例えばの話。
陽の光が支配する真昼間に花火を打ち上げたとして、誰がその存在に気付くだろう。
音がしても、明るい空の下じゃどれだけ華やかに光って見せても結局は直ぐに消えてしまう訳で。
その数瞬に、きみが気付いてくれる保証なんて何処にも無い訳で。
だからきっと、おれには暗闇の方が似合うと思うんだ。
暗い中に在る方が、明るい光はより目立って存在を主張してくれるから。
折角綺麗に瞬いて見せても誰にも気付かれることなく散ってゆくなんてこともない。
周りに何も無ければ線香花火の様なちっぽけな光でさえ眩く見えて、きみの目にそれだけが留まるかも知れない。
おれだけを見てくれるかもしれない。
だからきっと暗闇の方がいいんだ。
精一杯光ろうともがいても大して何も出来ないおれに気付いてもらうためには、きっと。
なのにいつからだろうなぁ。
暗い方がいいって、そう思うのにきみ自身が太陽になって、いつしかおれの世界を明るく照らすようになってしまった。
真っ暗闇だったおれの心地好い世界を、真昼間みたいに明るくてむず痒い空間に変えてしまった。
これじゃあ何もかも見えてしまう。
見えて欲しくないところまで隠したって見えてしまう。
慌てて隠そうと何度部屋のカーテンを閉めてみてもきみはそれさえもこじ開けて、隙間からこれでもかと光を突き刺してくる。
おれの方から見つけてもらおうと思ってたのに、これじゃあおれがどれだけ光ろうとしても無駄だったね。
そう言って自嘲すると、ぺチンと頬を叩かれて怒られてしまう。
「そんなこと言うな」って、「無駄とか言うな」って、頬を膨らませて怒らせてしまうな。
だから眩しいのは苦手なんだ。
ぎゅうっと握り締めた掌を無理矢理にでも開かされるように、血の滲む掌を陽の光の下に曝け出してしまうように。
張りぼてで着飾ったおれの本当を曝け出してしまうことはとても恥ずかしくて怖いのに、すんなりそれを受け入れてまたへにゃりと笑うその顔が憎らしい。
信じられるか?これで無自覚なんだよ。
質が悪いったらありゃしない。自覚があってもムカつくんだけどさ。
ほうら、こんなに汚いんだよ。こんなに醜いんだよっていくらおれの本当を見せたってこいつの笑顔は変わらない。
その上「見せてくれてありがとう」なんて意味の分からない言葉を吐くんだ。本当に意味が分からない。
綺麗なモノだけ見せてやれたらいいのに、ゴメンな。おれっていうモノはこういうもので構成されてるんだよ。
なのにこいつときたら、バラバラに広がったガラクタの中から一つ何かを拾い上げて満足気にほら、また笑う。
すうっと目を細めて陽に翳して、まるで尊いものでも拾ったかのようにまた笑う。
「だから言ったじゃん」
「何をだよ」
「お前はこんなに綺麗だよって、さ」
「きも」
「ひどっ」
そんなもの、そんな…こと。
本当に、だから眩しいのは嫌なんだ。
眩しすぎるせいで目から何かが溢れ出した。今まで暗闇ばかり見つめていたから、きっと生理的なものなんだろう。
頬を伝う生温い何か。指で拭うと、透明に煌めく。
床に落ちる瞬間陽の光にきらりと瞬いて、パタリと雫は水溜りになった。
線香花火よりも早く落ちたそれはやけにずうっと記憶に残って、その中で何回も何回も星みたいに光る。
止まらないそれはパタパタと床の色を濃く彩っていく。
分かんない。
多分初めてこんなに泣いたから、止め方も分かんない。
そもそも何でこんなにボロボロ泣いてるのかも、自分でも分かんない。
助けを求めるように彼を見た。と思ったら、さっきまで居たはずの場所に彼が居ない。
心に不安と焦燥という影が落ちるよりも先におれ以外の体温に包み込まれて、鼓膜に焦がれた声が響く。
「止めなくていいよ」だって。
さっきまで無邪気に笑っていた癖にその声はやけに大人びて、おれの身体にじんわり温度を広げていく。
おれより少し小柄な背中に手を回して、言われた通り流れるがままにした。
漏れた嗚咽も鼻水も格好悪くて見て欲しくない。けどぎゅっと抱き締められているから、見られる心配は無い。
声を殺していたら、頬を摘まれた。今度は「ちゃんと泣け」ってさ。
こういうのは、無理に止めたりしたら駄目なんだって。
知らなかった。本当、知らなかったなぁ。
暫くすると本当に止まって、呼吸も落ち着いた。
顔を上げると何の変哲も無い黒目と目が合う。ほらまた、笑ってやがる。
ムカつくから鼻先をぎゅっと摘んでやったら、ムッと変な顔になった。
それが可笑しくておれも笑う。
ぐしょぐしょに濡れた顔で、泣き腫らした目のまんまで、おれも思い切り声を出して笑う。
そんなおれを見てまた笑みを濃くしたきみのとなりで、ほら、また。
prev / next