mitei 残夜 | ナノ


▼ 2

「でね、明日の宿題が多く出されて」

「うん」

「あ、でもすごく教え方の上手い友達が居るんだ!あいつに教えてもらえばすぐかも」

「………」

「そうくん?」

「家、着いたろ。じゃあ」

「あ、うん。また、ね」

また、不機嫌にさせてしまったかな。やっぱり僕との会話なんて楽しくなかったのかも。
振り向きもしないで去ってゆく背中を眺めながら僕は未練たらしく手を振った。馬鹿だな、後ろからじゃ見える筈も無いのになぁ。

僕より少し高い背も、程よく筋肉のついた背中も、派手なあの真紅の髪も全部好きだ。
素っ気無い返事も温度を宿さない瞳も、たまに遠くを見るような寂しそうな眼差しも…彼を構築するもの全部。

だけど知ってる。

僕の彼氏はきっと僕のことが好きじゃない。

やっぱり僕が、優しい彼を縛り付けてしまっているんだろうか…。



僕らの始まりは唐突だった。

ある日学校からの帰り道に、他校の不良グループに絡まれそうになっていたところを偶然そうくんに助けられたのだ。
僕と同い年なのに次々と自分よりも体格の良い不良達を薙ぎ倒していく姿は少し冷徹で怖くも見えたけれどそれ以上に、すごく格好良かった。

多分一目惚れ、だったんだと思う。

僕が絡まれて胸倉を掴まれて、そこに偶々そうくんが通りがかって。それらはあっという間の出来事だった。
なのにどうしてだろう。闘っている時のそうくんの姿だけがやけに脳裏に焼き付いて、スローモーションみたいに今でも思い出せる。

白く艶やかな頬に飛び付いた赤は彼の髪のように鮮やかで、恐ろしい光景の筈なのに一枚の絵画みたいに思えて暫く言葉が出なかったのを覚えている。
ただ…。僕は胸倉を掴まれただけで一発も殴られていないのに、相手に対して些かやり過ぎではないのかな…とは思ったが。

一通り片付けてから、不意に彼が僕へと視線を向けた。
ポカンと眼前の光景に呆けていた僕をちらりと見るなり彼は、何も言わずにその場から立ち去ろうとした。

何か言わなきゃ。そうだお礼、お礼を言わなきゃ。「ありがとう」って、たった一言だけでも。名前が知りたい。どこの学校なのかとか、どうしたらまた会えるの、とか。
焦った僕はとにかくその背に追い付いて、彼のシャツの端っこをきゅっと掴んで引き止めた。

「あの、ま、待って!」

「………」

振り向いた眼差しは鋭くて、一瞬身体が強張ったけれどそれでも手を離すことは出来なかった。

待って、置いてかないで。
もっともっと貴方を知りたい。

僕のことも、知って欲しい。

そんな湧き出る私利私欲は置いておいて、せめてお礼を言わなければいけなかったのに。

それなのに僕の口から飛び出た言葉は自分でも予想外のモノだった。

「僕と!付き合ってください!!」

「………は?」

目を真ん丸く見開いたのは彼だけじゃない。自分でも予想だにしなかった告白に、その言葉を放った僕自身でさえ驚いてしまった。彼のシャツから手を離し、慌てて自分の口を塞ぐがもう遅い。
空気を震わせたその言葉は直ぐに彼の耳まで届いてしまって、僕ら二人は暫くその場から動けなかった。

遠くには、ざわざわと通りを行き交う人々。
その中で「こっちです!」と誰かが叫び、数人が駆けてくる足音が聞こえてくる。
きっと学生同士のケンカを見かねた誰かが警察に通報でもしたのだろう。早くここから去らなければ。じゃなきゃ僕ら以外全員地面に突っ伏しているこの状況じゃあきっとこっちの方が悪役にされてしまう。

違うのに、彼はただ僕を助けてくれただけなのに。

彼が責められてしまうのだけは避けたい。
だから早く、ここから逃げなくちゃならないのに。

それでも身体は言うことを聞かなくて、ゆっくりと瞬きをする美しい瞳から目が離せずにいた。髪と同じ、真紅の瞳。
優雅に開いた双眸ともう一度目が合った瞬間、どくんと鼓動が一際大きく跳ね上がる。まるで何かを告げるように。
切れていた何かを…繋ぐみたいに。

ただ陽光に煌めいたその瞳が美しかったから、だけじゃない。
催眠術にでもかかってしまったかのように、目が…離せなかった。

しかし無意識に身動ぎしたのだろう。どちらかの足が砂利を踏む音で、何かがパチンと弾けたみたいに僕はハッと我に返った。

あぁそうだ、違う。こんなことしてる場合じゃないんだ。

「ごめっ、今のはその、違くて!それより早く、」

「いいよ」

「だだだよね!いきなりこんなこと!………え?」

「人、来るから。またな」

「え、うん。また。…え?………うぇえええっ?!」

こうして僕とそうくんとのお付き合いが始まったのである。
その日の会話はそれだけで、連絡先も交換していなかったのに。翌日、何故か彼が校門で待っていた。

きっと僕の制服でどこの学校か分かったんだろうな。それにしても昨日の今日で迎えに来てくれるなんて何て優しいんだろう。そうだ、昨日のお礼言わなきゃ!それから聞きたいこと、知りたいこともたくさんある。

校門に赤いあの姿を見つけて浮き足立つ僕だったが、彼に一歩一歩近付く度冷静になってある一つの可能性が浮かんだ。

もしかして、昨日のことを無かったことにされるのでは?
大体昨日のアレは僕が勢い余って告白しちゃっただけだし、彼の方も流れで「いいよ」って言っちゃったのかも知れない。

だってあの時人が来そうで焦ってたし。すごく驚いた顔、してたし。いやそれは僕もだけど。
というかよくよく考えてみれば、あんな状況で告白ってどうなんだ。地面に倒れていた不良達も「何だこいつら」って思ったに違いない。

「…あ」

もうすぐで校門の彼に辿り着くというところで僕は歩を止めた。
そうして思い浮かぶ、また別の可能性。

彼は立っているだけであんなにもたくさんの可愛い子達に囲まれてるし、どうやらすごくモテるようだ。
そもそも校門で待っているのは僕じゃないかも知れない。
この学校に恋人でも居るのかも。もう既に付き合っている人が居るのかも。寧ろ何で僕だと思ったのか。
誰も彼が僕を待っているだなんて言ってないじゃないか。

自惚れ、かも。

でも一言だけでも昨日のお礼を言わなければ。言いたい。

ぐっと足に力を込めて、もう一度歩き出した僕は真っ直ぐに赤い彼の方へと向かった。すると僕の姿に気付いたらしい彼もパッと顔を上げて、無表情のまま人混みを掻き分けてやって来るではないか。
僕を見つけてくれた、僕の方に来てくれた嬉しさにまた胸が弾むけれど、この後にどんな言葉が紡がれるのかと思うと少し怖くもあった。

「ごめん」、かな。「やっぱり付き合えない」とか?それとも怒られるのかな。どちらにせよ言わなくちゃ。
何か言われる前に、落胆でこの言葉が紡げなくなる前にせめて一言。「ありがとう」って。

「あのっ!昨日は、」

「帰るんだろ。行くぞ、朔」

「………え?あ、うん」

あれ…。何も言われない。というか、一緒に帰ってくれるの?その為に待っててくれてたの?他の誰でもなく僕を待っててくれたの?「昨日のことは無しで」とか言わないの?

表情一つ変えないままに歩いていってしまう背中を、彼よりも少し短い足で懸命に追い掛けた。
追い付いて隣に並んで、無言の彼氏を見上げる。やっぱり表情は変わらないまま。
目立つ色の髪は容易く風に靡くのに、彼自身は眉一つ動かさない。
その代わり、前を向いたまま薄い唇がゆっくりと開かれた。

「これから、あそこで待ってるから」

「う、ん。あの…」

「蒼」

「そう…くん?」

「うん」

「あの。昨日は助けてくれて、ありがとう」

「…別に」

とりあえず…やっとお礼は言えた。

その後は何の会話も無く、ただただ並んで家路に着いた。
僕の家の前で別れてから部屋に戻る。ボフンッとベッドにダイブして漸く、意識がはっきりしてきた。

本当に彼と一緒に帰ってきたの?僕ら、本当に恋人になったの?
全てが嘘だったのではないかと思える程現実味が無い中でもやけにはっきりと思い出せるのは、彼の低い声。

穏やかで落ち着きのある、眠気を誘うような心地好い音だった。

…蒼くん。そうくんって言うのか。

僕の名前も教え………あれ?知ってた、のかな。

それにしてもいつ教えたっけ。
もしかしたら、校門前に居た子達の誰かから聞いたのかも知れないな。

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