私の家には同居人がいて、かれこれ1年半一緒に暮らしてる。それが同性ならば何の問題もないが、よりにもよって相手は異性。しかも私が現在通っている立海大附属で1、2を争うモテ男とされる男子テニス部の仁王雅治だ。どうしてそんな奴と同居しているかというと、それは私が立海に転校してきた時まで遡る。

中学3年の五月、私は東京の青学もとい青春学園から立海に転校した。3年が始まってすぐで中途半端な時期だったけど家の事情だから仕方がない。そして私が一人暮らしをすることで清々すると内心喜んでいた時、父親が突然知り合いの子供さんも一緒に暮らしてもいいか?と聞いてきた。父親がそういうのであれば私に拒否権は無いに等しい。この父親が求めている答えはYES orはい だ。私の意見なんて聞いてやしない。手続きやら荷造りをしていたら同居する子と会うタイミングを逃してしまって、ついに会わないまま私は新しい家となるマンションにやってきた。部屋番号を確認し、事前に貰っていた鍵でエントランスを抜けて真っ直ぐ部屋に向かう。礼儀として身だしなみは整えてからチャイムを押した。しばらくして部屋から出てきたのは可愛い女の子・・・ではなく私にそっくりなイケメン男子だった。銀髪に襟足だけ結んだ髪型、どう見ても男版の私だった。色々可笑しいなと思って部屋番号を再度確認するが私の部屋で間違いなかったし、何度瞬きしても彼は変わらずそこにいた。
とりあえず中に入れてもらってイケメンさんと話をすることにした。イケメンさん改め、仁王雅治はやっぱり私の同居人に変わりはなくて、2人でこれからどうするかを話し合った。
異性となんて不満がないかと聞かれればそりゃあ、ある。だけど私と仁王は知っていた。今更何といっても自分達に帰る家は無いのだということを。

それから立海に転校した私は中学卒業まで学校で仁王と関わることはなく、連絡は家でするかメール。私達は徹底してお互いの関係を隠した。転校した時に同じクラスになるなんて少女漫画よろしくな展開あるはずもなく、テニス部のいないクラスに入った私は噂程度にテニス部の事を知っているという普通の立海生になった。義務教育を終えて高校に進学したら私はバイトを始めた。学校が終わってからと休日。基本的に平日は仁王の部活が終わるまでで、仁王が帰宅する前に夕飯の支度を済ませて風呂も用意する。と本当に現役の女子高校生か疑いたくなる生活をしている。

今日も今日とてそれは変わらないと思っていた。バイトからの帰り道私はこれからの手順を頭に思い浮かべて歩いていたら部屋の前に知らない女の人がいることに気がついた。女性の雰囲気があからさまに良いものではない。仁王に連絡しようにもあいつはまだ部活中。部活中に連絡はしたくない。バレる可能性は徹底して潰したほうがいいからだ。

「あの、」
意を決して私は女の人に声をかけた。女性は私を見るなり驚いた顔をしたかと思えばすぐに怒りをあらわにした。豹変、とでも言うべき変化だ。

「そこ、私の部屋なんですけど。何かご用でしょうか?」

私は普通に、あくまで普通に声をかけた。初対面で敵意を向けられようとも普通に聞いただけだ。だけど女性は更に苛立ってこういってきた。

「・・・貴女が雅治と住んでいる子?その髪は雅治の真似、なのかしら?そんなことをしてまで雅治の気を引きたいの。なんて浅ましい考えなの、呆れるわ。雅治もどうしてこんな低俗な子と一緒に住んでいるのかしら。私の方が断然いいはずなのに」

今まで多くの仁王関連の女性に会い、嫌味を言われてはきたがここまで酷いのは初めてだった。今までの彼女達はネチネチと遠回りに言う程度で、学校で誰かの悪口を言う女子と似たりよったりなレベルだったので気にはしなかった。見るからに相手の方が年上だが頭の中身は私の方が上だと内心馬鹿にしていたから。

「たしかに住んでいますが、彼女ではありません」
「当たり前よ。こんな背がでかいだけの女が雅治の彼女なんてありえないわ」

付き合ってられない。こんな馬鹿に付き合うだけ時間の無駄だ。私は女性に背を向けて部屋に入ろうとする。鍵を取り出し鍵穴に差し込んだ時、鼻にツンッとした匂いがついた。頭には冷たい感覚、ぽたぽたと銀に染めた髪から滴り落ちる雫。夏服のブラウスに黒い染みが広がることから墨だとかけられた液体に目星をつける。銀の髪から白いブラウスへと落ちる黒。どんどん広がるそれにこれはもう捨てるしかないと溜め息をついた。

「何、するんですか」
「あなたみたいな女が雅治と住んでいるなんてどうしてよ!!雅治を返してこの、ドロボウ猫!!」

無視だ。こういう類の奴には何かいうだけ無駄だ。相手にすることも疲れて私は部屋に入った。まだ後ろで何か言っていたけれどそれも無視。今は気にしていられない。ぶっちゃけた話ブラウスの方が大切だ。自分のものは自分で稼いだお金でやりくりしている私にとって指定のブラウスを買いなおす出費はかなりの痛手だ。全くどうしてくれるんだと今はもう姿の見えない彼女に怒りを向けた。

「あーぁ、もうこれ着れないじゃん」

私は一人の家で大胆にブラウスを脱いでキャミソール姿になる。まだしばらく仁王は帰ってこない、けれどそれまでにしなければならないことを考えればこの髪のまま廊下を歩き、墨のついた廊下を後で拭くなんて面倒くさい事はやっていられない。
もうダメになったブラウスで髪を軽く拭いて脱衣所に向かう。さっとシャワーを浴びてしまおう。そう思って不意に私は鏡を見た。鏡に映るのは自分の姿、墨によって銀にしていた髪が所々黒くなっている。その姿を見て吐き気がした。黒い髪はあの女の髪の色だ。茶色だった母さんとは対照的に黒髪だった継母(あの女)の。父親は母さんの茶色の髪が好きだって言っていたと母さんが嬉しそうに話してくれた事がある。その話を聞いていただけに、私の前であの女の黒い髪が好きだと言った時は本気で殺気立った。それからだ、父親と母さんの髪の色を半分ずつ受け継いだ茶色っぽい黒髪だったのを反対色の白に近い銀に染めたのは。
それなのに今の私の髪は黒、黒、黒。あの忌々しい二人と同じ色。気が狂いそうになるのを必死に抑えて私は髪染め剤を探した。見つかったのは銀色と茶色。銀は仁王のもので、茶色も私のものだ。どうして銀を買わなかったのかとかつての自分を恨んだ。母さんと同じ茶色に染めることに抵抗を感じないといえば嘘になるが、黒よりはマシだと私は茶色のものを開ける。
数十分の後に私は茶髪に変わった。ロングの髪に茶色の色は母さんと全く一緒で泣きそうになる。明日はバイトのない休日だから髪を切りに行こうと通帳の金額を頭に思い浮かべた。制服からいつも部屋着としてきている服に着替えて、夕飯を作ろうとエプロンを上から付けた。

夕飯の準備も半ばというところで玄関のチャイムが鳴る。時計を見ると7時半を指していていつも仁王が帰ってくる時間だ。ガチャッと鍵の開く音がしてゆっくりとした足音でこちらに向かってくる。廊下とリビングをつなぐドアを開けていつものようにキッチンにいる私に顔を向けた仁王は大きく目を見開いた。

「・・・ただいま」
「おかえりなさい。ごめん、まだご飯できてなくて」
「いや、それはええが・・・どうしたんじゃその髪」

髪、染めるの嫌じゃなかったんか?と随分前に話した事を覚えていた仁王が私の髪に指摘してきた。それに私は苦笑いを返す。まさかあんたの彼女(と思わしき人)に墨をかけられて染めましたなんて言いづらい。曖昧に返事をしてすぐに手元に目線を落とした。あのペテン師と長く会話していて嘘をつけるわけない。絶対バレる。仁王も何を思ったのかは知らないけれどふーんと意味深げに呟いて浴室にいった。あのペテン師は騙しきれなかったらしい。これから面倒なことにならないといいなぁとお味噌汁を作りながら思った。

仁王が風呂から出てきたのは丁度すべての料理がテーブルに揃った時だった。相変わらず図っているんじゃないだろうかと思うくらいぴったりに出てくる。始めの頃は毎回少しずつ時間をずらして丁度じゃなくしてきたけれど、それもお見通しだったのか毎回ずらした時間に出てきた。数日の攻防ののちに私が飽きてしまってその戦いに幕が下ろされたのだ。

「今日は焼き魚なんか」
「うん。安かったから」
「ほーか。・・・それじゃあいただきます」

ご飯を食べる時に話すことといえば今日の学校での出来事とか明日のお弁当の中身のこととか何気ないことばかりで、毎日代わり映えはしない。しかし今日は少し違った。先ほどの話を仁王が蒸し返してきた。

「だから!何もないよ。ただの気分だって」
「んなわけなか。悠の事情は把握しとる。それやのにはいそうですかなんて納得できんぜよ」
「・・・仁王」

仁王の優しさが嬉しいのやら悲しいのやら、よくわからない。じっと見つめたあと私はわざとらしく視線を逸した。そして何事もなかったかのように味噌汁を飲む私に仁王が咎めた。珍しく声を荒げた仁王にビックリして私は再び顔を仁王に向ける。仁王が傷ついたような、悲しいような顔をして私を見るものだから思わず笑ってしまう。

「何であんたがそんな顔するの。本当に何もないって、なにも」
「・・・今はそういうことにしゃちゃる。やけど、それもいつまで持つかはわからんぜよ」
「・・・ありがとう」

この詐欺師は本当にめんどくさい。その上中途半端に優しいから困る。それでも、今の私の家族なのだから無下にしたくないと思う私も相当めんどくさい。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -