「銀色くんは放課後何してるの?」
「ナニしてると思う?」
細められた銀の光が、窓から射す僅かな光で妖しく煌めいて俺を見つめた。
少し心臓が速く脈打ったのはきっと階段を駆け上がってきたから。
数分前のことだけど、運動不足な俺だからきっとまだ治まってないんだ。
あの日から、銀色くんとは階段の上でお昼を共にすることが多くなった。
と言っても俺の一方的なもので、階段の向こうに彼を見つければ俺も黙って隣に座る。彼も彼で拒絶はしてこないのできっと嫌ではないと思うんだけど、彼が毎日同じ場所に居るとは限らなかったし、隣に座るからと言っていつも会話する訳でもなかった。
教室で席が近くても話すことは事務的なことだけ。あと気付いたことは、銀色くんは授業をサボったり出席していてもずっと寝ていたりすることが多いようだった。
この辺は噂通り、不良さんって感じ。
だからこの踊り場でのお昼休みは彼と会話出来る校内でも貴重な時間なのだ。
彼は話すと割と饒舌なのに、黙っている時はずっと黙っている。気分的なことなのかな。だからその判別が難しい。
俺から話し掛けてみて短い返事で終わってしまったらその日は多分あまり話したくない日。
さっきみたく質問に質問で返ってきたり、彼から話し掛けてくれた時は話してもいいと思ってくれてるってこと。多分ね。
「ナニしてるの?」
「当ててみて?」
「えと…ケンカ、とか?」
「花芽くんは物怖じしないタイプだよなぁ。…分かってたけどちょっと心配」
「え、ゴメン。噂は噂だよな」
いけないいけない。
授業をサボったりはする不良くんな彼だけど、噂通りケンカ三昧なんて決め付けて発言してしまった。
こういう時、本当に自分の考えの無さが恥ずかしいし憎らしい。
「責めてないよ。あながち間違ってないし」
「え、ケンカしてるの?」
「向こうから吹っ掛けて来た時だけだよ。ちょっとあしらうだけで、オレからは何もしない」
「ケンカ売られるんだ」
「見た目が派手だからね」
そう言えば前、髪色と瞳は自前だと言ってたな。
でもピアスは流石に生まれつきじゃないと思うから、別に髪色の所為だけじゃないのでは…と思うんだけど。
「…そんなにキレイなのになぁ」
「出た。こあくまだ」
「こあ熊」
「そう。厄介な熊さんだよ。はちみついる?」
「間に合ってますぅ」
ふふっと息を漏らす彼はやっぱり今日はご機嫌そう。
別に話さない日が不機嫌という訳じゃないと思うんだけど、こうして話してくれる日は何だか心がふわふわする。
例え外が曇天でも大雨が降っていても、こうして銀色くんと過ごしているだけで何だかむず痒くて、ぽかぽか暖かい。
でも分からないこともまだまだ沢山あるんだ。例えばさっきの俺の質問。
放課後はいつも何してるのかっていうのは、はぐらかされた感じ。
それから右の手に視線を落とす。
「ねぇ、銀色くんは手を繋ぐのが趣味なの?」
「うーん。そう。そんな感じかな」
「ふうん。変わった趣味だね?」
「そ。変わってるんだ、オレ」
話す日も無口な日も。
隙あらば無防備な俺の右手さんをきゅっと掴んで指を絡ませてくる。
その所為で俺は左手さんだけでパンを食べることが得意になってしまった。
スキンシップが好きなのかな。
噂では人を絶対寄せ付けないって感じだったけど、彼は意外に人懐っこい性格なのかもしれない。
結局放課後はナニをしているのか聞き出せないまま、本日の会話は終了してしまった。
手を繋いで、また何かに聴き入るように彼がうっとりと目を閉じる。
その不思議な光景をまじまじと見つめながら俺も、予鈴が鳴るまで耳を澄まして目を閉じてみた。
相も変わらず聞こえてくるのは雑音だらけだけどその中に僅かに身動く銀色くんの気配を感じて、俺もふっと息を漏らして笑ってしまった。
…そう言えば最近、放課後の演奏会の音色が変わってきた気がする。
いつも日によって違うのだが、最近は特に楽しげで、穏やかで優しい旋律が耳を楽しませてくれる。
その中にぽつぽつと混じっていた寂しげな音はいつからか少しずつ減っていって、深海の中からいつの間にか海面近くの光射す場所へ浮上する感覚が増えていったのだ。
…心地好い。
そんな暖かく包み込んでくれるような旋律が、また無機質なコンクリートを塗り潰していった。
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