そっか。
「あったかい」って、こういうことなんだ。
初めて手を繋いだ瞬間のあの感覚を今でも鮮明に覚えている。
「あったかいね」っておれが拙い言葉で伝えると、きみはへにゃりと頬を緩ませて照れ臭そうに笑った。
その笑顔と、彼の後ろから射す西日がやけに眩しかったことも覚えている。
きみはきっと「さむい」を知っている。
だから「あったかい」も知っている。それをこんな風に、誰かに分け与えることが出来る。
おれの知っている「さむい」ときみが持っている「さむい」はきっと違うけど、だからこんなに新鮮なんだ。
だけどおれはきっときみみたいに誰かに自分の「あったかい」を分け与えるなんて出来ない。
だっておれ自身に温度が無いんだもの。
おれに少しでも温度があるように感じたならそれはきっと、きみから奪い取ったものだ。
ヒトのような形をして何処かフツウとは違っているおれはもしかしたらアンドロイドか何かなのかもしれないと、本気で考えたことがある。
怪我をすれば表面の皮膚が裂けて赤い血が出るし、味覚もあるしお風呂にだって入れる。
時間が経てば成長して大きくなって、いつしか彼の身長よりも幾分と高くなって。
放っておけば髪も爪も伸びてくるし、瞬きしなくちゃ目も乾く。
おれはなんて精巧に出来たアンドロイドだろうか。
いや、もしかしたらアンドロイドの方がおれよりも余程人間らしいかもしれない。
いつだったか、彼と一緒にそんな映画を観たんだ。
アンドロイドと人間が一度は争っていがみ合うのに、最後には協力したりして分かり合う。
よく覚えていないけど確かそんな話があった。
物語の彼らもきっと、彼らなりの「あったかい」も「さむい」も知っている。
そうしてそれらを分け合うんだ。大切だと思う人たちと。
ぼうっと自身の手を眺めると、あの日彼が返してくれた言葉をふと思い出した。
『ひいろの手も、あったかいね』
子供らしくまあるい頬を薄紅色に染めながらそう言った彼の何気無い言葉。
気遣いも社交辞令も媚び諂いも何も無い、ただただ愚直で真っ直ぐな彼の言葉。
それがぽうっと蝋燭に明かりを灯して、何度だっておれのこころをほわほわとあたたかくする。
おれに温度があるように感じたのならばそれは、きみから奪った温度だ。
開いていた手をぎゅっと閉じると同時に、ゆっくりと瞼を閉じた。
おれにもできたら、いいのになぁ。
浅はかで傲慢なおれの願いは何処に吐き出されるでもなく、また泉の底にゆらゆらと沈んでいく。
おれにも出来たらどれだけいいだろう。
彼におれの温度を分け与えて、それを心地好いと思ってもらえて、それからおれ以外の温度には興味も示さなくなってくれたら。
おれだけを欲しいと思ってくれたら。
ただ彼に求められたい。ただ彼の与えてくれる心地好さに甘えていたい。
目を閉じたところでどうせおれの中にはきみしか居ない。
それをこんなにも思い知らされるのは悪くはないけれど、少し寂しくもあって。
近いのに遠い。遠いのに欲しい。
おなじなら、いいのになぁ。
薄っすらと開いた瞼の先に渇いた指先。爪、切らなくちゃなぁ。
ねぇ、どこまでだったら赦される?
またこの指先に温度を灯すにはきみの光が必要だから、たくさんの「あったかい」が必要だから。
また今日も触れることを赦して欲しいな。
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