mitei 覗き色 | ナノ


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桜の散る公園で、あの人と話したすぐ次の日のこと。

校門を出て少し歩くと若い男性が立っていた。

背が高く金髪で、耳にはピアスらしきものをジャラジャラ付けていて、いかにもチャラそうである。
いかにも派手そうな、あまり見たことがないタイプの人だ。この近くの大学生かな、と思いつつ隣を通り過ぎようとしたその時。また糸がピンッと張ったような感覚がして俺はふとその人の顔を覗き見た。

するとその大学生みたいな人も目を真ん丸くして、パチパチと瞬きをして俺から目を離さない。
近寄ると彼は少し身動ぎしながらも、目は離さずにじっと俺を見ていた。まるで俺が次に何をするのか観察しているみたいだ。
警戒する野良猫みたいなその姿と派手な見た目とのギャップで少し可愛らしく思えてしまって、俺はまた頬が緩みそうになった。

「あぁやっぱり。こんにちはカメレオンさん」

「ウッソまたバレちゃった!ねぇどうして分かったの!?」

「何となく、です」

「うひゃぁ、マジでぇ…?」

「マジです」

さらりと言ってのけると彼はまた目を丸く見開いて、あからさまな溜め息を吐いてみせる。
金色の髪が柔い日差しに透けるけれど、きっとこの髪も地毛じゃないんだろう。あの日より明るめの茶色い瞳の色も、きっと…。

まじまじとその姿を観察していると、金色を揺らして項垂れていたその人が首を傾げて訊いてきた。

「ねぇー、ところでそのカメレオンさんて何?」

「あだ名です。あなたの。お嫌でしたか?」

「別に嫌じゃあないけど、何か変なの」

「あなたに言われたくないですよ。それともお名前、聞いたら教えてくれるんですか」

じいっと見上げて聞いてみる。この人の元々の背が高いのか、それともシークレットブーツとか履いているのか。
分からないけれど、少なくともスニーカーしか履いていない様に見えるこの状態でもやっぱり頭一つ分は余裕で身長差があるように思えた。

俺に訊かれて、カメレオンさんは「うーん」と首を捻って考え込んでいる。
本当は名前を教えてくれるのなら知りたいけれど、この人はきっと簡単には教えてくれないんだろうな。仮に教えてくれたとしても、それが本当の名前かどうか分からないし。

「おれはその…カメレオンさんだよ」

ほうらやっぱり。

「…変な名前」

「それかタカハシさんとでも呼んで」

「それ、本名なんですか」

「さぁどうでしょう?でも『カメレオンさん』よりかは目立たないだろう?」

やっぱり偽名なんじゃないか。まぁ、どちらでもいいけれど。

「まぁどうでもいいですけど。それよりもどうしてまた俺に会いに来てるんですか。お暇なんですか」

俺に会いに来てる。そう自分で言っておいて少し自惚れかな、とも思ったけれど言ってしまった言葉は取り消せない。
それにこう何度も遭遇しているのも、決して偶然とは思えないのも確かなのだ。

「きみは割と辛辣だなぁ。別にお暇なワケではありませんけど、気紛れですぅ」

「…そうですか」

「なに、今の間」

「いいえ別に」

これは推測だけど、この気紛れな人は俺に変装を見破られるか試しに来てるんじゃないかなぁ、なんて。
今のこの格好もきっとこの人の本当の姿では無いんだろうし、何が目的でそんなことをしているのか俺には皆目検討も付かないけどさ。

分かったところで、どうするつもりも無いし。

「きみは動じないなぁ。あの時も思ったけどさ」

「結構動じてますよ。カオに出ないとは、よく言われますけど」

あの時…って多分初対面の時のことだよな。この人が女性の格好をしていて漫画みたいにナンパされてて。あれからまだそれ程日も経っていない筈なのに、もう何年も前のことみたいだ。
あの時も公園で会った時も、今だって俺はこの人に会う度に結構驚いているつもりなのに、やはり表情筋は満足にシゴトしていなかったのだろうか。

というか、今が一番驚いてる。この人がわざわざ時間を作って俺に会いに来たっていう事実に一番。

…やっぱり相当暇なんじゃないのかな。

「何か感想無いの?」

「感想、ですか?えと、うーんと…」

感想って何に対する感想だろう。唐突に尋ねてくるもんだから咄嗟にいい答えが出てこなくて、暫く首を捻って考えてみた。
この人の今の姿に関する感想ってことで合ってるのかな。他に思い付かないや…。それなら。

「そのピアス、ホンモノですか?」

「そこ?きみやっぱズレてんね」

「おかしな奴、ですか。それもよく言われます。…それじゃ」

そう、よく言われる。俺は別に普通にしているつもりなのに、それがどうやら周りとはズレているらしいことをこれまで嫌というほど思い知らされてきた。
別に陰口を叩かれたとか直接罵倒されただとかそんなことは無かったけれど、所謂思春期という多感なお年頃だ。
そういうものの所為にするのは如何なものかとは思わなくもないが、俺だって叶うなら「普通」がいい。

だから例え褒め言葉であっても、「変わってる」だとか「ズレてる」だとか「おかしな奴」だとか、自分が枠からはみ出ていると思い知らされるような言葉が好きになれなかった。
枠に収まっていたい。それで恙無く与えられた時間を過ごして、皆と同じように「当たり前」を過ごしていたい。
そりゃあ人によって「当たり前」はたくさんあるのだろうけど、それでもある一定の共通事項ってあると思う。せめてそれらを俺自身もなぞっていたいんだ。

「普通」を普通にしたい。そう思う時点で、俺はまだきっと「普通」にすらなりきれていないのかも知れないな。

だからなのか分からないけれど、今のこの人の言葉にはちょっとムッとしてしまった。きっと言われたくない言葉だったんだ。この人がどういう意味でその言葉を放ったのか真意は分からない。分からないからこそ俺はそんな風に、嫌な方に受け取ってしまった。あの時とは違う風に。
そんな幼い自分にも放たれた言葉に対しても、何だか居心地が悪くなってしまって、さっさとその場から去ってしまおうと俺は再び歩き出した。

それなのにカメレオンさんは少し焦ったような声音で俺を呼びながら、帰ろうとする俺の隣を一緒に歩き出す。

「ちょっと待った待った!気ぃ悪くした?なら謝るよ、ゴメンね」

「いえ別に…。俺もちょっと言い方悪かったかも知れないです」

「真面目なんだなぁ…」

確かに先程の態度はちょっと子供っぽかったかも知れないが、いまいちこの人が掴めない。カメレオンさんは謎だらけだけど、意外と素直な人なのかも知れないなぁ。
あ、タカハシさんだっけ。というかいつまで人のこと見つめているんだろう。俺もこの人の姿をまじまじと観察していたから他人のことをそう強くは言えないけどさ。

「お気は済みましたか」

「うーん…まぁまぁ?」

「特売の時間なのでそろそろ失礼していいですか」

「はぁい。それはそれは、お邪魔してゴメンネ」

今度こそカメレオンさん…タカハシさん?に別れを告げて、俺はスーパーへと続く道を歩き出した。背後にまだ視線を感じないでもないが、振り返っても意味の無いやり取りが続くだけだろう。
あの人のこと、別に嫌いではないけれど好ましいという訳でも無い。そりゃあそうか、だって情報量が少な過ぎるんだもんな。

「…おかしな人だなぁ」

そうしてやっと声が届かなくなったであろうところで、俺は自分が言われてムッとしてしまう言葉を呟いてしまうのだった。

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