2017バレンタイン | ナノ
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チョコを手にする君の声は素直だ

「…ッ…ア…」
「クッ…」


今日もまた、夜に始まり、夜に終わった。そう思った。
深夜をいくらか過ぎた頃。寒さが増して室温の下がった部屋。けれど、身体と乱れた息はとても熱い。
甘い痺れの残る下半身に、ぴたりとくっついた上半身。
満足そうに身体を撫でる彼の手と、それを受け止める私の素肌。
しばらく静かに身体を合わせたまま上がった息を整えて、その後どちらからともなくそっと離れればベッドの上に横たわる。
幾度となく交わしたトラファルガーとの情事。それはいつも、こんな風に終わる。

「…よかった?」
「…ああ」
「わたしも…」
「そうか…」

けれど、どんなに回数を重ねても、私はずっとずっと、この行為で身体は満たされても心が満たされたためしはない。




一番最初の始まりも夜。
仕事後に気の置けない友達同士で集まった居酒屋。そこにいたトラファルガー。
皆して他愛もない話で盛り上がり、明日は休みということもあってしこたま飲んでできあがった私は、何と気づけば名前も場所もわからないホテルの部屋のベッドの上でトラファルガーと共に裸で目覚めた。
ああ、やってしまった…
と目覚めてすぐに頭を抱えた。
が、落ち込んだのは半分で、もう半分は嬉しかった。
ずっと言い出せなかったが前から好きだったトラファルガーと、酔った挙句でとは言え一夜を共にしたのだ。
泥酔していたせいで昨日の記憶のほとんどがぼんやりしてしまっていたが、彼と本当に初めて唇を合わせたその瞬間だけははっきりと覚えていたので尚のこと嬉しかった。トラファルガーはあの時私を見て笑っていた。その時のその顔が、とても優しかったから…、嬉しかった。

…が、所詮は勢いで始まって終わった一夜。
その後起きだして「やっちまったな」と。くつくつ緩やかに嗤ってそう言ったトラファルガーの顔は意地悪く歪んで見えて。だから私は苦しくなってすぐさま彼に背を向け立ち上がると、「帰る」と言ってそこから逃げた。呼び止められることはなかった。だからただの過ちだった…と。そう思うしかないと言い聞かせた。きっとトラファルガーは私と寝たからって何も変わらない。きっと、きっと…。ちょっといい思いをした夜だった…と。そう思っただけに違いない。


『今夜会えるか?』


あの日の事を忘れようとした私の日常に変化が訪れたのはその数日後。
仕事帰りに受信した、突然のトラファルガーからのメッセージ。たちまちにあの夜を思い出してぎくり…となりつつも、「会える」と返信してしまえばトラファルガーは普通に私の家に現れて、そして、そのまま何を言うでもなくまず初めに軽いキスを落としてきた。
その後はそのまま、彼のしたいままにされた。
ああそういうことか…。私は目を閉じながら思った。
ベッドに落とされながら、シーツの海に深く沈んでいきながら、ああ、私は彼にとっての都合のいい女にされてしまったんだ…と。
そう思いながら更に強く目を閉じて、ただひたすら涙が流れないように耐えた。


『帰る?』
『…そうだな。帰る』


行為が終わればそう言って家を出て行ったトラファルガー。いつもいつも、そうだった。
愛してる
情事の最中にトラファルガーは必ずそう言ってくれる。
けれど彼は私を抱けば、確かに甘やかだった先ほどまでの雰囲気を振り払うようにして私の側から離れてしまう。


彼の消えゆく背中を見つめていると悲しさが一層増した。
でも、どんなに悲しくても彼のことは突き放せなかった。
メッセージが届けば返事をしてしまった。
やっぱり彼が好きだったから。
だから、それから私とトラファルガーの身体だけの関係が始まってずっと続いた。
愛してる、と。
その場限りでしかない愛の言葉も、聞けばその時は本当に幸せだったから…。

「ユウ、愛してる」

私はトラファルガーのその声と笑顔を。聞きたいし、見ていたかったから…。




「シャワー浴びてくる」

誰にともなく独り言のようにそう呟いて、気怠い身体にシャツだけを羽織ってバスルームへと歩いた。
…終わりにしないといけない
…こんな不毛でしかない関係は続けても無駄でしかない
勢いよく出した熱いお湯を頭からかぶりながら何度そう思っても、トラファルガーの優しい笑った顔やその顔でされるキスを思い出せばその意思は揺らいだ。
でも…
でも、もう、…本当に終わりにしなければ…

濡れた髪を乾かしもせず、せつなく暴れる心と共に私は居間へと戻る。
ただ一言言えばいいだけだから大丈夫だ。そう強く言い聞かせた。
もう来ないで、と。
そう告げればこの引き裂かれるような苦しさからはとりあえず解放される。

「…ッ」

…だが、私は居間で目にした光景に思わず自分の決意を忘れて「あぁ!」…と、情けない声をあげていた。
目の前にいるトラファルガーはベッドにゆったりと腰掛けながら、その手に青い包装紙で包まれた大きな箱を持っていた。そしてその顔は、私の心に染みついて離れない、柔らかくて優しい笑顔を浮かべていたから…この胸は途端にキュ…と小さく痺れた。

「チョコレート、か?」

トラファルガーは笑った顔のまま、箱から視線を上げ私を見てそう言った。
日曜日にデパートに赴いた時、人の流れにつられて入った広い広いバレンタインの特設会場をじっくり見て回ってようやく決めて買ったそのチョコレート。部屋の片隅に置いてそのままにしてあったそれをトラファルガーは見つけてしまったらしい。彼はその箱にプリントされたラベルを見て「テレビで聞いた名前だ」と感心したように呟いた。「高ェんだろ?」。そうも言う。

そう。とても高いの。
とても高くて、何かの賞を取ってるから絶対においしいはずで、だから、目をむくほど高価だった大きい箱を買っても後悔なんてしなかった。
これからも仕事頑張ろう。
どんなに辛くても、これからする失恋≠ゥら早く立ち直ろう。
そして新しい恋もしよう。
…そう思って買った、辛い時に一粒ずつ食べようと思っていた、私用の…チョコレート。

「開けてもいいか?」
「…」

心なしか弾んだ声に私はその事実を告げられない。
トラファルガーはそう聞いておきながら、返答なんか待たずにすぐさま包みに手をかけている。
馬鹿みたいに丁寧な仕草で包装紙を取り去って現れたきれいな白い箱。蓋をそっと開けた彼は、そこに並んだ美味しそうなプラリネたちを眺めて更に笑った。とても…無邪気な笑顔だった。

「…正直…、期待してなかったからすげぇ嬉しい」
「…え?」
「ユウは何だかいつも…素気ねぇし…、冷めてるし、あまり笑わねえし……。こういうのはしてくれねえ女なんだと思ってた」
「…」
「メールも俺から送るばかりだしな。お前から会いたいと言われることもねぇ…。たまに……本当に付き合ってんのかと疑問だったが、…でも、ありがとうユウ」
「…」
「やっぱり好きな女からもらえるのは…嬉しいもんだな」
「…え」

私はトラファルガーのその言葉にあんぐりと口を開けるしかなかった。
今彼は何と言った?
付き合ってる…と、言った…の??
好きな女、とも言った?
どうして?
何故??


「ユウ?」


驚いたようなトラファルガーの声がしたのはその直後。
私は彼が焦ったように名を呼ぶその声で…気が付いた。
はらりはらり…
私は泣いていた。
乾ききっていない湿った頭や身体が少しずつこの身の熱を奪って冷えていくその側で、私の頬には温かな涙が落ちていく。

「ど、どうした?何で泣いて…」
「…何…でもない…」
「まさか……チョコを勝手に見つけて…マズかったか?」
「そうじゃなぃッヒック…し…!」
「じゃあ何で」
「何でもない…って言ったでしょ?それより……」

その後は涙で頬を濡らしたまま、私の聞きたいままトラファルガーに聞いた。聞きまくった。今でないと聞けないとそう思った。

私のこと、好きだったの?
いつからだったの?
私のどこが好きなの?
付き合ってるって、どういうこと?
何でいつも夜にしか会おうってメールしてくれなかったの?
何で終わったらいつも帰ってしまっていたの??
私は…
私は…
トラファルガーの…
単なるセフレだと思ってた…


「…」


トラファルガーはチョコレートの箱を持ったまま、私が思いつくまま言葉を発したそのたびに、眉をどんどん眉間へと寄せて酷い顰め面をした。「…お前…何言ってやがる…」。私が終いにはぜえぜえと息を上げながらすべてを吐き出し終えたその時には、最高に不服そうに「俺の…渾身の告白を忘れたのか?」、そう言ってチョコレートの箱を机に置くと立ち上がり、側へと近づいて私の頬へ手を伸ばせばグイ…その場所を強くつねった。


「痛ッ。お、覚えてないよ!いつ言ったの?」
「お前記憶無くすくらい泥酔してたのか??あの日あの部屋でちゃんと伝えたろうが!」
「そんなこと、ラブホの部屋で言われても嬉しくない!」
「仕方ねえだろ!!酒の勢いとはいえやっとお前を抱けたんだ……言うなら今しかねえと思って当然…だろ??」


トラファルガーはそこまで言うと「あー、畜生…」気まずそうに唸りながら目を逸らし、「何がセフレだよ…」と、怒った声で呟いてギリ…奥歯を噛み締めた。


ずっと前から好きだったよ
お前の全部がどうしようもなく好きだった
伝えたかったけれど拒まれるのが怖くて伝えられなかった
始まりがああだったから昼間に顔を合わせるのが気恥ずかしくて、会おうと言うことが憚れた


「…それに、お前あの日の朝ずっと俺に背を向けてただろ?…寝起きの顔を見られるのが嫌なのかと思って…お前の部屋には泊まれねえと思った」
「…」

そしてトラファルガーが紡ぐたくさんの信じられない言葉たち。
私は最後にそう言われ、心の整理が追いつかなくなり俯いて目を伏せた。いつの間にか涙を流すことを忘れた私の顔はきっとブサイクに違いない。そのくらい、今私の顔は奇妙に歪んでいるだろう。


「…なら…なんで家に着いたらすぐに私を抱こうとするのよ…」
「仕方ねえだろ。好きな女を前にしたら男は誰だってそうする」
「…」
「しかもずっと手に入れたいと望んでた女だ」
「……」


震えそうになる声で聞いた最後の問いかけ。するとそれに悪びれることなく開き直ってそう言い返したトラファルガー。
私はあっという間に彼が憎らしくなって、悔しくなった。そして、どうしようもなく…嬉しくもなった。
そんなたくさんの複雑な思いを全部全部混ぜ合わせた何とも言えない奇妙な感情。私は、「何それ!?性欲の塊なの?」。そう叫んで彼の胸に思い切りグーパンチをしてやった。
トラファルガーはそれを黙って受け止めて、「うるせぇよ。それより…」、そう言って私の手を強くつかむ。そのままぐい…と引き寄せて目の前まで自身の顔を近づけると、思い切りその眉をひそめさせた。
そして彼は私をまっすぐに見つめながら心底憎らしそうな声音で私に告げた。

「ということは、このチョコは俺のではない、ということか?」
「いいよ、もう。トラファルガーにあげる」
「ふざけんな。そんな中途半端なものいらねえよ。…だから」


ちゃんと、最初から俺のための何かを買え…、いや…、作れよ


強い口調でそう言ったトラファルガー。彼は次いで私の後頭部に手を添えると、フ…と笑ってそっと優しいキスをする。
もちろん、いつも通り、「愛してる」…と言いながら。

「酔ってねえんだから忘れんなよ?」

意地悪な口調でそうも言い添えて。
その台詞は煌めきながら私の耳へと素直に響いていった。
その場限りの嘘の言葉ではなくて、実はずっと本物だった…彼の言葉が、きらきらと。


「わたしもずっとずっと好きだったよトラファルガー」


これはバレンタインがほど近い、寒い夜の日の話。
この日は最初、私がひとりきりで泣く、そんな悲しい夜になるはずだった。

「そうじゃねえと今更困る」
「ふふ。そうだね」

けれど。今日という日は、心の底から愛しい恋人を手に入れることができた、とても素晴らしい日となってくれた。
しかも、大事なチョコレートを失いかけて、けれど手元へ取り戻せた日でもあるのだから…


私は本当に幸せだとしか言えない。