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見上げれば青雲

幼馴染のローと私がフレバンスから逃げられたのは奇跡、だった。
妹がいるから…と町に残ったロー。そのローがどういうわけか『お前もここにいろ』…と言って引いてくれた手が私の命運を分けたのだ。
私は彼のお陰で死は免れた。
けれど心はその時ほとんど死んでしまった。
ローはその後そんな私の手を決して離さずにひたすら強く引き続けてくれて、私はだからあの場からは離れられた。
その日から心を閉ざし、何もかもを見ることさえ止めた私。
そんな私にローはずっと何かと語りかけてくれていたようだったけれど、それは残念ながら全く私の耳には届かなかった。
けれどそんな折、ローが唐突にじゃあこのまま何もかもを壊して死んでしまおうか、と呟いた声だけは遠くから微かに聞こえた。そしてそれを聞いた私はそれもいいか…と身体のどこか片隅で思っていた。死んでしまえばもうあの悲劇を思い出すこともなければ、辛い思いを抱き続けなくてはいけない日々も終わる。だからそれに小さく頷いたような気がする。ああ…これで楽になれるんだ…とそう思ってもいた。
その矢先、だ。
虚無でしかない私の頭に突然に温かな手が乗せられたのは。

「…」

その現象は、どうしてだろう?私の全身に何かを駆け巡らせて、細胞の一つ一つを目覚めさせた。
そして久しぶりに外の世界をしっかりと自身の瞳に映した気がする。
そんな私がゆっくりと見あげた先で見たものは、大きな体躯をしたまるで道化師みたいなメイクを施した奇妙な男…だった。瞬きしながらもまっすぐにその男の顔を見つめると、冷たい瞳が私をしっかりと見据えていた。その目はまるで睨むようにして私を見下ろしているのだけれど、頭に添えられた手はそれとは対極的にひどく温かかった。だからその二つの相反するものに私は暫し混乱した。
けれどその次の瞬間、気付けば隣に立っていたローがその男に容赦なく窓から投げ飛ばされたので私は驚いてしまった。そして私もまた、頭をがしりと強く掴まれればローと同じ軌道でその場所から外へと投げられていた。
どしん!
そして私はローの身体の上に落ちていた。「何なんだよあの男は!」。私の下敷きになったローは頭からドクドクと血を流しながら大きな声で吠えていた。けれど、彼は割れた窓をぽかんとした顔で見上げる私のその姿を見とめるなり、その勢いをおさめて私の肩をぐい…と引いた。

「俺を見てみろ。リナ」

そう言われた。
久々にローの声をクリアに聞いた気がした。そうじゃない…、か。久々に私の耳が音をしっかりと脳内へと伝えたのだ。
「ロー」
彼の顔を見てそう言うと、ローはぐしゃりと顔を歪めて唇を噛んでいた。
「気が付いたんだな」
その言葉の意味がわからなかったので「どういうこと?」と聞けば、ローは「いい」と首を振って私をぎゅっと抱きしめてくれた。そしてまた私の顔を歪んだ表情で見つめた。
「さっきの人は誰なのかな?」
「…わからねえ。…でもあいついつか殺してやる…」
私の頭は未だにさっきの男の人の手のぬくもりが残っているようだった。
ローはそんな私の傍らで頭の血を拭いながらブツブツと文句を言い続けていた。





その後はあっという間にいろいろな事が起こった。
私たちを投げた人、コラソンさんという人はかなりの子供嫌いでそれ故私たちは彼により突然に投げ飛ばされたようだった。
コラソンさんはドンキホーテファミリーという組織のボスであるドフラミンゴさんの弟だそうなのだが、ローはどうしてだかその組織に私と共に乗り込み、世界を壊したいと言ったんだそうだ。そうしたらローはどういうわけかドフラミンゴさんにえらく気に入られてしまい、彼はファミリーへの加入を許されたようだった。…そして私も。
ドフラミンゴさんは冷たい瞳で私をまるで品定めするように充分に見つめれば、フン…と鼻で小さく笑いながら頭をぐりんと撫でてくれた。そして「あいつらから仕事をもらえ」とそう言って背中を押され、バッファローとベビー5とデリンジャーいう人を紹介してくれた。
そうして、彼らに仕事を教えてもらいながら、ローと一緒に今までとはまったく違うそのアジトでの生活を開始した。
ローはドフラミンゴさんにかなり期待されているみたいで、ファミリーの人は総出となって彼に剣術や格闘術、砲術などを叩きこんでいた。けれど対する私は…と言えば残念ながらちょっと邪魔者のようだった。
女であり、そこまでの体力も知力もなければ珀鉛病という病に侵されている身。伝染病ではなかったから、人が寄りつかなかったりファミリーの中で迫害を受けるという事はなかったけれど、ドフラミンゴさんにとっては私はまるでどうでもいい存在だったらしく、あまり目も合わせてくれなかった。
けれど、そんな風に私をまるで空気のように扱う人でも、時折顔を合わせることがあれば決まってその人はこう言ってくれた。
「お前はローを支えてりゃいい」
そしてそれを言う時の目は私をしっかりと、まっすぐに見据えているのだ。
だから私はこくりと頷いて、背を向けて去って行く彼を見つめながらその言葉をしっかりと胸にとめた。
生きることについて、何でもいい、何か理由を与えてくれることは今の私にはありがたかったので、ドフラミンゴさんのたまにくれるその言葉はすんなりと私の心に浸透した。
なのでその言葉に従って、毎日へとへとになるまで技術を叩きこまれているローの側に寄り添っては彼の傷の手当をしたり、励ましたりする毎日を送った。


そんなローと私はファミリーの皆とゆっくりと打ち解けあって日々仲良くなっていけたけれど、コラソンさんとはそうなることが全くできず、鉢合えば必ずどこかへ投げ飛ばされるのが常だった。
だからローはいつも獣のように吠えまくって彼の悪口ばかりを言っていたが、私はそこまで彼を嫌いになれないのが事実だった。
投げられる時の彼の手はやっぱりいつも温かくて、私が着地する先は必ずローの身体の上。それが決して偶然ではなく、コラソンさんの調整によるものだと気付くのはすぐのことで、だから私はぶりぶり文句を言っているローの側で、投げた後絶対にこちらをちらりと見ては無事を確認するコラソンさんと目を合わせれば、小さく笑い返すのが習慣になっていた。
コラソンさんはそんな私を見ればすぐに目をそらしてしまうのだけれど。


そんな彼と初めて話をしたのは、ファミリーに入って実に一年以上たってからのことだ。
私は外にいて、大木の側に座って景色を眺めていた所だった。
アジトの中からは皆が食事をとっている声が聞こえてきていて、私はそれに背を向けて流れゆく雲をじ…と意味もなく見つめていた。
そんな中、コラソンさんがゆっくりとやってきて私の横に座ったのだ。そして言った。


「飯をもらえなかったのか?」


その声は何の前触れもなく唐突に発せられたので、私は驚いて肩を飛び上がらせてしまった。
恐る恐る隣のコラソンさんに顔を向けると、彼はいつもの冷たい目ではなく、どこか温かみのある瞳で私を見つめていてそしてまた声を出した。「腹減っただろう」…と。
「お話できたんですか?」
私が唖然としながらそう聞くと、コラソンさんは「皆には内緒な」と言ってくすりと笑った。そして、その手が服のポケットに移動したかと思えば、そこから大きなおにぎりが数個出てきて、それを隠すようにしながら私へと寄越してきたのでまた驚いた。

「だめ。食べられない。ロー、今ラオGにやられちゃって倒れたままなの。ローが食べてないから私も食べちゃだめなんだ」
「大丈夫。バレやしない。それにローにも同じものを届けてある。だから心配するな」
「…本当に?」
「疑っているのか?」
「コラソンさん、いつもローをいじめてるじゃない」

私は突然のコラソンさんの彼への優しさが信じられなくてそう言うと、コラソンさんはハハハと笑い声をあげたのでまたまた驚いてしまった。けれどそんな彼がニヤリとした顔で「そうさ。だから奴のおにぎりには梅干しが入れてある」…と言ってきたときは、堪えられなくて私も吹き出してしまった。ローの梅干し嫌いは相当だということは私もよく知っている。


「どうしてローに酷くあたるの?」


おにぎりは温かくて、いびつな形をしていてまだ握ってすぐのようだった。きっとコラソンさんが作ったんだろうな…とすぐにわかった。私の掌に乗り切らないほどの大きなそれは、コラソンさんの手にはしっくりおさまっていたのだから。
そしてそれを食べながら、そう聞いた。
優しい味のするおにぎりは、日々酷い意地悪ばかりをする人には作れないとそう思う。それに私を投げる時には必ずためらいがつきまとっていることも知っていた。
だから、コラソンさんには意地悪にならざるを得ない理由があるのだ…と。それはずっと昔から思っていたことなのだ。


「…お前、白い箇所が増えたな」


コラソンさんはそれには答えずに、私のおにぎりを持つ手の白くなった箇所をそっと撫でてそう言った。


「ローはあと二年もつかどうか…って言ってた」
「…」


始終私を見つめたままだったコラソンさんは、それを聞けば視線を外して空を見上げて「そうか」と呟いた。
その先には真っ青な空にきれいな雲がたくさんあって、私も一緒になってそれを眺めた。



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