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舞い降りた奇跡



「ロ…ロシナンテ…」
「コラ…ソン」


それは同時だった。
そしてどこかその台詞に遠慮するさまも…同じだった。
私とローはお互いをじ…と複雑な顔をして見つめ合い、けれどその後すぐにそう呼んだ対象のほうへと視線をやって二人して手招きをしてみた。
小さな子犬はそれを見ればわかりやすく困り顔を浮かべた。そしておずおずといった具合に私の方へとやってきて、差し出した私の手を遠慮がちではあるがペロリと舐めた。
私はそれにえへへと笑みを浮かべつつその子犬ロシナンテ≠ヨシヨシと撫でまわした。うん。いい子いい子。

「私の勝ち」
「…チ…」
「コラソンはコードネームだもん」
「…」
「だからこのワンコの名前はロシナンテに決まりね」
「……あぁ」

私がそう言って子犬を抱き上ながらそう言えば、ローは私を見つめつつ一瞬憎々しげな顔を浮かべたけれど、すぐにその表情を元へ戻して子犬をひと撫でした後船首のほうへと歩いて行った。子犬はローに撫でてもらえば気持ちよさげに目を細め、私の腕の中で潮の香りにひくひくと鼻を小さく動かしていた。



この子犬を見つけたのはつい昨日のこと。
町を歩いていた私とローの前に突然現れた、あきらかに彼≠宿しているとしか思えない、ハートのブチ模様がひとつ入った白い小さなその子犬。私たちはなんでもない場所ですっころびもしたそのドジな子犬を前にして思わず涙ぐみ、そしてそのままその子を抱えてポーラータング号へと連れ帰ったのだ。

どうやら、ワノ国についての本に記述してあるも、どうにもこうにも信じがたかったウラバンナ現象≠ニいう奇跡がこの度私たちの前で起こったらしかった。
とある期間になれば死者が現世に帰ってくるというその話。二人して並んでその大きな本を読みながら『そんな事ありえるのかな?』と言い合ったのは鮮明に思い出せないくらいかなり昔の話だ。
いつもはそんな非科学的な事など信じないはずのローも、これに関しては何も言い出してはこない。
そしてお互いすぐにこの子犬を飼う事に同意して、名前を決めるのに困らなくてすむねと言い合って笑った。
…けど、意見は割れてしまった。そして今、決着がついたところである。
私はもう一度名前を呼んでその子犬を撫でてみた。子犬は私を澄んだ目で見つめてワン!と鳴いた。その目はまるで彼と同じ優しい瞳。…なので私はまた泣きそうになった。


「ロシナンテさん」


甲板にはこちらに背を向けたローしかいなかった。
だから思わず私は涙をこぼしていた。

子犬はそんな私を心配そうに見上げ、そして身を乗り出すようにしながらその顔を私へと近づけると、ペロリとその涙を温かい舌で舐めとった。
その仕草はかつてあの人が泣いている私の頬を伝う涙をその指先でぬぐってくれた過去を思い出させた。
だから私は更に泣いてしまった。


ロシナンテさん。


心の中で彼の名をもう一度呼んだ。
子犬は温かくて、それは彼が私の頭に手を乗せてくれた時に受け取った温度と同じだと感じた。
様々な懐かしさばかりを与えてくれるこの犬。
それらは私の心を否応なしに揺さぶって、昔の事を思い出させて、そしてどうしようもなく嬉しいような悲しいような、そんなもどかしい感情でこの身をいっぱいに満たしていく。


このまま、この姿のままでもいいからずっと側にいてくれたらいいのに…。
たった数日しか与えられないというその奇跡が終わらなければいいのに…。


私は泣きながら子犬を抱いてそう思った。



ねえ、ロシナンテさん。




私もね。ローと同じ気持ちだったんだよ。
ずっと声に出しては伝えられなかったから、それだけはずっと私の心残りだったんだ。




私はね…




私は腕の中の子犬を抱きしめた。
子犬はきゅうんと小さく鳴いた。




私は…あなたがとてもとても…大好きだったんですよ。
あなたの存在は、私にとって、ローと同じで本当に…とてもとても大切だったんです。




だから、お願いです。



だから、どうか……







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