mitei 覗き色 | ナノ


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漫画のような光景だった。
下校中、気紛れでいつもとは違う道を通ってみようと思ったらこれだ。

目の前には数人のチャラついた人達と、その中心に取り囲まれるようにして立っている髪の長い人。
ヒールを履いているのか、遠目からでも分かるくらい結構背が高いらしい。淡い水色のワンピースをひらひらさせて男達から距離を取ろうとしているその人は…女性の様だった。

俺の居る位置からは声は聞こえても話している内容まではよく聞こえない。
だけど真ん中のその人が怪訝な顔で眉を顰めていることからも、ナンパだろうかと想像はついた。そして多分、それを断ろうとしているんだろうな。

時刻は夕刻、ここは駅に近く人通りも割と多いところだというのに誰かが助けに入りそうな気配は無い。
彼らの周囲にいる人達はただ心配そうな顔で遠巻きに眺めていたり、気付かない振りをしてそそくさと通り過ぎたり、或いは本当に気付きもしないで歩き去って行く人達ばかりだった。

ふうっと短く息を吐いて足を踏み出す。俺は争い事は嫌いだし、何か武道を嗜んでいるとかケンカが強いとか、特別勇気がある訳でも無い。
それでもこの時この瞬間、この一歩を踏み出してしまったことは俺の人生に於いて後に大きな変化をもたらす事になるだなんて…未来予知の超能力者でもない限り知る訳がなかった。

「ちょっと一緒に遊ぼうよって言ってるだけじゃん?」

「お断りします」

「強情な奴だな」

近付けば近付く程、会話の内容が鮮明に聞き取れる。

取り囲んでいた男の一人がワンピースのその人に手を伸ばした。恐らく手首を掴んで無理矢理にでも連れて行こうとしていたのであろうその手を、間に割って入っていた俺が掴んで制止する。

気配が無いとか影が薄いってのはよく言われるが…そこまで驚かれることだろうか。そんなに気配無かった?足音だってしてた筈だろう?

まさか突然邪魔されるとは思っていなかったらしい男もその仲間も、何ならワンピースの人も一様に目を真ん丸く見開いて俺を凝視した。
透明になっていた訳でもあるまいし、登場しただけでそこまで驚かれるなんて流石に心外である。

「何?勇敢なヒーローが彼女のピンチに颯爽と駆け付けたってワケか?」

「はっ、そんじゃオレら悪者?ってかこんなひょろっちいのに何が出来んのかなぁ?」

ぎろりと鋭く意地悪い視線が突き刺さる。その痛いくらいの眼差しに、敵意を向けられるのに慣れていない俺は少し身動ぎしてしまう。

うん、まぁこの人達の言うこともごもっともなんだけど…。身体が勝手に動いちゃったし、とりあえず何か言わなきゃかなぁ。

「あの、見てたんですけど、この人嫌がってると…思います」

「出たよお決まりの台詞!彼女を離せぇ!!ぶはっ、あはは!マジでいんだこんなことする奴!!」

俺も同じような理由で驚いています。マジでいるんだな、今時こんな漫画みたいなナンパする奴ら…。

しかし胸倉をぐいと掴まれると、急に現実味が増してくる。突然襟が引っ張られた所為で驚いたし、首が絞まったらしく一瞬自身の喉から「うっ」と小さく声が漏れた。
俺のその格好に自分達が優位だと気を大きくしたのだろうか。胸倉を掴んだ奴が思いっ切り腕を振り上げて、これでもかと意地悪く口角を上げる。

殴られるんだなとその数瞬で理解した。が、先程も述べた通り俺に武道の経験なんて無いし人を殴ったり殴られたりなんて経験もある筈が無い。
平和主義者なのだと言えば聞こえは良いかも知れないがまぁとどのつまり、ただの一般人なのだ。これから殴られるのだと頭では解っていても身体が思うように動かないというのが現実だった。

とりあえずは目を瞑ろう。舌も噛まないように歯を食いしばっておこう。
でもこんな最低な奴らにはやっぱりナンパする資格も無いから、例え反撃出来なくても大声を出して助けを呼ぶなり何なりしてこのワンピースの人だけは逃がして…。
色んなことを一気に考えながら衝撃に備える。

ふわりと辺りの風の流れが変わったのを肌で感じて俺はいよいよかと覚悟を決めた。

と、次の瞬間。俺の顔面に降りかかったのはナンパ野郎の拳でも蹴りでもなく、少し甘い花のような香りだった。

何が起こったのか恐らく本人以外誰も分からなかった。が、恐る恐る開いた瞼の隙間から確かに見えたのは、綺麗な弧を描くヒールを履いた足と、それに合わせひらひらと揺れる淡い水色。

俺が今にも殴られるというその瞬間、その人は軽そうなワンピースをふわりと靡かせ、長いおみ足でナンパ野郎の顔面に華麗な回し蹴りを披露したのだった。

スローモーションって映像の世界だけの演出だと思ってた。けど実際にこういう場面に出くわすと、意外とあの演出は実体験に基づいたものだったんじゃないかって思えてくる。
華麗な回し蹴りを見事に諸で受けたナンパ野郎はバタンッと豪快な音を立てて地面に倒れ込み、痛そうに呻き声を上げていた。鼻の骨、大丈夫かなと少し心配になってしまうな…。
そうしてそれを見ていた仲間達も一様に青褪めた顔になっている。それから彼らはただ、地面に倒れた男とスカートの埃をパンパンと払うその人とを見比べて、口をパクパクさせていた。

驚いたやら拍子抜けしたやらで地面に座り込んでいた俺も数秒置いて事態を把握し、ハッと我に返った。
回し蹴りをしたその人は涼しい顔をしてショルダーバッグを掛け直すと、俺の方を向いて柔らかい微笑みをくれる。

まるでもう大丈夫だよって言われている気分だった。
助けに入ったつもりが逆に助けられてしまうなんて、何ともおかしな話だが…とにかくこの人が無事で良かったと思う。地面に倒れているナンパ野郎が無事かはちょっと分かりかねるが。

仲間達はとうに逃げてしまったみたいだし、この人も一応助け起こした方が良いのだろうかと地面を見下ろしながら悩んでいると、先程の花のような香りがまた鼻腔を擽った。
顔を上げるとやはりとても綺麗な人が立っていて、そうっと俺の手を取って立ち上がらせてくれた。それから律儀にもお礼を言われる。

鈴の音のような可愛らしい声だった。

「ありがとうございました」

「いやあの…俺何にもしてませんよね?寧ろ俺要らなかったというか…。お邪魔しちゃってすみませんでした」

本当に俺は要らなかったのではと思う。あのまま放っておいても多分、いや絶対この人一人で何とかしてしまっていただろうし。寧ろ俺が来たことによって事を大袈裟にしてしまったのではないか…?

しかし俺の手を取ったその人はふるふると首を振って、真っ直ぐに俺を見据えた。その人が顔を動かす度に長い絹のような髪が簡単に揺れてさらりと肩から流れ落ちる。

そして薄い桜色のリップが塗られた唇を開いて、その人は言った。

「お邪魔だなんてとんでもないです!見て見ぬ振りする人達ばかりだったのに貴方だけは私に気付いてくれましたし…。手を、貸してくれました。それがどれだけ心強かったことか…」

「そんな大袈裟な…」

「大袈裟なんかじゃないわ」

じいっと茶色い瞳を覗いていると、その言葉には嘘は無いように思えて。握られたままだった手を少しだけきゅっと握り返すと、その人は驚いたように大きな目をぱちくりさせた。
やっぱり背が高いらしい。ヒールの分もあるのかも知れないけれど、こうして近くで並んで立ってみると俺よりも頭一つ分は抜けている。

見上げると、少し明るめの榛色の瞳。その瞳を見ていると何だかおかしな気分になった。
ふわりと花が咲くように柔らかく微笑む美しい人。俺よりも背が高く、大人びて見える筈のその人がやけに幼く思えてしまうなんて。歳は若くて十代の後半か二十代前半くらいに見えるのに、俺よりも年上に見えるのに。どうしてだろう。

なんて、あまり見つめていても失礼だろうか。

「じゃあ俺、帰りますんで」

「あの」

「はい?」

「もうあまり無茶なコトは…しないでね」

手を離すと先程まで握っていた箇所の熱が空気に触れてやけに冷たく感じる。
去り際にぽそりと発せられた一言は俺のことを案じて言ってくれたのだろう。まぁ結局何にもしてないことは変わらないんだけど。

「まぁ…善処します」

俺はただ緩く苦笑いを浮かべて、まだ微笑みかけてくれていたその人にひらひらと手を振った。

近くにあった時計塔をちらりと見遣る。うん、タイムセールにはまだ何とか間に合うだろう。

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