mitei 藤倉くんはちょっとおかしい6 | ナノ


▼ 3.藤倉くんと小さな魔法

特に晴れ渡っている訳でも曇りきっている訳でもない、そんな天気のとある日の昼休み。

まるで俺自身みたいに中途半端な空を窓越しに眺めているとふっと顔の近くに気配を感じて振り返った。

「何で断ったの?試合」

するといつもは気持ち悪いくらいに笑顔を絶やさない変態藤倉が、珍しくしかめっ面を隠しもしないで俺に聞いてくる。

美形の圧力とでも言うのだろうか。
いつもヘラヘラしてる分、突然こういう顔をされてしまうときゅっと緊張してしまう。

「試合って」

「サッカー部の。来週の日曜、頼まれたんでしょ」

だから…何で知ってんのかな。
頼まれた時こいつは側に居なかった筈なのに…しかも詳細な日時まで。
うーん、誰かに聞いたとかか?

別に話したことのない事でも、何故だかこいつは俺のことを何でも知っている気がする。自意識過剰だろうか。

「あー、その日はちょっと予定が合わなくってさ」

「…予定なんて何も無い癖に」

「へ?」

あまりにも小さく呟かれた声は聞き取れなくて、その音は俺に拾われないまま固い廊下に吸い込まれてゆく。

「んーん。…ねぇもしかしてだけど、気にしてる?こないだのこと」

「こないだ…?」

考えるよりも先にどきりと心臓が素直に反応する。もしかして、俺がバスケ部の助っ人に入った時のことを言ってるのだろうか。
藤倉が…暫く学校に来なくなってしまったあの時のことを。

いつになく真剣な眼差しを一身に受けながら、俺は答えた。
心臓は相変わらず正直に少し速めに脈打っているけれど、それにも気付かないフリをして。

「全然?本当に予定合わなかっただけだって」

「ふうん」

おや珍しい。怒って…るのかな。
短い返答に一瞬そんな張り詰めた雰囲気を感じた気がするが、ぱちりと瞬きをするとそこにはいつもの藤倉が居た。

ヘラヘラという訳でもないが大体いつも通りの、黙っていれば見目麗しい姿がそこにある。
さっきまであんなしかめっ面してたのが嘘みたいにまた俺に笑いかけるその姿は何故か…どこか寂しそうで、いつもより殊更優しくて。

それがこそばゆくて、どうにも言葉が詰まってしまった。

「な、なに…」

「なぁんにも。俺は、ね」

長い睫毛に縁取られた瞳をきらきらさせて、ふわりと弱い風にも揺れる柔らかな髪を携えてまたふわりと笑う。

お前は本当に。

俺のことなんて本当に何もかもお見通しみたいな態度で、いつも色んなものから俺を守ってくれるんだから。

…もう放っといていいよ。
お前にもらってる分ほど、俺はお前に何も返せてないよ。

喉の奥の奥で何かが叫ぶ。
煩いな、ちょっと黙っててよ。

ぼうっとしていると、ゆっくり伸びてきた細長い指が、薄いガラスにでも触れるように頬を伝う。
そのまま長くもない黒髪を弄んで、耳を包むみたいに緩くその形をなぞって、それから唇に下りてきた。

人差し指で優しく唇の下を撫でられる。
ぼんやりとされるがままになっていた俺はまるで魔法にかかったみたいに頭がぼうっとして、ずぅっと抑え込んできたモノがするりと出てきてしまいそうなのを他人事みたいに感じていた。

あぁ、まただ。まだ何か言ってる。

藤倉じゃなくて、多分俺が。
俺の中の奥深くに閉じ込めた俺が、暗闇の中から何か叫んでる…気がする。

「澤くんは?」

「俺?が、なに?」

「何か隠してることあるでしょう」

「無いよ、そんなの…」

「ふうん?」

「別に隠し事なんか」

「じゃあ何か、言いたいこと」

「そ、んなの…。そんな、ことは」

「澤くん」

いつになく真剣な眼差しが俺を捕らえる。

もうやめてくれ。

その目で俺を見ないでくれ。
見通さないで。

出てこなくていいのに、この姿を目の前にしているとどうにも俺は安心してしまって、どうしようもなく手を伸ばしたくなってしまって。
こいつに触れられると温かくて気持ち良くて、まるで何もかもから守ってくれるような安心感に包み込まれてしまって。

駄目だと思うのに身を委ねたくなってしまう。

周りなんて気にしないで情けなく縋り付いて、何に襲われている訳でも無いのに「助けて」って泣いてしまいそうになるんだ。

あぁ駄目だ、駄目だよ。
出てくるなよ。

この事を言ってしまえば察しの良いこいつにまた変な心配をかけてしまうかも知れないのに、そんな事俺は望んでいないのに。

だからずっと、心の中で何回も自分を殺してきたんだ。

なのに。

「…あの、さ」

「うん」

「もうやめようかなぁって、思ってるんだ」

「運動部の試合に出ることを?」

「うん。頼んでくれるのはすげぇ嬉しいしありがたいんだけど」

「じゃあ、何で?いつもあんなに楽しそうだったのに」

「そりゃ身体動かすのは好きだし楽しいけど…。ぶっちゃけ疲れたっていうかさ。日曜日だって一日ダラダラしてゲームばっかしてたいもん」

だからもう、終わりにしよう。
そうすればもう誰も傷つくことなんてないんだから。

俺さえ出しゃばらなければきっと何もかも上手くいく。

きっともう、こいつだってあんな風に自分を傷つけてしまうこともないだろう。

「…さ、」

「それに時間が出来たらさ、藤倉ん家また遊びに行けるじゃん?な!」

何か言いかけた彼の言葉を遮って、精一杯の笑顔を顔に貼り付け藤倉を見た。

もっとこいつが鈍感だったら良かったのになぁ。いや、俺が余りに不器用過ぎるだけなのかも。

…俺のことなんてもう放っておいて。

…やだよ、見捨てないで、側に居てよ。

もう煩い煩い、煩いんだよ。
相反する感情が頭も身体もぐるぐる巻きにしてどうしようもなく駄々をこねては冷たい廊下で暴れ回る。
そんな幼い感情に何十にも蓋をして、俺はまた扉を閉ざす。

お前さえ出て来なければ、誰も傷つかないで済むのだと言い聞かせて。

「澤くん、俺は今初めて…」

視線を重ねると藤倉は一瞬固まってしまったように目を見開いて、けれど直ぐに長い睫毛がその淡い色を隠してしまった。

「何だ?」

「…いや、何でもない」



どくりと、心臓が嫌な跳ね方をする。

俺は今初めて、写真に納めたくないきみのカオを見つけてしまったよ。

いつもどんな瞬間も眩しくてきらきらしてて、たまに曇ったとしてもそれでもまた輝いて。その温もりが心地好くてただ少しでも傍に感じていたくて。

一時たりともきみの表情から目を離したくないのに俺は、今日初めて見たくないと思ってしまった。
俺の胸の奥を遠慮無く抉るその笑顔は、自らを貶めるようなその自嘲染みた笑顔は余りにも俺には苦しかった。

もう二度とこんなカオはさせたくない。

何でって、きみが苦しんでるからだよ。
俺が苦しむと自分も苦しむのだと教えてくれたきみ自身がそんなカオをするのを、俺が赦せる筈がないだろう?

そのカオに少しでも俺の行動が起因しているのなら、尚更。

prev / next

[ back ]




top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -