青春カラヴァッジョ | ナノ
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03


職員室にいると、誰かしら一人が彼についての文句を言っている気がする。
今日はたしぎさんだ。彼女は部活動も終わって生徒がすっかり誰もいなくなった頃合いを見計らうと、私の隣の席で「くぅうううーーー」と手を握り締めていた。「トラファルガーーーー」。うん、誰もいなくなってから言うのは偉いよ。

「どうしたの?」
「今日あいつったら、私を見て言ったんです!『生徒は先生を選べねェ』って!!あーーーもう!!腹が立つーーー!!」
「あはは」
「笑い事じゃないです!」
「ごめんね」

歴史の教師であるたしぎさんは、ダンダンと教科書を自分の机に叩きつけていて、それを見たスモーカー先生に窘められていた。そんなスモーカー先生もよくぼそりと零すように「あの隈野郎…」とか言ってるから、彼もまたトラファルガー君に何か辛辣なことを言われて苛立っている人なんだと思う。キャベンディッシュ先生は、その甘いマスクで昨年までは女生徒人気ナンバー1だったんだけれど、トラファルガー君が入学してからその座を奪われたからって怒っているし(子供っぽいな)、黄猿先生はいつどんな事があったのかは知らないけれど、トラファルガー君を捕まえようとして逃げられたからって彼を目の敵にしている。…ただ一人ドフラミンゴ先生だけはくつくつとそんな彼に対してはいつも笑っていて、彼はだから大分大人なんだなぁと思った。結構いろいろと嫌な目には合っているらしいけれどね。直接見たことはないけれど。


「ヒナさんの授業だけですよ!!彼がおとなしいのは!!」


そう言ってたしぎさんは今一度ダン!と教科書を机に叩きつけると、もう!と吠えてそれをしまっていた。「アートは苦手らしいから」と言うと、「あいつに一つでも弱点があっていい気味です!」と言い放っていた。




次の日の美術の授業、とある生徒が冗談っぽく「ヌードとか書いたことあるんですかぁ?」と笑いながら聞いてきた。まあ、美術教師あるあるとでもいいますか、それは友達にもよく聞かれる。
「あるよ」
と言ったら、ひゃーっという歓声なのか何なのかわからない声があがると共に誰かが「俺、脱ぎましょうか!」と言ってきたのでさらに教室には明るい声が上がった。私はくすり…とその生徒を見つめる。
「ちょっと立ち上がってみて」
…と言ってみると、その子は「え…」と、少しどぎまぎした顔をしたのでふふふと笑った。素直に立ち上がった彼の身体を上から下までじっくりと見て、はぁ…という深いため息と共に「だめねぇ…」と呟いた。
「ナミちゃんのほうがいい絵がかけそうだわ」
と、ナイスバディな彼女のほうを向いてそう言うと、彼女の顔がぽっと赤くなってかわいかった。「あなたはちょっと色気が足りないわね」…と、立ち上がっていた男の子に告げると、その子もまた顔を赤くしてもじもじと椅子に座った。
「まあ、この年じゃみんな色気は足りないの、かな」
「そんなぁー」
受け持ちがこんな素直な生徒ばかりで私は幸せだと思う。ただ、トラファルガー君はその間中ずっと険しい顔を私に向けていた。


「…」


ふてくされたような顔の彼が、美術室にあるスツールに腰かけて私をじっと見ていた。
今日来るだろうな、と思っていたらトラファルガー君はやっぱり現れて、来るなり椅子にどかんと座って私を睨みつけるようにしている。「色気が足りねェ…だって?」。子供っぽく尖らせた唇からあの時の授業の私のセリフが今一度紡がれる。だからおかしくて笑ってしまった。そりゃ足りないでしょ。たかが十七そこらの男の子が。

「ああ、でも。三組のユースタス君ならいい絵が描けそうね。彼は…逞しいから」
「テメェ…」

ふと、あの背が高くて体格のいい生徒を思い出してそう告げると、トラファルガー君は更に顔を不満げにした。すっとスツールから立ち上がって、そしてつかつかと私に近づく。同じく背の高い彼が私を睨みつけながら見下ろす。そして腕をまたきつく掴む。顔が近づく。唇が合わさる。

「…ッ」

ぬるりと舌が侵入して、思わず身がすくみかけた。熱いそれが傍若無人に口内をあらしまわって、時折小さな水音が響いた。舌先が私のものに絡んで、唇を甘噛みされて、角度を変えられて。長い長いそんな彼の一方的なキスに呼吸がしづらくなって、終わったと同時にはあ…と大きく深呼吸をした。トラファルガー君は濡れた唇と共に薄く赤く染まった顔をしていて、瞳もまた微かに潤んで色っぽかった。
「今は色気があるね」
とそう言ってしまう。するとトラファルガー君は「ハッ…」と小さく笑い、腕を掴んでいた手を放して私の胸元に手を押しあてた。がし…と乱暴に力を入れてそこを掴む。

「なら俺の絵でも描くか?」

再び近づいた彼の顔が私の耳元に移動し、吐息交じりにそう言われた。私はふぅ…ともう一度息を大きく吐く。「どうしようかな」。思わずそんな曖昧な返事をしてしまった。トラファルガー君が少しだけハッとするのがわかった。


「やめとく…」
「…」


暫くお互いが沈黙した後、私は壁の時計を見ながらそう言った。遠くからは部活動をする生徒の声が聞こえる。



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