mitei 覗き色 | ナノ


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それから数日後の下校中、前方を歩く生徒の鞄に淡い水色のシュシュが付いているのを見つけてふと思い出す。

ひらひらと淡い水色のワンピースを纏ったあの美しい人。見ず知らずの俺のことまで心配してくれた優しい人。

そう言えばあれから、あの人はどうしているんだろうか。
見たところ足も長くスタイルも良い美人さんだったし、モデルか芸能人か何かだったのかな。
有名な人だったとしたら何故あんな所に居たのだろう。あれから、また変な人に絡まれていたりはしないだろうか。

あの人こそ危ないことをしていなければいいんだけどなぁ。

まぁ、もう会うことも無いんだろうけど。

今日はあの日とは違って、いつもと同じ道を辿って家路を歩く。人気の少ないこの道は学校から離れれば離れるほど閑静な住宅が立ち並ぶようになっていて、たまに聞こえるのは放課後にはしゃぐ子供達の笑い声や自転車の鈴の音くらいだ。

途中で通る小さな公園には大きな桜の木があって、その大木が大きなピンク色を堂々と煌めかせているのを見るのがこの時期の些細な楽しみでもあったりする。
暫く歩くと、今日も視界の端にあの淡い色が見えてくる。遊んでいる子供もまばらで、保護者らしき人達が自転車で子供達を迎えに来ていた。
日も傾いてきたこの時間帯では彼らももうすぐ家に帰る頃なのだろう。

ひらり、と俺の足元に小さなピンクが舞い落ちる。風でここまで流されてきたんだな。

その花びらの故郷を自然に目で辿っているとふと、桜の木の下に一人のおじいさんが座っているのを見つけた。
その人は杖を身体の前に付いて、ぼんやりと遠くを眺めている。

散歩の途中だろうか。よくある光景で、何の不思議も無い筈なのに俺は何故だかその人から目が離せなかった。
ピンと張られた糸が導くように、二人の視線がぶつかる。

ふとこちらに気付いたその老人がにこりと笑って手を振るので、俺も軽い会釈でそれに返した。
知っている人だったかな。ご近所さんだろうか。

いや。

それにしては何だかもっと…違う気がする。

そのまま通り過ぎようとして、やはり足を止めて俺は少し考え込んだ。
そうして公園へと足を踏み入れ、ベンチに座るその人の前に立った。

俺が来たことに驚いたのか老人は少し瞬きしたが、すぐに柔和な顔で微笑んで皺だらけの手で隣に座るよう促してくれる。
俺も、空けてくれた一人分の空間に腰を下ろして隣で一緒に桜を見上げた。

ひらひらと、残り少ない淡いピンクが舞い落ちていく。

一緒に居るのに、どちらも声を発さない。お互いに何も話さないまま、不思議な時間だけが流れていった。
桜が散って地面まで落ちるのに秒速何メートルなんだっけ…。そんなことを思いながらぼうっと僅かに花弁が残る木を見上げていると、隣に座っていたご老人が漸く口を開いた。

「学校帰りかね」

「えぇ、そうです」

「高校生だね」

「えぇ。童顔なので中学生っぽいって言われることが多いんですが…。よくお分かりになりましたね」

「ふふっ、分かるよ」

お年寄りらしくゆっくりとした、しかしはっきりとした口調は穏やかなのに芯の強さを感じさせた。
何だかなぁ。全然違うのに、あの微笑みを思い出す。

何で、と言われると俺も分からない。だけど分かる。分かってしまうから、思わず口に出してしまったんだ。

「俺も…分かりますよ」

「何をかな?」

「あの後足は大丈夫でしたか?」

「あの、後とは?」

全く何のことだか分からない、という風に首を傾げたご老人に俺は少し笑ってしまって、抑えるように口元に手を当てた。ご老人はまだ不思議そうな面持ちで俺の顔を見ている。
本当に、おかしなことだな。あの時の事を思い出してまた、ふっと息を漏らして笑ってしまう。

「豪快に回し蹴りしてたでしょう。怪我してないかなって、ちょっと心配してたんです」

俺の話を聞いていたご老人は目を見開いて暫く固まっていたけれど、やがてふっと息を漏らしてまた微笑んだ。

「………きみは」

「何でしょう?」

「ふふっ、いいや。気味が悪いね」

「そうでしょうか」

そんなこと初めて…。いいや、何回も言われたことあるっけ。

だけど何故だか、この人の言葉に棘は感じられなくて俺はまた自然と頬を緩ませてしまうのだった。

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