mitei 音の咲く場所 | ナノ


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「ねぇコレ、何て読むの?」

「ふぇ?」

コレ、と言って色白の指が示した先にあったのは名前の欄。
プリントの右上に特に綺麗でもない字で書かれた俺の名前だった。

思えばこいつとちゃんと話したのはこれが初めてかも知れない。まさか向こうの方から俺に興味を持ってくるなんて予想だにしていなかったので、何とも情けない声を返してしまった。

「か、が…?はな、」

「はなめ、です。如月、花芽」

「はなめくんだ」

「はなめくんですね」

「何で敬語?実は飛び級?」

「残念ながら日本の公立校にそんな制度は…あるのかな」

「ないと思う」

「だよね」

「変な子だね。花芽くん」

変な子認定されてしまった。
よりにもよって学校で一番目立つ人に。

「というか、何でそんなこと知りたがるの?…ですか?」

「だから、何で敬語なんですか?」

「…何となく」

「じゃあオレも、何となく」

わざわざ振り返ってまで名前の呼び方を訊いてきた癖に何とまぁ自由なこと。
いいけどね、別に。

それにしても…。
俺が銀色の彼と話す度に周囲の視線が降り注ぐ。そりゃあ校内一の不良さんと校内一のモブが話してたら気になるもんなのかな。
というか、モブは沢山いるから成り立つのであって校内一のモブって言い方おかしいよね。じゃあ何て言えばいいんだ。

どうでもいいことに思考を巡らせていると、目の前にふっと影が落ちた。
目線を上げると銀色の双眸がこちらを覗き込んでいる。

髪も銀色で瞳も銀色。穴だらけの耳を除けば、まるでおとぎ話の王子様だ。
カラコンでも入れてるんだろうか。

不思議に思って見つめ返すと銀色の王子様は少し不機嫌そうに眉を顰めていた。
何で?

「何ですか」

「花芽くんは、興味持ってくんないんだね」

「何に?」

「オレに」

「興味…。ない訳じゃ、ないよ?」

そのピアス痛くないのかな、とか。
全部自分で空けたのかなとか。

背が高くて羨ましいなぁとか、それにやけに綺麗なその指先とか。

「こあくまだ」

「こあ熊」

「ベアーの方想像したでしょ?違うからね」

「違うの?こあっていう種類の熊なのかと思った」

「天然なんだなぁ…」

一人納得する彼はふうと溜め息を吐いた。
さらさらそうな前髪が、その振動にすら反応して僅かに揺れる。

「とどのつまり、」

「トド?」

「動物じゃないよ。つまりね、」

つまり。彼の名前を訊いて欲しかったらしい。何だよ、そうならそうと言ってくれれば良かったのに。

「で、貴方のお名前は?」

「知らないの?校内のみぃんな知ってるよ」

「…自分から訊けって言った癖に」

校内の皆というが、全員にアンケートでも取ったのか?そりゃあ流石の俺でもこの銀色さんのことは認識してたけども、名前まで知ってるとは限らないじゃん。
俺みたいに誰もが皆同じ認識を持ってると思うなよ。
全く、これだから民主主義ってやつは。
…合ってるのかな民主主義ってやつで。

「花芽くん花芽くん」

「なに」

「返事が段々雑になってきたね」

「そうすか」

「うん。それよりさ、ねぇ?俺のこの色、元からだって言ったら信じる?」

「どの色?」

分からなくて首を傾げる。
すると彼は何がおかしかったのか、笑うようにそっと目を細めた。
その瞬間クラス全員が息を飲むような静けさに包まれたけれど、どうしてだろう。
彼の笑顔が珍しかったのかな。

「髪と、瞳の色」

クラスの反応などまるで気にせず、静寂の中で彼が答える。
言われて、まじまじと改めてその色を交互に見た。

陽の光に透ける髪は白髪というには少しグレーがかっていて、光るとやはり銀色という表現がふさわしい。
続いて瞳の方を覗き込むと、これまた陽の光を一身に集めて不思議な色を煌めかせていた。
銀色…の中に僅かに見えた気がした、深い青。これは何色って言うんだろうか。深い海の底、みたいな。吸い込まれそうになるっていう表現があるけど、ずうっと見ていると本当に目を離せなくなってしまいそうだ。

「両方、すげーキレイ」

勝手に溢れ落ちた感想を、彼は嬉しそうに拾った。

「返答になってないよ」

「これカラコンとかじゃないの?」

「ないの」

「髪も?」

「地毛だよ」

「へぇ、白髪になっても分かり辛いね」

「ブッ、ふっ、あははっ」

何とまぁ。
噂も手伝ってか、遠目からだとあんなにも近寄り難そうだった彼のイメージが一変した。クラスの皆もそう思ったのだろう、皆一様に目を丸くして俺達を見ていた。

無表情で冷徹で校内一の不良だと思っていた彼は、意外と気さくで話しやすくて、よく笑う。

地味でモブで周りからも言動が意味不明だと言われる俺にさえもこんなに気安く話し掛けてくれる。

何だ、良い奴じゃないか。
やっぱり噂なんて当てにならないのかも。

一頻り笑った彼はようやっと前を向いて、自分の席に座り直した。笑い過ぎて涙が出たのか、袖で目元を擦っている仕草が見える。

この後は特に話し掛けられることもなく一日を終え、今日はちょっと楽しげな音を醸し出す演奏会に出席し、帰宅してから俺は気付いた。

そういやあの銀色の人の名前、結局教えてもらってないじゃん。

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