2017バレンタイン | ナノ
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バレンタイン!

2月13日の夜。
あたしが台所でレシピを時折覗きこみながらボールをぐるぐるかき回していると、向かいに座ったエースが目の前にあるラッピングのひとつをつまみあげ「チェッ…」と舌打ちをした。
先ほど焼き上がって切り分けたブラウニーが数切れ入っているその包みはあと2つ同じものが置いてあり、それを見つめるエースの顔はひどく険しい。なので、あたしだけでなくあと他にいるふたりもその姿に苦笑するしかなかった。
そのふたり、とは彼に対して「何怒ってんだ?」とフ…と笑って言ったサボと、キッチンの隅々にまで充満しているチョコレートの甘い香りにずっと鼻をヒクヒクさせているルフィだ。
バレンタインデーを明日に控えたこの日、彼らは何故だか揃って我が家に集合してきて(宿題を一緒にしよう、と言っていたが結局のところやっていない)あたしがチョコレート菓子を一生懸命作っている側「それは誰にやるんだ?」、「砂糖と塩を間違えてないか?」、「もっとチョコが多いほうがいいんじゃないのか?」…などなど。3人並んでこちらの作業をじっと眺め続けながらああだこうだと言っていた。
そして、そんな彼らにブラウニーを入れたラッピングを見せながら「これはエースたちのね」と言うと、その瞬間あからさまにエースは不機嫌になってしまったのだ。頬を膨らませた状態のまま、そのラッピングの隣にある大きく切り分けたブラウニーをじとりと睨みつけながらくどくどとあたしに文句を言ってくるエース。なんだか毎年このやりとりをしている気がしない?

「なんで俺たちのケーキはこんなに小せぇし少ねぇんだよ?!毎回意味が分からねえ」
「だってエースたちはいっつもバレンタインに他の子からもたくさんもらうでしょ??」
「俺は…」
「おれ去年20個はもらった!サボはもっともらってたなあ!確かエースはサボくらいだったかな」
「ならそのくらいの量でちょうどいいじゃない」
「でもエースは全部いらないって何故か返してたよな」
「え?!エース、それ本当??」
「ルフィ!!余計なこと言ってんじゃねえよ!!」
「ああ、そうだったそうだった。俺のクラスの女の子、お前にチョコを突き返されたって泣いてたな」
「何で今その話をするんだよ!」
「事実じゃないか」
「もったいねえよな」
「…信じられない」
「…」

あたしはルフィとサボの言葉に思い切り驚いてしまった。
この兄弟たちは学校イチと言っていいくらいの人気者であり、その人気の理由のひとつは彼らが人当たりがよく皆に平等に優しい…という所!
だから彼らを慕って渡してくるチョコレートを受け取るのは当然のことだと思っていた。
それを渡される際に愛の告白を伴っていて彼らがそれに応えられないんだとしても、チョコだけは笑顔で受け取って「ありがとう」と言っているものだとあたしは思っていた。現に去年誰かがエースにチョコレートを渡している現場にあたしがたまたま遭遇したとき、エースはきちんとそれを受け取りながら笑ってお礼を言ってたもの!…でもその直後あたしと目が合ったエースはかなり気まずそうにしていたから…もしかして…あたしその時妙な表情でもしていたのかな?そのせい??

「ちゃんともらってあげなよエース。きっとみんな一生懸命作ったりその人の喜ぶ顔を思い浮かべながら買ったりしてるんだから」
「ユウが毎年くれるのがあるからそれでいいんだよ俺は」
「でもあたしお菓子作りが得意なわけじゃないし。他の人のチョコはもっともっとおいしいかもしれないよ!」
「そういう意味じゃ…「大丈夫ユウ!!!うめーぞ!コレ!!」
「あああ!!ルフィ!!もう食べちゃってる!!」
「だってこれは俺らのだってユウ言ったじゃねえか♪」
「おいウソだろ!何やってんだよルフィ!!」
「…なんと。ククク。ルフィに一番に感想を言われてしまったか」

すると、何とずっとブラウニーを見つめて尻尾をブンブン振っているようだったルフィがいつの間にやらもぐもぐ口を動かし満面の笑みでそう言ってきものだからあたしは呆れてしまった。サボはそんなルフィにアハハと笑い声をあげ、けれど自分も手を付けていない別のラッピングからブラウニーを優雅な仕草で取りだすとそれを食べながら「うまいよユウ」と言ってくれたのであたしもおかしくなってクスッと笑ってしまう。エースは顔を酷く歪めてそんな二人を面白くなさそうに眺めていたけれど、すぐさま残ったラッピングを乱暴に掴んで中身を取り出しバクバクと食べ始めた。…そういうわけで、彼らへのバレンタインプレゼントは前日にすべてあっけなく平らげられてしまった。

「あーもう!少ししか作ってないから追加はできないよ?」
「へへっ!焼きたてはウマいな」
「一日経ってるほうがしっとりしておいしいって書いてあるのにー」
「だいじょうぶだよユウ。俺たちは一番にユウからの手作りケーキが食べられて嬉しいんだ」
「そう?」
「だろ?エース」
「…フン」

エースはあっという間に自分の分を全部食べ終えてラッピングをくしゃりと手の中で潰すと口をとがらせてそっぽを向いてしまった。やっぱり量が少なくて怒ってるのだろうか?「明日もらえるやつを食べて満足しなさい!」。だからそう言ってやると、エースは怒った声で言い返した。


「俺は誰からももらわねえ!!」





2月14日。
全ての授業が終わったあと、あたしは珍しく一人で帰ることにした。多分きっと兄弟たちは放課後いろいろな人から呼び止められてチョコレートをもらうだろう。だからあたしは彼らに先に帰るとメッセージを送り鞄を手に席を立った。
ナミちゃんにバイバイと手を振って、きれいな包みを持ってそわそわしているたくさんの女の子とすれ違いながら何だかあたしもくすぐったくなりながら廊下を歩く。
いつかあたしにも大好きな人ができて、その人のために特別なチョコを作って、そしてドキドキしながらその人に渡す日が来るのだろうか??もう高校生になったというのにそういう存在ができないのはおかしいよってナミちゃんは言うけれど、あたしは残念ながら未だにその感情がよくわからない。


「…これ、もらってください」


するとそんなあたしにとても小さな声がざわめいた廊下を歩いていても何故か耳にすっと入ってきた。あと少しで靴箱にたどり着く…という一階の階段を下りきった直後のことだ。
「…」
普通なら聞き逃しているくらいのかすかな声量であったのに、そこによく知った人の名前があったからかあたしにはその声が聞こえてしまった。

―エース君、これもらってください…

靴箱とは反対方向から聞こえた彼の名前に自然と首が動いてしまい、あたしは恥ずかしそうに俯きつつ小さな包みをおずおずと差し出す知らない女の子と彼女を見下ろすエースの姿を見た。
すぐに視線を逸らそうとはした。
けれど、何故か自分の意志に身体がすぐ従わなかった。だから、彼と…目が合った。エースは女の子からわずかに目をそらした際に、あたしのほうへと顔を向けたのだ。

「…」

あたしは慌ててふい…とエースから目をそらすと踵を返して小走りで靴箱へと向かった。
エースと目を合わせていたのはほんの一秒にも満たなかったはずなのに、とても長く感じられて私は焦った。
胸が何故かドキドキしていて、どうしてかわからないけれど急いでここから去らなくては…と焦燥しながら靴を履き替え夕日で赤く染まった表へと駆けた。別に走る必要なんてないはずなのに。
そう思うとさらに動揺して、ひたすらに歩道を早足で歩いていると、「…おいッ!!」、突然にエースの声が真後ろから聞こえて腕をぐいっと掴まれたのであたしは盛大に驚いた。引っ張られてのけぞりそうになりながら「わぁ!」と声をあげ、驚き顔のまま首を後ろへと捻ってみると走ってきたからか息を弾ませたエースがあたしを小さく睨みながら「なに先に帰ってんだよ!」と言ってくる。

「…だ、だって。さっき…」
「…。あーいいよもう追いついたし。…帰るぞ」
「…う、ん。…えーと。…チョコ、は?」

エースの手元をちらりと見るも、彼は鞄しか持っていなかった。
先ほどの包みなんて到底入りそうにない薄っぺらいそれに、あたしは思わず先ほどのチョコの行方を尋ねてしまう。すると、エースは「ハァ?」と呆れたような声をあげてあたしを睨むようにして見下ろした。

「誰からももらわねぇって昨日言っただろ!」
「…そうだけど」
「…それに…お前にチョコもらうところ見せたくねえし」
「え?」
「そもそもお前の以外、ほ、欲しくねえんだよ俺はッ!」
「…あの……それって…」
「そ…そういうことだろ!」
「…そういうことって…」
「…」
「…エース…え、と…」
「…。あああ、うるせーなぁ!!黙ってろよもう」
「…ん」
「…」

エースはそう言うとフイ…と顔を逸らして夕日を見つめ、もう何も言ってくれなくなった。だからあたしもそれ以上は何も聞けなくて二人で静かに歩道を歩いた。
 

あたしにもらうところを見せたくない、だなんて。
あたしのことなんて気にしなくてもいいし、あたし以外からももらえばいいじゃない。
昨日もそう言ったでしょ?


そう言おうとして、でも言えなかった。
すると歩くあたし達の側を刺すように冷たい風が強く流れて、あたしはあまりの寒さに顔をキュ…と顰めた。けれど心は不思議とほわほわと温まった。「…寒いねえ」。言えなかった言葉の代わりにそう呟いてみる。「手が冷たくなっちゃった」。エースはあたしのその声にはわずかに首を動かして「そうか」…と呟き返してくれた。

寒空の下、かじかむ両手にハァ…と息をあてた。慌てていたせいで手袋をつけ忘れていた、そのあたしの右のてのひら。
すると、いつも道路側を歩いてくれるエースの左手が突然にすっと伸びてきてあたしの手を掴むとそのままギュ…と握った。
驚いた。
本当に驚いたけど…、あたしはそれを自然に受け入れることができた。
だから、何してるの?とは聞かず、代わりに「あったかい」。そう言った。
エースは一瞬身体を固くしていたけれど、すぐにへへ…と夕日を浴びながら照れ臭そうに笑った。


…ねえ、ナミちゃん。
あたし、何となくだけど…。今までわからなかったことが、だんだんわかってきたような気がするよ。
そのことについて話したら…
ナミちゃんはあたしに何て言うのかな??


「おーーーーーーい!待てよっ!エース!ユウ!!」
「やっと追いついた!先に帰るなんて酷いぞ」

そんなあたしたちの背後からルフィとサボの大きな声が聞こえたのは、そのすぐあとのこと。
あたしは「え?」と振り返り、エースは慌てて繋いでいた手をバッと離した。
ああ…、結局、バレンタインであってもいつも通り4人一緒の帰宅となってしまうんだね。

ルフィとサボは両手に紙袋を持っていて、その中にはきっとたくさんのチョコレートが入ってるのだろう。
それに対して手ぶらのエースは遠くから走ってくる二人に、重ねてみれば大きくて暖かかった自身の手を振り上げて彼らをめちゃくちゃに怒鳴ってた。


「お前ら!!マジで許さねえからな!!空気読めよ!!バカ!」
「えー?なんでだ?」
「ククッ。ああ、ほんとうに。何でだろうなぁ」