青春カラヴァッジョ | ナノ
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01


「セザンヌだね」

それは思わず出た言葉、だった。教室の中は筆を滑らせる音だけがしていて静かだったので、呟いただけのそれは思いがけず大きく彼の耳に届いたのかもしれない。「は?」。彼は途端に訝った顔をした。その際眉が多少ひそめられていたので、もしかしたら彼にはその言葉があまりよくない響きに聞こえたかもしれない。
けれど、それ以上何事か彼が言う前に私は隣の生徒の絵に釘づけになってしまったのでするりと彼の視線から逃れるようになる。
「モンキー君、どうしてりんごの芯描いてるの?」
「食ったらこうなるだろーと思って」
「うーん!斬新!」
アハハ
一瞬にして美術室の中が笑い声でいっぱいになり、そして途端に授業を終えるチャイムも鳴った。生徒たちは笑顔と共に出していた絵筆を片付け始めて辺りは更に騒がしくなった。

その間中ずっと彼の視線が私に注がれている事を私はずっとわかっていた。
私はそれに気が付かないふりをしてテーブルの上のりんごを片付けた。






放課後。
夕日の差し込む教室で、今日生徒が書いた絵を眺めていた。モンキー君の書いたりんごの芯の絵にくすりと笑いながら、そして次の絵を手にしてじ…とそれを眺める。
そんな折り、まるで狙ってきたかのようにして彼が現れた。不機嫌そうな顔がオレンジ色に染まっていた。

「おい、ヒナ先生」
「…なぁに?トラファルガー君」
「スザンヌってなんだよ」
「セザンヌね」

私はそれにふふっと思わず笑ってしまった。やっぱり気にしていたのか、なんてそう思っていると私が笑ったことに彼は更にその表情に不快感を表す。手にしている絵をもう一度ちらりと見ると、そこにはおいしそうなりんご…というより、普通の人から見たらじゃがいものようなそれが描かれていた。色は赤いから、じゃがいもの中でもアンデスレッドという品種かな。トラファルガー君は学年で一番の秀才で常に学力テストはトップだし、スポーツも万能であるらしいけれど、こちら方面はどうやら苦手のようだった。
トラファルガー君はチ…と舌打ちをするとつかつかと私のほうまで近づいて、その絵を奪い取った。「あ…」。怒ったような顔をしていたので「いい絵なのに」と言うと、更に舌打ちされた。

「質問に答えろ」
「先生に向かってそんな口のきき方って…」
「答えてください」
「うん。あのね、セザンヌってりんごの画家って呼ばれていたの」
私はふふっと笑った。『りんご一つでパリを驚かせたい』と言ったセザンヌのエピソードを話してあげる。

「心を奪われるようなりんごを描いていた人なのよ」
「へえ…。じゃ、俺のそのジャガイモみてぇなりんごはあんたの心を奪ったってのか?」
「そうだね。りんごの芯の絵の次くらい、かな」

ギリ…

そう言えば、途端に腕をきつく掴まれた。けっこう強かったそれに痛…と、思わず声をあげたところで、そのまま引き寄せられて気づけば彼の顔が間近にまで近づき、そして唇が合わさった。柔らかい感触と共に微かにカフェインの味がした。

「コーヒー飲んだ?」

と聞くと、トラファルガー君は眉間の皺を深くして「うるせえ」と言って、私を掴む腕を乱暴に放した。




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