ここは、忘れられる世界 | ナノ
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止まりかけた息は、次いで過呼吸なまでに早くなった。
ハァハァ…と、意に反して加速する呼吸に隣のエースが慌てている。「大丈夫か!?」。そう言って、私の背中に手を当ててくれる彼。けれど、それが触れた瞬間に私の呼吸はまた早くなってしまう。

手が触れた場所が火傷したみたいに熱い。
火を押し付けられたかのように感じる。
火?
その言葉を思い浮かべたとき、途端に私の頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ざった。

あり得ない。火、だなんて。
…おかしい。
私はおかしい。
私はずっと火を見ることを、火を使う事をやめていたはずだ。
いや、そのはずはない。
私はエースの薪に火を熾してあげたじゃない。
火を使った料理を作ってあげたじゃない。
おかしい…。
違う。そんなことできるはずがない。
私は本当に火はずっと使っていなかった。
沸かしてもいない水を飲んで、火を通さずにすむ冷たいものばかりを食べていた。
寒いときは毛布を増やして耐えた。
冷たい水で身体を洗った。
夜は出歩かず、陽が落ちれば眠っていた。そのはずだ。
けれどそんな中、唐突に私は火と向き合えたのだ。
…エースという人と会ってから。


「落ち着け…。ゆっくり…息を吐いて…吸え。なあ…大丈夫だから…」


すると、遠くから聞こえているようだったエースの声を途端に身近で感じた。背を撫でてくれるその手の熱さが今度は私という人間を訳も分からない混乱の渦から救うようにして引き揚げる。
彼は何なの?
どうして、こんなにも私をおかしくさせるの?
わからない。
わからないわからない。
どうしてエースは私をいつも悲しそうに見つめるの?
そしてどうして今エースは私を強く抱きしめているの?
彼の身体も手と同じで酷く熱い。
重なり合った彼の素肌の奥から彼の心臓の鼓動が聞こえる気もする。
鼓動?
何故聞こえるの?
おかしい。
…なぜ、そう思うの?
何故鼓動が聞こえる事をおかしいと感じるの?


浅い息ばかりが続いて、頭痛も続いて、私はまた眩暈を感じた。
まるで引き裂かれるような痛みを全身に感じる。
けれど、それを阻止するかのようにエースは私を掻き抱く。
そして彼は言った。
ひと言。
耳元で、しっかりと、言い聞かせるように。


「愛してる…サラ」


エースは私の身体からそっと顔を離して私の瞳をじっと見つめた。深い悲しみに彩られた、けれどもとても強い眼差し。
その瞳が私を捉えて離さない。
最初に会った時と同じ瞳だ。
彼はあの時おかしなことばかりを言っていた。


愛し合っていただろう?…と。


そんなはずない。すぐさまその時そう思った。
…何故?
何故そう思った?


「…やめて……」


涙が突然に溢れた。
それは止まらない。
溢れても溢れても、瞳から涙は湧き続ける。だからエースの顔がぐにゃりと歪んでよく見えなくなる。


エースと愛し合っていただなんてそんなはずはない。
またそう思った。
私はだって…

頭がズキリズキリと痛んだ。
何でそう思うのかわからない。
わからなかった。
わからないはずだった。
けれど。
深いもやが一瞬薄くなったとき、私は自身の頭の奥底にある何かを垣間見た。


そうだ…
また、涙が溢れた。


思い出した…
熱い涙が頬を幾筋も落ちていく。


私には…
落ちた途端に、また新しい涙が溢れていく。



愛して愛して…やまない人が…いた……
潤んで歪んだ視界で誰が目の前にいるのかわからなくなりそうだった。



「あなたのことは知らない…」



私にはすごくすごく心の底から愛していた人がいた…



「あなたのことはちっとも思い出せない…」



けれど、その人はある日、私の前から姿を消した…



「あなたがどうしてあんなことを言ったのかもわからない…」



そして…
その人が…
もうこの世にいないと…知った時…



「それに…」



私はその瞬間、その人を、そしてその人を想う私の事も、この世界から一緒に消してしまうことを…決めたんだった…




でも思い出した。
私はその人をとても愛していたことだけは……思い出してしまった……。



「私にはずっと愛している人がいる…」