mitei 藤倉くん短編集 | ナノ


▼ ある夜が明けるまでの話

『お前はもっと責任感を持て。これだからいつまでも…』
『ごめんね、今日も遅くなるから…』

たくさんのお金もオモチャも無駄に広い部屋も要らなかった。
俺はただ側に居て欲しい時に、隣に居て欲しかったよ。

『あの子カッコいいねぇ』
『ふじくらくん、あのね、良かったらわたしと…』

違う見た目でも同じこと言った?
俺の顔以外に好きなとこ言える?

『ひどいよぉ…。勇気出したのに』
『やっぱ顔だけなんだよ、冷たいんだから』

ちゃんとごめんって謝ったのに、泣いた方が善人になるの?はっ、笑える。

『あの子あれでしょ?藤倉さん家の…』
『確かに見た目はいいけど中身はどうなのかしらね』
『ケンカばっかりで全然笑わないって噂よ』
『家にも中々帰らないとか』

あぁ、雑音が多いな。
暗い部屋に、冷めた飯。誰も居ない無駄に広い部屋に、俺の顔の作りしか見ない連中。
そんな世界だ。そんなもの。
誰も俺なんて見ちゃいない。透明人間みたいなもの。誰も「おれ」なんて見えちゃいないんだから。

居ても居なくても変わらない、俺は透明人間なんだから。

『…ら、藤倉』
『お前は何でそんなに自分を責めるの』

きらりと光った、何か。
真っ直ぐ俺を見て笑う目。俺に向けて放つ声、馬鹿みたいに嘘偽りの無い言葉。

無性に欲しいと思ってしまったそれに俺は…手を、伸ばしてもいいのかな。

伸ばしたらきみは、受け止めてくれるの。



「…ん」

目を覚ましたのはまだ夜も明けきる前のこと。何だ、何か夢を見ていた気がする…。

重い上体をゆっくり上げると、隣でもぞもぞと動く気配がした。それからそっと左手に俺のじゃない温度が重なる。

「…ど、した」

「あぁごめん。起こしちゃった?」

まだ眠っているのだろうか。
殆ど目を閉じたままの彼は何か言おうと口を開いた。

「ん…ねむれ、ない?」

「ちょっとね。起きちゃっただけ」

「…やな、夢みた?」

半分眠りながら、彼が聞いてくる。
嫌な夢…嫌な夢かぁ。どうだったろうな。
最後の方はそんなことはなかった気もするけれど。

「…なぁ、」

「ん?」

左手が拘束されているから、その艶やかな黒髪を撫でられないのがもどかしい。いつもみたいに指先で軽く梳いて弄って、思い切り匂いを嗅ぎたいのに。

ぼうっと言葉の先を待って薄く開かれたままの唇を眺めていると、この世でたったひとつしかない優しい音が俺の身体を震わせた。

「おれ、は…ここにいる、から…」

「………」

「ここに…いるからな」

その言葉がまるで魔法みたいに身体中に広がってやがてとくんと、心臓が軽くなった。楽に息が出来る。

そこでやっと、今まで俺の呼吸が荒くなっていたことに気が付いた。

言葉の後一瞬だけ強められた手にじわりと滲む汗。左手に重ねられたままの魔法の手。いつだって俺を深海から引っ張りあげる温かい手。
またすやすや寝息を立てて眠り込んだ彼のその手をそっと握り返して、寝顔を見つめる。

「何できみってやつはいつもいつも…。そうやって俺を救い上げちゃうんだよ…」

ポタリと一粒溢れ落ちて、真っ白なシーツに染みを作った。

いつだってそうだ。
出逢ったときからそうだった。

きみの瞳には、俺が映ってる。
凛と眩しいその真っ直ぐな眼差しにはいつだって俺が映っていた。見て欲しい時もあるけど、みっともないから見て欲しくない時だって、いつでも。
望んでいてもいなくても、きみだけはただ真っ直ぐに俺を見つめてくれていた。

『…り、一織』

『遅くなるけど、ちゃんとご飯食べてね』
『一人にしてごめんね』
『身体、冷やさないようにしてね』

あぁ、違った。
見えてないのは俺の方だったんだ。

『学校、楽しいのね。…良かった』

またぽたぽたと流れ落ちてはシーツを色濃く染める雫。こんな夜はいつも独りだったのになぁ。左手が温かい。それだけでこんなにも違う。

気付かせてくれるのはいつもきみだ。
きみなんだ。

俺はちゃんと愛されてた。ちゃんと愛されてる。見てくれてるひとがいた。なのに確かめるのが怖くて、俺の方が見ようとしなかったんだ。
馬鹿なのは俺の方だよ。

「…いおり」

「…なぁに」

「あいしてる、よ…あいしてる」

だいじょうぶだよ。

全く、本当に寝てるのかな。寝言にしては心を読まれたみたいで的確過ぎて、逆に微笑ってしまいそう。

子供みたいにあどけない寝顔を晒しながら、俺のたった一人はまたすやすやと寝息を立てた。

ぼろぼろ堰を切ったみたいに流れ落ちる雫は、俺には止めようがなかった。嗚咽が漏れても、止めるつもりも、なかった。
こういう時って無理に止めちゃ駄目なんだっていつか教えてくれた。気のせいか、左手に重なる手に少し力が込められた気がした。

全く、本当にどうしてくれるんだ。
濡れたシーツは朝までには乾くだろうけど、朝起きて目元が真っ赤に腫れてたら。

何て言い訳しよう。きみはどうせ覚えてないんだろう。
とりあえず太陽が顔を出すまでは、もう少しこの温もりを抱き締めていよう。

夜明けにはまだ早いから。

今度は左手だけじゃなくて、全身で。

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