俺のご主人様は、結構困った人だ。
まぁ本当は恋人って言いたいんだけどそう言ったら怒られちゃうから便宜上「ご主人様」ってことで。この響きも悪くないし。
じゃなくて。
「もしもーし?サワくんやーい」
目の前でひらひらと手を振ってみるも、反応無し。そりゃそうだ、彼の瞳は今閉じられているんだから。
薬草摘みの最中、少し拓けた森の木陰まで来ると彼は背中に背負っていた荷物を脇に置き、「ちょっと休憩」と言ってそのまま木に凭れて寝こけてしまった。
そこまでならまぁ、たまにある光景で驚きはしないんだけど…問題はこの警戒心の無さだ。
時刻は昼過ぎ、天気は快晴。
暑くもなく寒くもない丁度良い気候に、そよそよと草を揺らす爽やかな風。加えて薬草摘みで疲労した身体。
ニンゲンじゃない俺でも昼寝したくなる気持ちは分かるけど、今ここで寝る?
人が通ることは殆ど無いし、仮に魔物の類いが来ても俺が追っ払ってやるから危険は無いといえば無いんだけどさぁ…。
それでもそんな安心しきった様な寝顔を外で晒すなんてこの子ったらもう…。
無防備過ぎる。服が捲れてちらっと素肌が見えてるし、誘ってるのかな。
その気が無くてもそう受け取っちゃうよ?
俺に襲われても知らないよ?…全く。
彼ってば俺と出逢う前からこうだったの?
それとも自惚れた考えをするなら俺が居るから安心してくれてるの?
自分で言うのも何だけどぶっちゃけ一番危険なのは山賊でもその辺の魔物でもなくこの俺だよ。忘れられてるかもしんないけど俺、一応最高位悪魔だよ?
すやすや気持ち良さそうに寝息を立ててる彼の考えが分からない…。俺が危険な存在だって知ってからも変わらない雑な態度で接してくれるし、事あるごとに追い出すなどと口では言いながらそんな素振りは全く無い。
優しいのは分かりきってる。
だから俺みたいなのに付け入られるんだ。
俺も木陰に腰掛けたまま、隣に横向けになって眠るご主人様もとい恋人の頬に手を伸ばした。
お互いに好き合って一緒に居る関係のこと、人間の世界ではコイビトって言うんだよね?
でも恋人って言うといつも全否定されるから俺達の関係を何て言えばいいのかは正直知らないし分からない。
それに呼び方なんてぶっちゃけどうでもいい。
恋人だろうが俺を召喚したご主人様だろうが家族だろうが、俺が彼を手放すなんてことは有りはしないのだから。
相も変わらず気持ち良さそうに眠る彼の頬を指先で撫で、目元を縁取る睫毛に軽く触れた。起きはしなかったが、擽ったそうに少しだけ眉が動く。
それから、風が勝手に撫でていた黒髪を俺も撫でてみた。指の間にさらりと毛先を通して、ゆるゆるとその感触を楽しむ。
自然と、自分の頬が緩んでいるのが分かった。
結構永い時間生きてきた気がするけれど、こんなゆったりした気持ちは彼と出逢うまで味わったことがない。
庇護欲も寂しさも執着も抑えきれなくなりそうな情欲でさえ。感情というモノとは無縁に過ごしてきたから、毎日驚かされることばっかりだ。
「んん…」
「おっと」
髪を撫でていると、やはり擽ったかったのか彼が仰向けに寝返りを打った。
木の葉が一枚、ひらひらと舞い降りて彼の胸の辺りに落ち着く。
俺はその木の葉にさえ嫉妬して、ふっと息を吹いて葉っぱを遠くまで飛ばしてやった。
この子に触れていいのは俺だけだよ。
ふうっと溜め息を吐いて寝顔を見つめるも、相変わらず安心しきった寝顔。ただでさえあどけない彼の顔がいつも以上に幼く見えた。
ちゅっと頬に口付けを落とす。
一瞬本当に、このまま好き勝手に貪ってやろうかという何とも悪魔らしい考えが浮かんだが、そんなアイデアはすぐに消えた。
俺に笑ってくれなくなるなんてイヤだ。
絶対イヤ。考えられない。
「あーあ。ホント、悪魔よりも質が悪いよなぁ」
そう悪態をついてから、俺はぽふんと猫の姿になった。それからさっきまで木の葉が留まっていた場所に乗っかってやる。
ふふん、ここは俺の場所だもんね。
彼が少し苦しそうに「うーん…重い…」と呻く声が聞こえたので、ちょっと魔法で自身の体重を軽くしておいた。一時的にだけどね。
長く伸びたヒゲに、そよ風が触れる。
俺の頭上には相変わらずすやすやと気持ち良さそうに眠る呑気なご主人様の吐息。
それから、彼の呼吸に合わせてゆっくりと上下する胸。その上で俺もゆっくり目を閉じた。
我慢させられた分、後でいっぱいお返しを貰おうなんて欲まみれなコトを考えながら。
「んー…」
「みゃ?」
油断していると嬉しそうな声色の寝言が猫の耳を震わせる。
そう、俺の予想をいつも遥かに越えてくるのがこのサワくんなんだ。
「ふっへへ、フジ…クラ、も、分かったからぁ…」
「………」
え、待って待って俺の夢見てるの?
どんな?いやちょっとマジで?
愛しすぎない?
「擽ったいってぇ…。ふふっ。…すき」
………え?何て?
起きている時でさえ言われた覚えの無い言葉に暫くフリーズするも、物事はそう上手くはいかないものみたいで。
知りたくなかった余談ではあるが、どうやら彼は俺の作るご飯を食べる夢を見ていたのだとか。つまりは俺が作った「ご飯が」すきだって、言ったんだって。
あああぁぁ…もう。
ムカついたから薬草摘みを手伝ったご褒美と称していつも以上にしつこく迫ってやった。
キスの合間、顔を赤らめながらそれでも本心を言わない彼とはもう少し長期戦になりそうだなと覚悟する。ねぇ、本気で自覚してないの?
それも可愛いんだけど。可愛いんだけどさ!
本当に俺のコイビトは、困った人だなぁ。
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