どうか、連れて行かないで | ナノ
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さようなら静寂

ちょっと借りるぞ…


そう言って私の中へと入っていった彼の魂は、太陽が沈んでしまうとあっけないほどすんなりこの身から離れて消えていった。
途端に自由になった身体で、慌てて薄暗い空を見上げてみる。
舞い降りてくれた奇跡。
それはここで過ごすことを許された時間を終えて、また空へと帰ってしまった。
たった数日、だった。
そんな中、私には話したいことがいっぱいあって、私はずっと彼と話して、まだまだ言いたいことはたくさんあったけれど、残念ながらあっという間に時間切れとなった。
それでも私にとっては素晴らしいとしか言いようのない、何事にも変えられない、かけがえのない数日だった。
そして彼は最後にローと話をして、そして笑って去って行った。
ずっと愛してる…
その言葉を言い遺して。


ローは子犬を見つけた最初の日と同じで泣いているようだった。
甲板にいたはずのクルーは夕食の時間が近いからかほとんどみんな船内へと入っていたから泣き顔を見られなくてすんでよかったね。私は思わずクス…と笑う。


「泣いてやんの。…カッコ悪!」


なのでそう言ってやる。
するとローが歪めて俯かせていた顔をまるで弾かれるみたいにして急に上げながら、それを驚愕の表情へと変化させて見開いた瞳でこちらを見つめたものだから私はまた笑ってしまった。
声を上げて。
アハハ、と。
久しぶり…だった。
本当に。
十六年ぶりだった。
それなのにそれは、あっけないほどすんなりと、長いブランクなど決して感じさせないくらい自然にこの口から零れ落ちた。
大好きなあの人は、ここに現れてくれたその事だけでも奇跡だったのに、どうやら最後に私のこの身体にも素晴らしい奇跡を与えてくれたみたいだね。


『凪≠ヘ俺だけのモンだからなァ』


彼はそう言って笑い、私から凪≠連れて、そして空へと帰って行ったのだ。
私がずっと、あの日、フレバンスでの悲劇を経験してから失ってしまっていた声≠。
この身の奥底に仕舞い込んで、自分ですらその隠し場所をいつしか見失って、どうにも取り戻せずに無音での生活をずっと受け入れて生きていた私。
そんな私が今、あの人のお陰で、それを彼の力を借りながらもようやく見つけ出す事が…できたのだ。

あの人は現世へとやってきて私の前に現れ、そして隣に座ってくれて、ずっと…本当にずっと私を励まし続けてくれた。

お前は大丈夫だ。
俺がいなくても、これからちゃんとローの支えになってやれる。
手伝ってやるから取り戻してみせろ。
そうじゃないと…ローはずっと気にかけ続けるぞ?

…と。

そして、あの人がこの身に宿ってローとこの口で話をしたことを恐らくきっかけとして、私の身体は届けたい言葉を声で伝えることを思い出し、今や懐かしいその音をこの耳で聞いて、そしてローの元へも久しぶりに送る事ができている。


「…リナ…お前」
ローは驚愕を表すしかなかった顔をまた泣き出しそうな顔へと歪めた。そうすれば更にぽろりと溢れてしまった涙。だから私はそれをあの人の代わりに拭ってあげた。ローは恥ずかしそうにするもされるがままだった。「もう…」。私は苦笑する。

「私は泣いてないのに。昔からローのほうがたくさん泣いている気がする。弱虫ね」
「…おい。…久々に声に出して言うセリフがそれなんて…。酷ぇだろうが…」
ローはグス…と鼻をすすればこちらを睨むようにしてそう言った。
その潤んだ瞳を見つめ返せば、不覚にも私も少しだけ泣きそうになってしまった。それはとても懐かしく感じる…ローからのまっすぐな眼差し。


「ローとしっかり目を合わせて話すのは…本当に久々」
「…俺はお前の唇を読むのに必死だったから…」
「うん。…ありがとう。……ローと…あの人だけだった。十六年前私の伝えたい言葉をきちんと聞いてくれたのは…」
「…当たり前だろ。…たった二人の……幼馴染なんだ」
「…そうだね」


十六年まともに見れずにいたからか、それを取り戻すかのように、私とローはお互いの瞳をずっと見つめ合わせていた。その顔は今までから比べたらとても近い。だから少しだけ恥ずかしい。
ローはいつだって必ず私から数歩離れた場所にいた。
それは、その距離が唇の動きと私の表情を一番読みとりやすかったからなんだとそう思う。
けれど今はもっと近づいても大丈夫になった。
だから私はローへと近寄り、その胸の中へと身体を預けた。
おでこをこつんと押し当てる。
するとローが驚いて身をすくませるのがわかった。「リナ…」。頭上から戸惑ったローの声がした。
彼の表情は見えなくなるけれど、でも今は私の顔も見えないこの姿勢のほうが都合がいい。今の私はきっと、相当顔が赤くなっているはずだから。

「ロー」

両手を彼の背へと回して更に顔を押し付けた。
温かい身体だ。彼の匂いもすぐ側に感じられる。
それに、顔を見られなくても届けられる、ローに対する私の言葉。
ずっとずっと、昔から私の側にいてくれたロー。
どんな時も手を引いてくれたロー。
私を助けてくれるばかりだったロー。
見守っていてくれたロー。
大好きな…ロー。

「ロー。ロー。ローーー。」

だからこの姿勢のまま、繰り返し繰り返し彼の名前を呼び続けた。「いきなり…言いすぎだ…」。ローは恥ずかしそうにそう言った。
ローはそして、躊躇いつつもゆっくりと身体にしがみついている私の頭をそっと撫でた。
その手はとても大きく感じられた。
あの人と比べたら小さくはあるけれど、でも、それは私にあの人と同じくらいの温かみを与えてくれて、私は目を閉じてそれを受け入れた。




「…なあ。…お前の夢って…何なんだ?」




すると、頭上からそんなローの声が突然に舞い降りた。思わず目を開ける。
「え?」
「コラさんが…、叶えてやれと、最後に言ってた」
頭に乗せた手を背へと移動させ、その手が優しく私を寄せる動作の中更に言う。「医者じゃないほうなんだが…」「…ッ!」。

私はその言葉にハッ…と胸に押し当てていた顔を思わず上げてローの顔を見つめてしまった。
顔が更に赤らんだ。
そんな私を見下ろしながら首を小さく傾げたロー。私はそのまっすぐに降り注ぐ彼の目から慌てて逃れるようにして、甲板で眠る子犬へと視線を送った。
すると子犬はふわんとあくびをしながら身を起こし、私のほうを見ればシッポを振ってワン!と鳴いた。その表情は今までのものではもうなかった。でも私は言ってやった。


「ちょっとコラソン!!あの日の事を話しちゃったの!?おばか!」


ローから身を引きはがして子犬の側に走り寄る。
子犬はビクっと私の大きな声に一瞬驚くも、けれどすぐにワンワン明るく鳴いて私の差し出した手に体をまとわりつかせた。


ローは言った。
犬の名前…変えたのか?…と。
私はそれに頷いて空を見上げた。

だってあの人は空へ戻ってしまって、この世からいなくなってしまったから。
それに約束したでしょ?
あの人も楽しみにしておくって言ってくれてたでしょ?
だからまた会えた時にね、この声を使って、その時にあの人の名前を呼ぶことにしたんだよ。
それまでになるべく言わないでおくの。
大切に…とっておきたいんだ。
ローはそう言うと、そうか…と言って目を優しく細めてくれた。


「…で?夢って何なんだ?」
「…し、しつこいなぁ…。コラソンさんとの秘密」
「教えろよ」
「や、やだ」
「…まさかだが…。…ガキの時に約束したあの…あの事じゃ…ねえだろうな…。…大きくなったら結…」
「うううッうるさい!!」


私はローの言葉を遮って小さく叫ぶと、この場から慌てて逃げ出した。「お、おい!!待てよッ!」「ま、待たない!」。ローの慌てたような声が聞こえるも、そのまま気にせず甲板を子犬と共に走って行った。「おい!」「知らない!」。…こうやって背を向けていても言いたいことを伝えられるのって便利だね、本当に。



ねえ、コラソンさん。
私はあなたが大好きでした。
ローと同じで、あなたの存在は私にとっても、とてもとても大切だったんです。

守ってくれる父のようで。

安心をくれる兄のようで。

優しさをくれる友達のようで。

そんな風に、私にとってもローにとっても。
あなたが側にいることはこれ以上ないほどの心の支えで、私はあなたが隣にいてくれればものすごく嬉しかったんです。



このまま、この姿のままでもいいからずっと側にいてくれたらいいのに…。
たった数日しか与えられないというその奇跡が終わらなければいいのに…。
そう思っていました。
でもあなたは言ってくれましたね。
私にもそれ≠ヘ必ずできる…って。




だから、お願いです。



どうか。



どうか、私も。



私も…これからローにとってのコラソンさんみたいな存在になれるように。



あなたの強さを。
勇気を。
どんな時でも笑っていられる優しい心を。

私がしっかりと持ち続けていられるように、あなたも応援してください。
遠い空から、どうか見守っていてください。





「頑張って百年一緒に生きようね!!!」




未だに追いかけてくるローへ、私は一言、振り返ってそう叫んだ。



ローの目からはもう涙は消えていて、今や穏やかな笑顔になっていた。
その彼の伸ばした腕が、ああ、あともうちょっとで私の身体に届きそう。



「当たり前だろ!」
「ワン!」



すると、そんなローの返事と子犬の嬉しそうな鳴き声がほとんど一緒に…




甲板の上を、海の上を、空を、そしてこの世界の果てにまで。





それはそれはきれいな音をして響き渡っていった。










Please.
Don't takeHER‖long.





Fin


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