mitei 藤倉くん短編集 | ナノ


▼ さっぱり分からない話

「あのっ!澤先輩ですよね?」

「うん?そうだけど」

廊下を歩いていると、背後から聞き慣れない声に呼び止められた。振り返ると見知らぬ女子生徒が居て、長い髪を手で弄びながらまじまじと俺を見つめていた。
何だろ。どこかそわそわしてんな。

「あの、藤倉先輩と仲が良いんですよね?」

「あー、まぁ」

藤倉という名前だけで何となくこの子の目的が推察出来てしまった。まだ確定じゃないけれど概ね予想通りだろうな。

ちなみに、今俺はただ休憩時間中にトイレに寄っていただけなので隣にあいつは居ない。クラスも違うのに流石に休み時間毎に一緒に居るわけではない…うん。
まぁ概ねだけど。

俺に声を掛けてきた生徒はどうやら後輩らしい。タイの色が違うし、「先輩」って言ってたもんな。
話の続きを待っていると、決意したようにパッチリした黒目が俺を見据えて言った。

「良かったら藤倉先輩の連絡先教えてくれませんか?」

「藤倉の、連絡先」

あぁ、やっぱりな。
この子は藤倉に気があるんだ。

この手の頼みは今まで数回だけ受けたことがあるが、俺が藤倉にそれらを伝える度に彼が複雑そうな顔をしていたのを覚えている。

時が経つにつれ、藤倉のファンクラブのお陰なのか分からないが回数もどんどん減って、俺経由で藤倉に近付こうとする子は殆ど居なくなっていた、と思ってたんだけど。

「お願いします!私この高校に入学してあの人に一目惚れしたの!だからどうしても藤倉先輩の連絡先が欲しいんです!」

「えっと、悪いんだけどそういうのは自分で聞いた方が良いんじゃないかな?」

「そうでしょうけど、それが出来たら苦労しません!」

だよなぁ。
恋心ってのはよく分かんないけど、自分で直接聞ける勇気があるなら俺なんかに頼んだりしないよな。

いや、分かってる。
それは分かってるんだけど。

「藤倉先輩の連絡先を教えてくれないなら、私の連絡先を渡しといてください」

「えぇ…」

あらかじめ用意してたんだろうか。
言いながら小さなメモを手に押し付けられてしまって、俺には拒否権など無いように思えた。

彼女の連絡先が書かれた小さなポストイット。それを見ただけで何だか心にもやっとした黒雲みたいなものが沸き上がる。また彼のあの複雑そうな顔を見たくないからだろうか。

これをあいつに渡すのは簡単だけど、それからどうなるんだろう。今までの経験から察するにあいつはどんな子からの告白も好意も悉く断ってきているみたいだから、今回もきっと駄目かも知れない。でももしかしたら、駄目じゃないかも知れない…。
そんなこと俺には関係無いことだしそもそも俺が決めることじゃないし、このメモをパッとあいつに手渡せばいいだけなのに…。

何でこんなにもやもやするんだろう。
何で、渡すのが嫌だとか思っちゃってるんだろう…。

やだなぁ、何なんだこの気持ち…。
どうせやるなら、俺の居ないところで告白なり連絡先の交換なりして欲しい。
出来れば俺を巻き込まないで欲しいんだが…。なんて思うのは、身勝手なことなんだろうか。

「なぁんの話?」

「あ、藤倉」

「ひぃっ!」

ん?「ひぃっ!」って何?
今悲鳴が聞こえた気がしたんだけど、この子かな。この子だな。

いつも突然現れてくるこいつに俺は慣れてるけど、この子は慣れてないもんな。それに藤倉のことが好きなんだったら尚更驚くのも無理はない。ないと思うんだが…何か顔が引き攣ってないか?
ここは頬を赤らめる場面じゃないのか?それなのに寧ろ顔が青褪めている様な、何なら怯えている様にすら見えるんだが…?

「あ、ふ、じくら先輩…」

「澤くんトイレ帰り?ちゃんと手洗ったー?」

「洗ったわ!というか、お前」

「ん?」

目の前の子などまるで無視して俺に話し掛ける藤倉は表情こそいつもと変わらないが、どこか不機嫌そうだ。その所為でこの子も怯えてしまってるのかな。
というか何でそんな不機嫌なんだ?

「あのさ藤倉、この子…」

「わ、私!次移動教室なので失礼します!!」

「え、ちょっと…。行っちゃったよ」

藤倉の登場から一分も経たない内に彼女は廊下の向こうへ消えてしまった。その背中を見送りつつ、未だ手の中にある小さな紙を少しだけ強く握る。皺になっちゃったかも。何だか申し訳なくなってしまう。
何に対して?彼女に対してだろうか。

何処からか突然現れてからずっと、俺の肩に腕を回したままの彼の方を見た。すると呼応するように、彼も少し背を屈めて俺の顔を覗き返す。

…表情には出てないけど、やっぱりまだちょっと不機嫌みたいだ。

「なぁまさかとは思うけどお前、またガン飛ばしたりしてないよな…?」

「えー?まっさかぁ!俺は澤くんしか見えてないもん」

そう言って緩やかに目を細め、あどけない笑顔を振り撒く彼はいつも通りへらへらして見える。この笑顔のまま現れたんだとしたら、あの子あんなに怯えたような顔にはならなかったと思うんだけど。

…無表情、だったのかなぁ。

確証は無いがそんな気がしたんだ。
だってこいつの無表情って超怖いもん。
わざとだとしたら何だってそんなことしたんだろう。

というかこの紙どうしよう。
頼まれたからには一応、渡さなきゃだよなぁ。

「…あのさ藤倉、」

「ところで澤くんや」

「え、はい」

「その手の中の紙はなぁに?」

「うっ、あのコレは、その」

「貰っていいよね?」

「うん。お前宛て、だから…」

まさかこいつの方から欲しがってくるなんて思いもしなかった。心がまた重い雲に覆われたような心地になりながらも、俺の手汗でほんの少しだけ湿ってしまったメモを彼に手渡す。

自分から欲しがるなんて…。
連絡、するんだろうか。あの子に?藤倉から?

想像つかないけど有り得ない話じゃない。何もおかしなことは無い筈なのに何でこんな不安になるんだ。

どくどくと、運動してる時とは全く違う感覚で心臓が高鳴っている。
なのに俺の肩に回された腕はまだ退けてくれそうになくて、そこから振動でこのどきどきが伝わってしまうのではと別の不安まで襲ってくるのだから困ってしまう。

なのにそんな不安なんて一瞬で吹き飛ばすような言葉が俺の耳のすぐ隣に降り注いできた。

「さて、また断る手間が増えたな」

「え、断る?」

「また告白でしょ?どうせなら直接渡せばいいのに」

「それが出来たら苦労しないってさっき言われたんだけど…」

「苦労もしないで手に入れようなんて何様だよ。…嫉妬してくれるのは嬉しいけど、澤くんにこんなカオさせやがって」

ん?んんん?
いつになく辛辣な藤倉が吐き捨てた言葉は一応全部拾うことが出来たけど、後半の意味までは分からなかった。
嫉妬って何?俺がどんなカオしてたって?

嫉妬という言葉と俺のカオっていう言葉がイコールで繋がらない。
暫く思考をぐるぐる巡らせて、辿り着いた結論がひとつ。

え、俺が嫉妬してたってこと?

「嫉妬?」

「嫉妬」

よく分からないまま単語だけを口に出す。
すると藤倉はこくりと頷いて同じ言葉を返してきた。

「つまり、やきもち…?」

「美味しいおもちですよー」

「いやいや嘘だろ」

「鈍感。そこが貴方の良いところ」

「つまり俺が、嫉妬してたと…?」

「どうだろね。俺は澤くんじゃないから分かんなーい」

ここまで来て惚けやがって。
へにゃりと頬を歪めて笑うその顔は爽やかというより何か悪巧みしているように見えてしまって、楽しそうなのに憎らしく思えた。

俺が嫉妬って、何に?まさかあの子にか?
何で?藤倉に関係あること?

あの子が藤倉に告白するのが、そんなに嫌だった…とか?

「んっ?え、何っ!」

「いや、また難しく考え込んでるみたいだったから。隙あり…じゃないや、俺からのエール的な」

「いや意味分からん」

ちゅっと軽い音を鳴らして頬に触れられた唇は俺が文句を言う前にすぐに離れてしまって、すぐそこでまた意地悪そうに弧を描いていた。

頬にキスって、ここは日本だぞ。
そもそもこいつはパーソナルスペースが狭過ぎる。

「とりあえず言っておくけど、この紙は捨てるよ」

「え、捨てちゃうのか?」

「欲しい?」

「いや要らないし、そもそもそれお前にだし」

「そ。もう俺のだから、どうしようと俺の勝手。…どう使おうと、ね」

「でもあの子はお前のこと、」

「苦労しないで手に入るなら俺だってそうしたかった」

「何を言って…」

「だけどね、俺が本当に欲しいものはどれだけ苦労したって足りないくらいなんだよ。その苦労も苦労と思わないくらい、尊いものなんだ。その為なら何だって出来ちゃうんだよ。…簡単に手に入るワケないじゃないか。この世に二つと無いものなんだよ」

一体何のことだろう。
ポカンと呆けていると、頭にポンと手を置かれて緩く撫でられた。

「藤倉?」

「心配しなくても変に傷付けるようなことはしないよ。澤くんが嫌がるようなことはしない。だいじょうぶだよ」

「それは、分かってるよ」

だってお前は優しいから。
それだけ返すと、藤倉はメモをポケットに入れてまた微笑んだ。



それから数日後のこと。
俺のクラスに突如現れた彼女は少し俯いて申し訳なさそうにしながら、やがて顔を上げ、凛とした眼差しを俺に向けて言った。

「あの時はごめんなさい先輩。私、分かったんです。藤倉先輩にはもっと相応しい人がいるって…」

「え、おう?…え?」

「だからもうあんな頼み事はしません。これからは影からお二人のことを…応援していますので!」

「え?………え?」

お二人って誰と誰?
クラス中も彼女の宣言に沸き立ってるけど、この状況についていけてないの俺だけか?こんな状況前にもあったような…。

「また一人、会員が増えたようだな」

クラスの誰かがぽそりと呟いたのが聞こえた気がしたけれど、俺には何のことだかさっぱり分からなかった。

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