曜だ」
私は言葉を失った。
その日は美術室にトラファルガー君がいた日だった。
私が何も言えずにいると、ドフラミンゴ先生はくつくつと笑い続けながら「いい絵、なんだろうなぁ」と目の前の大きな絵画を前にして言った。「俺にはよくわからんが」。そうとも言った。
私はいい絵ですよ、としか言えなかった。


食事でも…と誘われたところを断って、私は一人晴れた川沿いの道をゆっくりと歩いた。晴れているし、気持ちの良い風が吹いているし、花もきれいに咲いているけれど私の心は重たかった。
そうだよね。いずれ、誰かには気づかれるだろうとそう思っていた。本当に全く人通りがない場所ではないのだ。
ドフラミンゴ先生はあれ以上何かを言ってくることはなかったけれど、それはかえって私
をとてつもない背徳的な気持ちにさせた。先生と生徒。そうなのだ。先生と先生じゃなくて、相手は十七歳程度の男の子。


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