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日曜日は私の仕事も市場もお休みだった。
だから私は朝から掃除や洗濯をしていたのだけれど、9時という時間にもかかわらずエースが魚を持って現れたので少しだけ驚いた。
「…早かったか?」
一瞬何も言えず口を開け放していた私に困惑したような笑顔を浮かべつつそう言ったエース。まさかこんな時間に現れるとは思っていなかった。けれどすぐに大丈夫、と首を振って持っていた魚を受け取った。
「ちょっと待ってて。洗濯物、干してくるから」
「わかった」
ダイニングの椅子を指し示してそこへ座ってもらい、私は洗濯物の入ったカゴを持って外へと出る。この家にいる時に誰かのために慌てて何かをする…だなんて、なんだか久しぶりで妙な高揚感が襲った。庭の木々の間に張ったロープにシーツやら服やらをかけながらちらりと窓から見えるエースを確認する。彼は落ち着かないのかきょろきょろと部屋の中を見渡しているようだった。クス…。思わず苦笑した。

洗濯物を干し終えて、そして彼にお茶を出してあげて、そしてそのまま魚を調理した。ふたり分の料理を作るなんて、いつぶりだろうか?量の加減がわからない。「俺大食いだからだいじょうぶ」。私がその小さな不安を告げれば、エースは安心しろと言わんばかりにそう言った。持ってきてくれた魚の量は多かったが、それならば…と鍋にたっぷりアクアパッツァを作ってみた。切ったパンを添えて。久しぶりに飲んじゃおうか…という気にもなりワインのボトルを開けてみた。グラスに注いでエースへと渡すと、彼は嬉しげに受け取った。ランチタイムにはかなり早い時間だったけれど、まぁいいかと笑い合って乾杯をした。

「…うまい」

料理をひと口食べて、エースは感嘆の声をあげていた。料理を褒められるのもまた、いつぶりだろうか?そしてエースはまた泣きそうな顔をする。「同じだ…」…と。また、私の理解できないことを言った。

料理を食べている間は彼は無口で、食べる事に集中していた。頬をリスみたいに膨らませてこれが最後の晩餐と言わんばかりの勢いで食べていた。その姿がおかしくて吹き出すと、彼はその時は恥ずかしげにペースを落としていた。けれど、すぐにまた勢いよくかっこんでいた。
そんな彼がさっきの大食いであるという宣言通り何人前はあろうか?という量のスープをほとんど一人で全部平らげた時はまだ12時過ぎくらいだった。彼はあまりお酒は飲まなかった。「酔いたくねぇんだ」。そう言って、一杯のワインをちびちび飲んでいた。

「いつも焼き魚ばかり食ってたから…。すげぇ旨かった!」
「…そうなんだ。よかったよ」

彼の海辺の生活は一体どんなものなのだろう?大抵外でたき火をしている姿を見かけるから…もしかして家にキッチンがないのだろうか??いつも砂浜で会っているけれど、そういえば彼の家は見たことがなかった。「まさかとは思うけど、野宿みたいなことしてないよね?」。ふとそう問いかけてみると、エースは困った笑顔を浮かべてちょっとだけ目を伏せた。…図星?
後片付けを手伝うと言ってくれたエースだったが、流しに浸けた皿を手にしてスポンジをあてようとした途端にぱりん…と、どういう力加減か彼はそのお皿をきれいに割った。「え!?」。私は彼から慌ててスポンジをとりあげる。エースは恐縮したように肩をすぼめていた。そしておろおろした視線が流しの近くの窓辺に移動した時、突然に彼は言った。

「ちょっと、待ってろ」

私はそれがどういう事なのか聞こうとした。けれど、エースはそのまま濡れた手を拭きもせずに家を飛び出して行ってしまった。そんなに彼を慌てさせるものでもあったかな?…あ、もしかして割ったお皿のお詫びに新し物でも買いに行ったとか…?私はいろいろと考えながらお皿や鍋やグラスを洗った。そして片付けがすべて終わったころにエースが再び現れた。その手には青い花があった。私はそれを見て息を飲んだ。



「ハアハア…。これ、新しいやつ」



そう言って、あがった息を整えながら私に差し出してきたその花。受け取ろうとした手が震えた。エースは私に花を渡してしまうと、キッチンの窓にある花瓶を取りに行き、そしてそこに元々あった枯れかけた青い花を取り去った。そして空っぽになった花瓶を次いで差し出した。
「…森の奥の泉を知っているの?」
震える声でそう聞いた。エースはこくりと無言でうなずいた。
動けずにいる私をしばらく見つめていたエースは、私が握り締めたままの新しい花をそっと優しく取り、かわりに花瓶に活けてくれた。それは水辺にしか咲かない花だ。しかも珍しい花で、この島で咲いている場所を知っている人は少ない。


「今日もひとつしか咲いてなかった」


花瓶を元の場所へと戻しながらそう言ったエース。彼は私に背を向けていて、その言葉は何気ない雰囲気で発せられた。
「花言葉も…知ってる?」
「孤独」
思わずそう問いかけた私に、彼はすぐさまそう返答した。振り返ったその顔はふ…と哀しそうではあるが穏やかでもある笑みを浮かべていた。何故だろう。眩暈が私を襲いかけた。


「花はひとつしか咲かねぇけど…、俺たちはふたりで居る」



また何気なく発せられたセリフ。



外からは、風ではためく洗濯物の、その布がゆれる柔らかい音がした。