彼女の楽しそうな笑みが目の前にあって
赤也の妹に会った日から一週間が過ぎた。あれから彼女には会っていない。そのかわり赤也がよく俺達に彼女の話をするようになった。というよりはいつも話していた日常会話の中に彼女が少し出てくるようになっただけだ。彼女は立海から少し行ったところの公立中学に通っていて部活は美術部ならしい。彼女は絵がとても上手でよくコンクールで賞をとってくるのだとか。それを自分の事のように自慢する赤也をみて仲がいいのだと純粋にそう思った。

それからさらに一週間が過ぎた日曜日。今日は久しぶりに部活が休みだから俺は絵でも描こうと道具をだした。イーゼルも出してあとは絵の具だけとなった時に俺はよく使う色の絵の具が切れかかっていることに気がついた。これから描く絵にどうしても必要な色だから俺は買いに行くことを決め、部屋着から外出する服に着替えを始めた。着替えながらどこに買いに行こうかと考える。いつもは近所にある画材屋に行くのだが、たしか今日は店主が家族旅行に行くとかで休みだったはずだ。となれば次に俺の使う絵の具が置いてありそうなのがこの辺りで一番大きな本屋のあるショッピングモールだ。あそこの画材の品揃えがいいと蓮二が言っていたから、俺の使うものがあるかはわからないが行く価値はあるだろう。
俺は財布と携帯を持って今出かけている母さん達に置き手紙を書いて家を出た。秋とはいえ今日は少し暑い日だなと外に出て思った。

ショッピングモールは家の最寄駅から学校とは逆方向の路線に乗って、一駅電車に乗ったところにある。交通の便を考えてか駅から比較的近いところにつくられている。最近できたばかりのこのショッピングモールには日曜日ということもあって小さな子供を連れた家族連れが多く、一人でいると少し淋しい気もした。それに人の量も多く決して道が狭いわけではないのに通路はあちこちを行ったり来たりする人達で溢れていた。時々すれ違う人が肩にぶつかる。ここに来たことが間違いだったと苛立ちながら歩いていたとき後ろから俺を抜こうとした人のカバンが俺の右腕に当たった。

「!!す、すみません!・・・あ、れ?幸村さん?」
「は?・・・あ、あぁ。切原さん」

当たられた上に自分の名前を呼ばれたことに苛立って相手を見ればそこには彼女がいた。態度が悪かったか、と思い彼女の顔色を伺うと前と変わらず表情のない顔だったからどう思っているかまでは読めなかった。彼女は「茜でいいですよ」と気にした素振りもなく言ってくるので遠慮なく、とこっちが面食らいながら返事をした。
一人できたのか彼女の周りには赤也の姿はなかった。双子だからいつも一緒、というわけではなさそうだ。当たり前と言えばそうなんだけど。

「ふふっ、今日は赤也いないんです。赤也がついてきても楽しくない買い物ですから」
「?楽しくない・・・買い物?何にを買いに来たの?」

赤也が楽しくない買い物とは一体なんだろうか。このショッピングモールには女子の行く雑貨屋の隣に大きなゲームセンターがあったはずだ。彼女が買い物をしている間ゲームをしていると赤也なら言い出しそうだ。それなのについてこないとは彼女の目的は雑貨屋ではないのだろう。店が多く入っているから何に用事があるかなんて彼女と親しくない俺にはわからないし当てる気もない。それでも気にはなるもので、だから俺は茜ちゃんに買いに来たものを訪ねたんだ。

「えっと・・・絵の具です。部活で必要なんですけどこの間の作品で切らしたのを思い出して買いに来たんです。ここの本屋は品揃えがいいですから」

この答えにはさすがの俺でも驚いた。まさか偶々きたショッピングモールで彼女と会い、買い物に行く所、物品まで同じだとは思わなかったから。俺も本屋に絵の具を買いに来たことを話すと茜ちゃんは「幸村さんがよろしければ一緒に行きませんか?」と聞いてきたので前から茜ちゃんと話してみたかった俺は二つ返事で頷いた。

俺達が会ったのは丁度店舗の真ん中の辺りで本屋まではまだ少し距離がある。この人ごみの中彼女と離れないようにしっかり隣をキープして歩いた。たまに茜ちゃんだけが後ろに流されることがあって、その時に必死にこちらに追いつこつとしていた姿が可愛くて胸がきゅっと何かに掴まれたような感覚になった。助け船を出そうと思ったけどそれより早く彼女は流れから抜け出して俺の元に戻ってきた。すみませんと頭を下げる茜ちゃんに大丈夫だよ。と声をかけてまた俺達は歩きだした。

「幸村さんは普段どんな絵を描くんですか?」
「その時の気分で、かな。特にこれといった決まりはないよ。ただ描くのは水彩でだけどね。油絵はあまり好きじゃないんだ」
「あ、それわかります。水彩の方が淡くて綺麗な色がでると思うので油絵はあまり・・・。花を描く事が多いので水彩の方が思った色を出せて好きです」
「花か。花といえば俺、学校と家で花を育ててるんだ」
「赤也に聞いたことがあります。『ぶちょーの育てた花はスッゲー綺麗に咲くんだぜ!!』って前に言ってました」

彼女の,赤也の声真似がすっごく上手で少し驚いた。赤也の声は俺達の中でも高い方の声だと思うけれど女子が出すには少しきつい声だと思う。それでも似ていた声は双子だからでは済まさせれないんじゃないかな。
茜ちゃんとそれから花のことについて話した。どの季節の花が好きだとか、花言葉の意味が綺麗だとか。あまりにも彼女が楽しそうに話を聞いていてくれたことが嬉しくて俺は彼女にこう言ってみた。

「今度、俺の花壇見においでよ」
「え、」

茜ちゃんは表情ではあまり驚いた様子を見せなかったけど、「え」の一言がすごく驚いたことを表しているんだと俺は勝手に解釈する。うーんと小さく唸りながら悩んだ末に彼女は「幸村さんに迷惑でなければ見てみたいです」と遠慮がちな口調で言った。どうして同じ環境で育ったはずの赤也にはこの謙虚さがないんだろう。・・・いや赤也が謙虚になるとそれはそれで違和感があるな。

「俺が誘ったんだから迷惑じゃないよ。そうだね、部活が昼までの休日においで。部活が終わったら案内するよ」
「あ、はい。わかりました。・・・あの、今聞くことじゃないかもしれないんですけど」
「・・・なんだい?」
「幸村さんは、気味が悪いと思わないんですか?ほら・・・私無表情じゃないですか」

どんなすごいことを言い出すかと思ったらそんなことか。もっとプライベートなことを聞かれるのかと一瞬身構えてしまった。俺は人が多くいる場所から少し避けたベンチの近くで立ち止まって茜ちゃんに目線を合わせるように中腰になった。するといきなり縮まった距離にほんの少し、微かに驚いた顔をした茜ちゃん。俺はゆっくり茜ちゃんに話しかけた。

「茜ちゃんは表情がないわけじゃない。今だって驚いた顔をしてるだろ?ただ少し読みにくいだけでちゃんと見れば、驚いたり、悩んだり、嬉しかったりしている君の表情が読み取れるよ。だから俺は気味悪いなんて思ってないから大丈夫。それに、うちの部にはもっと厄介な詐欺師がいるからね。彼に比べれは茜ちゃんの思いは読み取りやすいよ」

フォローとして仁王を引き合いに出すと茜ちゃんは小さく声を出して笑った。今日初めて見た茜ちゃんの笑っている姿に胸がいつもより大きく脈打ったのは今は気がつかないふりをする。
俺達はもう目の前にあった本屋に真っ直ぐ入って文房具売り場に直行する。お互い見る場所は同じだから二人で絵の具があるとこを探した。絵の具売り場はレジの近くにあって俺達はそこでそれぞれが欲しいものを探すことにした。この文房具コーナーは蓮二が良いというだけあって沢山の種類の絵の具が売っていた。けれど俺がいつも使っているメーカーのものはなくて別のメーカーに変えようかとさえ悩んだけれど、違うメーカーの絵の具が混ざることがあまり好きではないから結局何も買わなかった。あの店の店主が旅行から帰ってくる頃に学校帰りにでも行くことにする。早く終わったから他のところにある文具を見て茜ちゃんの買い物が終わるのを待つ。店内をぐるりと回って元の画材のところに戻ると茜ちゃんは絵の具の棚の前にしゃがみこんで、両手に持った絵の具のどちらがいいか真剣な顔で選んでいた。その真剣な表情はどことなく試合中の赤也の顔に似ていてやっぱり双子だな。と改めて思った。

「こっち・・・いや、こっちの色も捨てがたい」

数分くらい悩んだ末に彼女は右手に持っていた絵の具を選んだ。彼女の足元にあった何本もの絵の具が入ったかごと、その絵の具を別々に持って会計に向かっていった。

「すみません、遅くなってしまいました」
「ううん。俺が勝手に待ってただけだから気にしないで」
「幸村さんは何を買ったんですか・・・あれ?買ってないんですか?」

茜ちゃんは俺の手が何もないのを見て首をかしげた。俺が買わなかった理由を話すと茜ちゃんは断りを入れてからさっきの画材コーナーに戻っていきすぐに帰ってきた。今度は俺が首をかしげる番だ。

「もしかして、幸村さんが探しているのってナガイの水彩カラーですか?」
「たしかにそうだけど、売っているところを知っているのかい?」
「いえ、そうじゃないんです。・・・知り合いが前に譲ってくれた新品があるんです。でも私は別のメーカーをずっと使っているので使ってなくて。幸村さん貰っていただけませんか?」

突然の申し出だった。俺としては彼女からもらうのであれば確実に手に入るし、いつ帰ってくるかわからない店主を待つよりも手っ取り早い。しかしいくら使わないといっても貰っていいもなんだろうか。その知り合いの人は茜ちゃんにと思って渡しただろうに。

「あ、別に私用に買っていたものとかじゃないので気にしないでください。新品があるのに気がつかず新しいものを買ってしまったあまりを貰っただけですから」

茜ちゃんは俺の心を読んだかのように話して驚いた。俺は、茜ちゃんがいいのなら、とその申し出を受けることにした。すると茜ちゃんはほっとしたような顔をして「もちろんです」と笑って答えた。


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