ここは、忘れられる世界 | ナノ
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途中からはまるでけもの道のようになってしまうそこをひたすらに走った。その道は途中でなくなって、その先は小さな崖となっている。…だから、このまま進み続ける人間は少ない。そこは私のような普通じゃない人、…海賊暮らしをしていて、そのくらいの障害など気にもならないような私ならば、難なく進めるそんな道だ。

すとんと降りた崖下の道を更に進めば、静かな薄暗い森の中で小さな水の音が聞こえ始める。
木々が深くなっていくばかりの森の中、何故かそこだけは木の葉の隙間が大きく開いていて、そこから光がさすように落ちて泉がきらめく。その周りにあの青い花は咲いているのだ。泉の周りを取り囲むようにして葉は生い茂り、たくさんの蕾が見えた。…それは、本当にすべてが、蕾。どんなに今にも咲きそうにふくらんだそれでも、この花は群生して生えるくせに日にひとつしか蕾を開かない。まるで示し合わせたみたいに、この花はそんな風にして日々開花し、だから毎日ひとつずつしかこれの咲いたものは手に入らないのだ。
この花の事やその性質のことは本当に偶然知っていた。…多分、孤独という花言葉の所為だろう。私は孤独になりそうだった時、この花を知った。


急いで走ってきたので、息が上がっていた。
泉をじっくり見渡してみるけれど、やはり全部が蕾だった。エースが今日の日の分を摘んできてくれて、だからそれで終わりなのだ。


花はひとつ、けれど俺たちはふたり


途端にその言葉を思い出した。
また何かにもやがかかったようになって、眩暈がした。
何なのだろう。
今日の私はおかしい。
…そうじゃない、か。……私はずっと。…きっとずっと…おかしい。


かさり…


すると、葉のすれる音がして私は慌てて振り返る。そこにいたのはエースだった。彼もまた、走ってきたのか息をあげている。「お前早ぇよ」。乱れた息を整えながら、そう言って苦笑し、けれど途端にいつもみたいに悲しそうな顔に変化させる。

あなたはどうしてこの場所を知っていたの?この島をよく知らないくせに…

それを聞きたかった。けれど口がまるで固まってしまったように動かなくて、私はエースを無言で見続ける事しかできない。頭の中のもやが深くなったり、薄くなったりを繰り返す。頭が痛い。…ズキリ…ズキリ。今私はそれに必死で耐えている。


「ここは相変わらずキレイだよなぁ」


エースは私から視線を外して、泉を見ながらそう言った。言い終えると、泉へと近づき、その側にある一部が苔むした大きな平たい岩へと座る。また頭が痛んだ。座るのにちょうどよいその石。…そこには私も時折座って、そして泉を眺めることがある。
まるで導かれるようにしてその岩へと足が動いた。
そして当然のように空いている、ちょうど一人分座れる彼の隣のスペース。
腰を下ろす私を嬉しそうに、けれど少し寂しげに見つめるエース。
並んで座れば、二人の目の前にはきらきらと輝く泉。そして蕾ばかりの花。そよ風。木の葉の匂い。静かな水の音。

「…もう日が暮れる」

エースがぽつりとそう言った。
確かに、白いばかりだった太陽の光は少しずつ夕暮れの色を含み始めていた。

「…今すぐ帰れば、明るいうちに帰れる…」
「…」

エースの言葉に、私は顔を俯かせた。
彼の言うとおりだ。早くしないとすぐに陽が落ちて真っ暗になってしまう。そうしたら、例えここへ来慣れている私でも、道が見えにくくなって帰り道はきっと危ない。でも、足が動かない。口も相変わらず動かない。


「…もう、俺は夜道に火を灯してあげられねぇから…」


エースはそうも言った。ズキリ…。頭が痛んだ。


「でも、まあ、ここで夜が明けるのを待つのもいいかもしれねぇな」
フフ…
エースは少し楽しげにそう言った。



「ここで明日が来るのを待って…。そしてあの花の奇跡に期待するのも…悪くねぇ」



私はまた、息が止まりそうになった。