「ここで合ってるのかな…」
先生に教わった場所は、二階建てのボロ…古くて趣のあるアパートの一室だった。
アパートっていうか、何とか荘って感じ。
階段とかキシキシ音がしそうだけど、かぐらぎ…銀色くんのお家は一階らしいから俺は上らずに眺めるだけで済んだ。
辺りをキョロキョロ見回してみると、駐輪場らしきところで猫が欠伸をしている。ちらりと寄越された視線はまるでまだそんなところで突っ立ってんのか、とでも言っているみたいだ。
まぁそう急かさないでくれにゃんこよ。
少し深呼吸させて。
いくらお昼を共にする仲になれたとはいえ、やっぱりお宅訪問はまだハードルが高い気がする。
学校の外で会うなんて初めてだし、先生に言われたからって家までやって来るなんてもしかしたら迷惑がられちゃうかも知れないし、もしかしてもしかしたらプリントなんて要らないって突っぱねられるかも…。
いや、銀色くんはそんなことしないか。
見た目こそ派手で不良くんって感じだけど話すとちゃんと返してくれるし優しいし、怒ったところなんて見たこと無いし。
不安になるあまり彼自身のことまで悪く考えちゃいけない。
よし、押そう。
俺は出来る子、やれる子だ。
せーのっ!
「はーなーめーくんっ」
「うひゃぁああっ?!」
いざインターフォンを鳴らそうと指を構えたところで、背後からポンッと肩を叩かれ声を掛けられた。
気配にも全く気付かなかった俺は思わず思い切り変な声を上げて跳び上がってしまった。ご近所の方々、ごめんなさい。
振り返ると見慣れた色がふるふると肩を震わせて笑いを堪えていた。
「ぶっ、ふ、ふふふっ、あははははっ」
「ぎ、銀色くんっ!もう!もぉお!!」
「は、ごめ、そんなおどろ、ふふふ」
「笑い過ぎだよ…」
「だって、家の前で百面相してるから、ふ、めっちゃ良い反応…ふふ」
「こんの…折角人が心配…し、て」
「ん?」
漸く笑い終えて顔を上げた彼を見て俺は少し言葉を失った。制服でもいつも着崩されているけれど、制服じゃない彼の姿が何とも新鮮だったからだ。
真っ白なロングTシャツにジーンズだけのラフな格好。左手にはビニール袋が提げられていて、中にはペットボトルやら何やら重そうな物が入っている。
髪は分け目がなく前髪が下ろされていて、ピアスもしていないようだった。髪をセットしていないせいだろう。ただでさえ細く柔らかな銀糸がそよ風にも簡単に靡く。
それに何より、何より…。
「鎖骨がエロいっ!」
「………は?」
そう、いつもは制服のシャツで隠されていた部分が、首元が緩いロンTの所為で露になっていたのだ。西に傾く陽の光が僅かに彼の身体の輪郭を照らし出していて、普段よりやる気のない気怠げな雰囲気も手伝ってかやけに色っぽく見える。
その感想が思わず言葉になって口から飛び出してしまったがもう遅かった。
予想外の言葉を拾ってしまった彼はきょとんと目を真ん丸く見開いた後、意地悪そうな笑みを浮かべて一歩一歩俺に近付いてくる。
「いや、あの今のはっ、」
「ふ、ふふっ、鎖骨が好きなんだ?へぇー?ふうん?」
「やめてやめて!セクハラですよ!」
「どっちかって言うとセクハラ発言をしたのはそっちだけどね」
「わわわ忘れてくださいぃっ」
ちらちらとシャツの胸元を広げながら近寄ってくる銀色くんに圧倒されながら、持っていた学校の鞄を翳して抵抗を試みた。彼の分のプリントも入っているので、いつもよりずっしりと重い。
「家、入んないの?」
「ひゃい?」
「オレの分の色々持ってきてくれたんだろ。わざわざ悪かったな」
「いや別に、全然…」
「はい一名様ご案内ー」
「うわぁっ」
近付いてくる銀色くんの色気にまごまごしていると、背後でガチャリと音がした。と殆ど同時に、腕を引かれて部屋の中へ導かれる。
先程まで欠伸をしていた駐輪場の猫はいつの間にか、塀の上に飛び乗って眠そうに俺達を見ていた。
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