夕日の強いある日の件について
さて。
皆様、やって参りました。
場所は学校、保健室。
私の右足首には湿布と包帯が。
そして私の右手には余った包帯が。
目の前には怪我した手を差し出す、爛々と目を輝かす氷室先輩。
そう、私は今から。
彼の左手を封印……いや、普通に怪我の手当をしようとしている。
ちなみに足の怪我は保健の先生がやってくれたのだが、氷室先輩は私がやると言ったところ了解してくれて、そのまま職員室に行ってしまった。
つまり私と先輩二人っきり。
しかしその空間に甘ったるい空気が流れるはずも無い。何故なら先生がいなくなった途端、氷室先輩はどこから出したのかペンを取り出した。
…それ、油性じゃないですよね。
とツッコむのも面倒になり、とりあえずその様子を見る。
氷室先輩は右手にペンを持ち、左手に何やら魔法陣なのか何なのかを書き出した。
「……それ、何ですか」
「ん?退魔用の魔法陣だよ」
「何でそんなものを参考画像無しに描けるんですか…」
「当たり前でしょ?僕を誰だと思ってるの?」
「…ですよね」
「久田さんの足にも描いておけば良かった」
「止めて下さい」
よし、と氷室先輩が言う。描き終わったらしい。そしてこちらを見つめる。
…一応怪我なので、そこには薬を塗らして貰うか。
そう思って私は塗り薬の蓋を開けた。
「手、出して下さい」
氷室先輩が手を出す。小さい切り傷ではあるが少し血が滲んでいて、そして固まっていた。
そっと手を取る。初めて触る先輩の手は私よりだいぶ大きい。薬を塗ろうとして薬を乗せた私の指先が、少し震えた。
傷に薬をそっと塗り、ちらりと氷室先輩の顔を見た。…近いなと思ったけど、それ以上に、まだ傷口が痛いのか少し苦い顔をしていたのを可愛いなと思ってしまった。
「滲みますか?」
「うん、少しだけ」
「これ結構効くんで明日には治ると思いますよ」
「えー…包帯を付けれる期間が短すぎじゃない?」
「我慢して下さい」
そして私は包帯を手に巻きだした。
みるみる間に魔法陣も隠れ、あっという間に中二病な氷室先輩。完成。
要らない部分をはさみで切れば、氷室先輩は満足そうにその腕を掲げた。
「いいね…!」
何がでしょうか。
まぁでもとても嬉しそうなのでこの際いっかと思い、包帯を箱に戻した。
「ありがとう久田さん」
「どういたしまして」
「またこういうことがあれば、お願いしてもいい?」
「いいですよ」
可愛いなと不覚にも思ってしまい、くすりと笑ってしまった。
さすがに失礼だったかなと思い、ふと先輩に視線をやる。と。
彼は私と目が合うと、そっと優しく微笑んだ。その頬はどこか赤みを帯びているように見えたのは、夕日のせいだろう。
「氷室先輩はこれから部活ですか?」
「…うん」
「じゃあ、頑張って下さい。私は帰宅しますね」
「うん、ありがとう」
ポン。
軽くだった。
だが、私の頭に、彼の手が一瞬だけ乗った。
緩く撫でられて手を離すと氷室先輩は鞄を持ち上げて保健室を出て行った。
…私はしばらく、動けなかった。