仁王の彼女(仮)が来てから早、一ヶ月が経とうとしていた。この一ヶ月の間に彼女からされた事は数え切れないほどある。そりゃあもう最初の墨が可愛く見れるくらいに。学校帰りやバイト帰り、休日の買い物帰りの時は本当にストーカーかと思ったほどだ。それも一ヶ月となると人間慣れてくるもので、今では何かされても「もういいや」で済ませられるようになった。しかしその間仁王を騙し続けることだけは慣れる事はなかった。あのくえない詐欺師は随分と色々な方法で私にはかせようとしてきた。そっちもそっちで鬱陶しいと感じていたのだが、そんなこと本人には言わないし言うつもりもない。いうつもりはないがあの女の人にそれで調子に乗られても困る。

「板挟みってこんなにも不愉快だったんだね」
「いきなり、なにさ」

教室で次の授業の用意も終わり、暇になってこの一ヶ月の事を振り返っていると口に出していたらしい。クラスで唯一いつも一緒にいる歌奈が、意味がわからないといった顔で見下ろしてくる。ちなみにそれは私が机に突っ伏しているからであって決して歌奈の方が身長が高いというわけじゃない。

「ほら、前に喋ったでしょ?あの、部屋の前にいた女の人」
「それだけ聞くと何か心霊的な話に聞こえるね。・・・それで?その人がどうかしたわけ?」
「馬鹿にしないでよー。散々なんだから!本気で意味がわからない!最近は週に何回も来るし・・・本当、暇なわけ?!そんなに嫌がらせできるほど暇なの?!」
「暇なんでしょ。というか、本当なんでそんなことなってるの。性格は男前なところあったりとかするけど女にモテて修羅場になるほどではないでしょ?テニス部じゃないんだから」
「・・・そーだけど」

歌奈には家の事情を言っていない。親友だからってなんでも話さないといけないわけじゃないし、歌奈だってそう思ってる。だから歌奈は今私が何で嫌がらせされてるのかも知らないし、その原因がうちの学校で有名なテニス部の仁王雅治にあることも知らない。
知らないから話せることもあったりするわけで、つまり何が言いたいかっていうとこの距離感が私は好きだってこと。誰か話していると時間が経つのも早く感じられて残り五分あった休憩時間はもう終りを告げた。


そして今日はついに髪を切りに行く日だ。あの女の人がいる時にどこかの店に長居するのが怖くて行けてなかった。いい加減いいかなと思いつつ後ろからつけられていないことを道中何度も確認しながら店に入った。本当、これではストーカーを警戒する女子高校生さながらだ。半分は間違っていないと思うのだけれど。
学校からそれほど離れていないところにある行きつけの美容院。いつものお姉さんを指名して、いつものように髪をどうするか相談して切ってもらった。随分長かったからショートにしてくださいって頼んだ時はびっくりされた。二回ほど本当にいいの?と聞いてきたけど私が頑なに切ってくださいと言うものだから彼女も何かあるのかと思って黙って切り始めた。一時間ほど経てば長かった私の髪は肩にもつかないほど短くなっていた。こんなに短くしたのは人生初かもしれないな、なんて鏡に映った自分を見て思った。
お勘定を済まして、軽くなった髪を揺らしながら軽い足取りで帰路に着く。

まだ仁王が帰ってくるには時間があるので、一度家に寄ってから買い物に出かけようとマンションへの帰り道一人、決めた。しかし私はそれを大きく公開することになる。

結果から言えば買い物には行けなかった。それでも材料はそれなりに残っていたので栄養が偏ったが夕飯は作れたので、然したる被害はない。ではどうして買い物に行けなかったのか、ということになるけれど、それはいつもの如くあの仁王彼女(仮)が家の前にいたからだ。それだけならなんら問題はない。今日は何故か仁王も家の前にいた。

「お前さんの話は聞いたかなか」
「なんで?!前は仲良く暮らせてたじゃない。これからだって・・・」
「やから、それが無理やゆうとる。耳、悪うなったんか」

この光景を見て一言、めんどくさいと、心の中で叫んだ。急いで引き返し、買い物を3時間くらいしてからもう一回帰ってこよう。そう思って、くるりと体を反転させれば後ろから声をかけられた。甲高く、嫌に耳に残るあの声で。振り返らずに駆け出そうとすれば手首を掴まれた。誰かってまさかの、仁王に。

「何、離してよ」
「帰るんじゃろ。ほら、家に入るぜよ」

そう言って私の腕をグイグイ引っ張って女の人も押しどけ、強引に中に入った。ヒステリックに叫びながら仁王の名前を呼ぶ仁王彼女(仮)。当の仁王は顔を歪めていてあからさまに拒絶していた。ここまであの詐欺師が感情を表に出すのは珍しいと思う。
完全にドアが締まるともうあの人の声も聞こえてこない。安心したのか、一息ついてから何食わぬ顔でリビングに向かう仁王。その姿がやけに小さく見えた。

「(何も、知らないなぁ・・・)」

あの人と仁王の関係とか、どうしてそこまで仁王があの人を拒絶するのかとか。仲良く住んでいたけれど互いに互の深いところまでは関わろうとしなかった。それがある一種、二人の線引きだった。仲良くはするし一緒に生活もする。だけの根っこの部分は一人。それで納得していたし十分とさえ思っていた。なのに今になって仁王のそういうことが気になる。自分に嫌がらせもされたし当事者じゃないけれど関わってしまったからなのか。よくわからないけれど、それでも。

「ねぇ、あの人・・・仁王の元カノ・・・とか?」
「は?」

リビングのソファに座っていた仁王におずおずといった様子で聞いてみた。すると仁王は信じられないといった風に驚いた後先ほどと同じように顔を盛大に歪めた。

「あんな女と付き合うくらいなら死んだほうがマシぜよ。・・・あいつは、俺の姉じゃ」
「お、お姉さん・・・?」

まさかの答えだ。あの人の発言からして彼女だと思っていたのに・・・姉?え、姉?
お姉さんって事は、今までの「私の方が断然いいはずなのに」とか「雅治を返してこの、ドロボウ猫!!」っていう発言は少しおかしいんじゃないだろうか。咄嗟に出ただけだったとしても弟に対して使う言葉ではないと思う。

「そっか、お姉さんだったんだ・・・」
「・・・あいつが何を言ってきても無視でええ。俺はあいつと話す気は無いなり」
「・・・・・・そ、わかった」

私がそうであるように仁王も踏み込んでほしくないところはあるはず。この話は仁王自身の問題だから少し関わっていようが、気になろうが私が口をはさんでいいことじゃない。そう結論づけた私は、何事もなかったかの様にいつも通り夕飯の支度を始めた。
それからの私は支度に夢中で背中に刺さる仁王の視線の意味に気がつかないままだった。
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