「銀色くんは、友達が居ないんですか」
「花芽くんには、デリカシーが無いんですか」
「あ、ソレよく言われる」
「何かゴメン」
「いいよ、本当のことだし」
デリカシーが無いとかもっと考えて発言しろとか。思ったまま感じたままをそのまんま言葉にしてしまう癖があるため、そういったご指摘はよく受ける。もう慣れっこだ。
いや慣れちゃいけない。治さなくちゃ。
そんなこんなで、お昼休み。
購買から目当てのクリームチーズサンドをゲットしてうきうきの俺は、階段の上にきらりと輝く銀色を見つけた。考えるよりもまた先に足が動く。階段を上って覗いてみると、やっぱりあの銀色くんが一人パンを齧っているところだった。
それはそうと、俺は結局銀色の彼のことを「銀色くん」と呼ぶことにした。だってあれから何度名前を尋ねても中々教えてくれないんだもん。自分から訊けって言った癖に、本当に自分勝手だ。
まぁいいけどさ。
「そこで食うのか」
「お邪魔でしたか」
「いいえー別に。床冷たいよ?」
「お気になさらず。冷たいのはお互い様だろ」
隣に座って暫く二人でパンを齧る。黙々と、ただ何を話す訳でもない歪な空間。なのに何故か居心地が好くて、ただでさえ好きなクリームチーズサンドがいつもより美味しく感じた。
銀色くんとはあれから沢山話をするようになった、という訳でもないんだけどなぁ。
隣に座っても嫌がられている感じはしないから、嫌われてはないんだろうけど。
ふと、右下に視線を落とした。
「オレの指に何か御用ですか」
「いや、キレイだなぁと思って」
階段の上に置かれた色白の指先を改めてじいっと観察してみる。ほっそりとしていて爪の先まできめ細やかなのに男らしく骨張っていて、全体的に見てもやっぱりキレイだ。
許可も取らずに彼の手を取って勝手に俺の掌と合わせてみる。
くそう、身長のせいかな、長さも俺と比べてもこんなに違う。何かずるい。
「…花芽くんはアレだね、意外とスキンシップとか気にしないタイプだったんだね」
「え、やだった?ゴメンすぐ離、す…」
「やだとは言ってない」
「うへっ」
変な声出た。
だって長さ比べの為に合わせていた手をぎゅっと握られたんだよ?それも突然。
細長い指が俺の不格好な指と指の間に入り込んできて、器用にもするりと手の甲を撫でられて背中がぞわりとした。
嫌な感覚じゃなかったけれど、それでも初めての感覚に落ち着かない。
「うへっ、だって」
「あの、手は」
「そっちから触ってきたんじゃん」
「触り合いっこ?」
「かわいいなぁ、その言い方」
「かわいいよりカッコいいと言われたい」
「花芽くんには無理でしょうねぇ」
「銀色くんはよく言われてますものね」
「オレのは…どうだろうな。興味無い」
ありゃ、何か変なこと言っちゃったかな。
さっきまであんなに機嫌が良さそうだった彼は蝋燭の明かりを消したように無表情になってしまって、噂でよく聞く極悪人の不良さんみたいになってしまった。
俯くと、端正な横顔を長めの前髪がさらりと隠してしまい表情が窺えない。
ただあの寂しそうなピアノの音がひとつ、聞こえた気がした。
「あの、さ」
「いい音だね」
何か声を掛けようとしたところで、低い声がぽつりと囁く。
声を出したはいいものの何を言おうか考えていなかったので、正直ホッとしたような…しないような。
「…ふぇ?」
「心地好い。やっぱり、オレの好きな音だ」
彼が顔を少し上げると銀糸のような髪が簡単に退いて、漸く横顔がちゃんと見えた。
コンクリートの壁に頭をもたげながら、彼は何かに聴き入るようにゆっくりとその瞼を閉じる。あ、睫毛もやっぱり銀色なんだね。
それにしても…。
音、なんてするだろうか。
聞こえてくるのはざわざわとお昼休みにはしゃぐ生徒達の喧騒と、パンを握るビニールの音。それから、それから…。
何でかは分からないけどまた穏やかな雰囲気に戻った彼の、笑うようにふっと息を漏らす音。
あ、笑うとそんなに幼く見えるんだ。
またひとつ発見だ。
知らぬ間にぎゅっと力が籠る俺の右の手。
離してくれないのは、繋いでいることを忘れられているからだろうか。
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