2017バレンタイン | ナノ
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香り召しませ

授業終了のチャイムの音が聞こえると、先生は「じゃ、これで終わりだ」、そう言って私たちに背を向け黒板いっぱいに書き連ねた化学式をダルそうに消し始めた。

それと共にガタガタと動く椅子の音が教室中に響き渡る。解放感からか騒がしく理科教室を後にしていく生徒たち。彼女らの動きに合わせて空気がゆれる教室で、私は座ったまま、先生が長い手を左右に動かすその仕草を小さく笑って見ていた。

「せんせっ!これバレンタインのチョコレート!!」
「ロー先生食べてね!!」

女生徒の多くは本日がバレンタインということもありきれいな包みを持ってロー先生へと群がっていた。先生はきゃあきゃあと背後で騒ぐ彼女たちへ振り返りもせずに「あーハイハイ。そこに置いとけ」とつれない態度でそう言い放っていた。
今日私は何度こんな光景を見ただろうか??
いつも態度は冷たいし素っ気ないし口も悪いロー先生だけれど、抜群にイケメンである彼には朝から今までたくさんの女生徒が次々と押し寄せては大小さまざまなチョコレートがプレゼントされ、それは職員室の机だったり教卓だったり彼の私物入れのロッカーを色とりどりの包装紙で彩った。
まだ遭遇していないし目撃情報もないけれど、もしかしたらロー先生にチョコレートをあげながら告白している人も何名かはいるかもしれない。ロー先生はモテるから。
でも先生は朝からずっと普段通りのまま授業をこなし、うずたかく積まれたチョコレートを見ても張り付けたかのように完璧なポーカーフェイスを決め込んでいるので真相は謎だけど。

女生徒のプレゼント攻撃が終わりを告げた頃には黒板の化学式のほとんどが消えた。
包みを机に置いた最後の一人が晴れやかな声をあげながら教室を去ってついに私だけになってしまうと、私は教科書を持って立ち上がりロー先生へそっと近づいた。

「…何か用か?」

気配に気づいて、でもやっぱり振り返らないままロー先生はそう言う。「質問か?」「いいえ!だって今日はバレンタインですよ?」。私が背中に向かってそう言うと、ロー先生は「なら置いとけ」。相変わらず素っ気なくそう言う。
だから私は「はーい」と頷いて、てくてくと、そのままロー先生の本当に側、彼の隣にまで歩み寄った。
ロー先生は黒板を消す手をぴたりと止めて「ハァ?」、眉を寄せながら私を怪訝そうに見下ろした。

「…何だよ?」
「チョコレートです」
「…だから置いとけって言っただろ?」
「はい。置いてます」
「…意味が分からねェ」
「だから、ここに、いるんです!」
「…何言ってんだ?」

私はそう言ったロー先生を見上げて少し首を傾げた。「わからない?」。パチパチと瞬きしながら上目遣いにそう問うと、ロー先生はますます眉を寄せて私を睨んだので「おかしいなぁ…」とひとり呟きながら自分の手首をクン…と嗅いだ。
そして、その手を伸ばしてロー先生の顔へと近づけながら「気づきません?」と言い、さらに一歩、彼に身体も近づけた。


「………お前…」


私が近づいたのと、寄せられた手のおかげでようやくロー先生は気が付いたらしい。
石膏で固めたように無表情だった先生の顔が一瞬、ほんの一瞬だけ崩れて形の良い眉がぴくりと動いた。
上げていた先生の手が緩慢に下へ降りてきたので、私はフフ…と笑ってその手から黒板消しを取りあげると残りを消してあげた。
その手の動きに合わせて、ふわり、ふわりと…
今日この日のために用意したショコラ≠ニいう名のオードトワレがいつも薬品の匂いばかりのこの部屋に甘く香った。


ねえ、先生。
私は何十個も集まったたくさんのチョコレートの中に埋もれたくなんてないんだよ。
特別になりたいの。
ずっと前からそう思ってた。
いつも先生は私がどんなにこの気持ちを伝えても少しも相手になんかしてくれない。
私はそれがとても悲しい。


「…それ、本番前の練習か?」
「何言ってるんですか。先生が本番です」

私が間髪入れずにそう言うも、ロー先生は私から視線を外していつもの無表情に戻ってしまう。「笑えねえ冗談だ」。けれど、その声色がどこかいつもと違っていることが私にはわかった。


「冗談じゃありません!本気ですよ」
「…」


何を考えているのかわからなかった眼差しが刹那、揺れる。
ほら。
作戦通り、きっと私は先生の中でまた少しだけ他の生徒よりは違った存在になった…よね?


「フン。ガキがませてんじゃねえ。さっと帰れ。次の授業に遅れたらタダじゃすまさねえからな」


でも、ロー先生はすぐにハッ…と呆れたように鼻で笑ってそう言うと、ゴツン…、私の頭を握りこんだ拳で軽く小突いた。
え…と思わず声をあげるも、やっぱりつれない態度のロー先生は「さっさと行け」と言いいながら私の背を押し、理科室から追い出した。
香り作戦、失敗??
せっかくアルバイトを増やしてようやく買えた高い香水だったというのに…。


完全に部屋から追い出されるその際、努力は無駄になるわ子ども扱いまでされるわで悔しい私はロー先生を振り返りながら拗ねた顔をしてみせた。
するとロー先生が小さく言った。
私の心臓はその言葉を聞いた途端にドキン…と跳ねて、顔はたちまち熱く火照っていった。


…たぶんきっと、空耳なんかじゃない。



「卒業したら覚悟しろよ」
「!」