mitei 残夜 | ナノ


▼ 5

珍しいな。

折角決意して来たというのに、その日は校門に彼の姿は見つけられなかった。
付き合い始めてからは初めてのことで、誰も待っていない場所をじいっと見つめながら僕は大きな溜め息を吐いた。

僕が別れを告げる前にそうくんの方から愛想を尽かしてしまったのかもしれない。

それならせめて自分の口からきちんと思っていることを言っておくんだったな。
…彼の気持ちを、聞いておくんだったなぁ。

とぼとぼと帰り道を歩くが今日は隣にあの姿が無い。たった一ヶ月程の付き合いだったのに何故これ程にも寂しく思えるのか、とにかくその空白が心許なくて僕は無意識に回り道をした。

いつも二人で歩いた人気の無い道から反れて、人気の多い駅前の通りを歩く。

でもこの選択も失敗だったかも知れない。もう少し行けば彼と初めて出逢った場所、僕が不良に絡まれていたあの路地裏があるんだから。

僕は無意識に彼との軌跡を辿ってきてしまっていたのかもなぁ。まだフラれたって決まった訳じゃないのにこんな風に考えるのは卑屈だが、未練たらしいったらないや。

何度目かの溜め息を吐く前に、ふと耳に届いた叫び声に顔を上げた。何だ、ケンカか?
そんな頻繁に揉め事が起こるなんて、ここら辺ってそんなに治安悪かっただろうか。

不審に思い辺りを見回すも、仕事帰りの人や親子連れや学生達が普通に行き交っているだけで。

何だ気のせいか…。
少し安堵して歩を進めると、今度こそ間違いなく誰かと誰かが揉めているような声が聞こえてきた。あの路地裏だ。

僕と彼が初めて出逢った、あの場所からだ。

人通りの多い道から少し外れて路地裏を覗くと、そこにはいつも校門で見かけるあの焦がれた姿があった。

驚きと困惑で、口が勝手に開く。

「え…。そ…うくん?なに、してるの?」

「あぁ朔。ごめんね、迎えに行くのが遅くなっちゃって。コレ片付けたらすぐに行こうと思ってたんだけどさ」

「いや、それって…」

ドサッと地面に鈍い音が響く。そうくんが片手で持ち上げていた人を無造作に投げ捨てたのだ。

路地裏にも届く陽光で真っ赤な輝きを放つ彼の足元には、呻き声を上げながら数人の男達が転がっていた。

異様な光景だ。直感的にそう思った。

壁に地面に倒れ込む彼らは一斉にそうくんに襲い掛かったのだろう。そして返り討ちに遭ったのだろうか。
へし折られてはいたが武器みたいなものも見えた。不良同士のケンカにしてはやけに計画的で一方的過ぎるし、相手の中には私服の人もいて…年上かも知れない。
そこまでして彼が狙われる理由が分からない。

それだけでも十分不可思議なのに、僕が拾った違和感の正体はそこには無かった。

その光景を一層異様に見せているのは他でもない、相も変わらない僕の彼氏の表情だ。

まるで何事も無かったかのよう。
白い頬にまた髪色に似た赤を付けて、片手でそれを拭いながら汚いものを見る目で地面へと視線を落とす彼。

こんなに大勢を相手にしてもケロッと一蹴してしまうくらいには強いのか、それ程ケンカ慣れしているらしい彼。

パンパンッと掃除当番を終えた後のように服の埃を払うその姿をぼんやり見つめながら、やっぱりそうくんは不良さんだったのかと実感してしまう。

すると彼を見つめたまま動けない僕の方へ、いつもの表情を携えたそうくんが歩み寄る。地面に突っ伏した男が一度彼の足首を掴んだが、そうくんはそれを見もせずに蹴り飛ばしてしまった。

凡そ人体から発してはいけないような鈍い音が聞こえて、蹴られた訳でもない僕の方がびくりと震えてしまう。
するとそうくんは「ごめんね」と少しだけ申し訳なさそうな顔をして早く路地裏から出るよう僕を促した。

そのまま二人して振り返ることもせず、僕らは人通りの多い道を歩き出す。

さっきの蹴飛ばされた人、何処かで見たことがあったかな…。

「朔」

「あ、はいっ!」

不良の知り合いなんて隣を歩く彼以外に居ただろうかと記憶の糸を探っていると不意にその彼に名を呼ばれ、またみっともなく肩がビクッと跳ねてしまった。
敬語になってしまったことも含めてちょっと恥ずかしい。

「今日、迎えに行けなくて悪かった」

「いや、いつも来てもらってるし大丈夫だよ。それより怪我とかは…?」

「してないよ。ありがとう」

ちらりと視線を落とす。返り血が…袖の辺りに少しだけ。
僕の視線に気付いたそうくんは反射的に腕を僕から見えないところへ隠すと、すたすたと歩いて行った。

「あのそうくん、さっきのは…」

「ちょっとね。朔には関係無いことだよ」

僕には関係無いこと。

その言葉がずくりと胸に突き刺さって、先程見た光景よりもずっと衝撃を持って目頭が熱くなるのを感じる。

泣きそうになるのをぐっと堪え、「そっか」とだけ短く返すのが精一杯だった。
そのたった一言が僅かに震えていたことを悟られていないか不安に思いながら、その考えすら不要かと心の中で自嘲する。

隣を歩く赤い視線が僅かに揺れていることにも気付かずに。

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