mitei 藤倉くんはちょっとおかしい6 | ナノ


▼ 1.澤くんと店員さん

定義付けるとすれば、これが思春期というやつなのだろうか。
それとももっと動物的に言えば発情期とでも言うべきか。

そんな風に言うと何かやだな…。でもさっきからこいつらが嬉々として繰り広げる話題に殆ど興味が湧かずついていけない俺は、頬杖をつきながらぼんやりとそんな事を考えていた。

カラカラと悪戯にストローを回し、忙しそうな店内をちらりと見る。そうして直ぐにまた、手元のグラスに視線を落とした。
殆ど氷だけになったグラスに残るオレンジジュースはやっぱり薄くて、ちょっとだけオレンジの味が混ざった水だけが喉を通る。
こういう事を見越して氷もオレンジジュースで作ってくれればいいのに、なんて。こんな風に薄くなっていく様を見るのも嫌いじゃないけどさ。やっぱり最後まで美味しい方が良いじゃんか。

…あぁ、前にもあったなぁ、こんなこと。

「でさぁ、そいつの彼女がめっちゃ可愛いらしいんだよー。まぁ俺の彼女のが断然可愛いけど」

「はああ?ふざけんなよ!俺の彼女が一番可愛い!!」

「声がでけーよこんのリア充共が!くっそぉー…何でみんなそんなに青春してんだよぉ。オレも彼女欲しいよぉ…。お前は同志だよな?!澤!」

「…ん?何の?」

いつものファミレスなのに何か今日はやたらと女性客が多いなーなんて思っていたら、急に話を振られた。やべ、ちゃんと聞いてなかったのがバレる。
きょとんと問い返すと、向かいの席に座る友人達が皆して俺を見つめていた。その一番通路側に座っていた奴がテーブルに身を乗り出して再度俺に問いかけてくる。

何でそんな必死な顔なんだろう。

「だぁかぁらぁ!!お前も!恋人とか居ないよなっ?!」

「こいびと…。居ないけど?」

「ほらぁ!良かった!!」

え、何が?

今日は中学時代の友達と久しぶりに集まってファミレスでただ話をしていた。
高校は殆どバラバラで、勉強はどうだとかクラスの奴がとか、お互い軽い近況報告から始まりそこから彼女が出来ただの失恋しただの、いつの間にやらそんな話題に。

そう言えば教室の女子もそんな話ばっかしてるな。皆色気づいちゃって…。俺達の年代で、そんな淡いピンク色な話に花を咲かせるのは普通の事なのだろうか。
それとも、年齢なんて関係無いのだろうか。

他人の噂話とかどうでもいいしついつい窓の外ばっか見ちゃうな。あ、あの人イヤホン絡まってんじゃん、気づいてないのかな。

…俺はもっと、中身の無いどうでもいい馬鹿話ばっかしたいんだけどなぁ。なんて。この場にはそぐわない願望だろう。
まぁこいつらと久しぶりに会えて嬉しいのは確かだし、皆元気そうで何より。それが一番だ。

「澤は作んねぇの?カノジョ」

「いや別に。欲しいと思わないし」

というか皆簡単に「作る」とか言うけど、「カノジョ」とか「コイビト」とかってそんな理科の実験みたいに出来るものなのか。
何かと何かの物質を配合すればハイ出来上がり、みたいな。それもよく分からない。

というかそんな禁忌に触れそうな方法で出来てしまうなら代償として身体の一部を持ってかれてしまうんじゃないか。俺は別に真理の扉なんて開きたくないぞ。

そんな妄想を繰り広げているとふと、一身に視線を浴びていることに気付いた。
俺がしれっと返した言葉に、一同が目を見開いて驚きを込めた表情で俺を見つめてきていたのだ。
「嘘だろ」と言われなくても顔に書いてあるのが分かる。皆分かりやすくて面白いな。

やっぱり薄くなったオレンジジュースといいこの状況といい、表情豊かなかしくんを思い出すなぁ。
そういや街中で別れたっきりだけど、あれから元気にやってんのかな。すごく怖がってたみたいだし今度ちゃんと謝らないと。
まぁ、俺が謝るのもおかしな話だが。

「嘘だろ…澤」

わざわざ言わなくても顔に書いてあった言葉が、今度ははっきりと音にして紡がれた。
この歳で恋愛に興味が無いのが、そんなにもおかしなことだろうか。俺にしてみればこっちが「嘘だろ」という心境なんだけど…。

というかそもそも。

「何で皆彼女欲しいの?」

首を傾げそう問い掛けると、今度は彼女持ちの友人二人が目を輝かせてテーブルに身を乗り出してきた。倒れこそしなかったがグラスが少し揺れてひやりとする。
揃いも揃ってマナー的にどうかと思うぞ、全く。

「そりゃもちろん!毎日が楽しくなるからだよ!!」

その内の一人が声高に訴え、隣の友人がうんうんと頷き、通路側の友人は悔しそうに顔を歪める。
この光景を見ていられるだけでも俺は十分楽しいんだが。

「恋人と友達と、何が違うの?」

楽しいだけならわざわざ恋人じゃなくてもいいじゃん。友達と一体何が違うんだろう。
何でわざわざ「恋人」という括りが必要なんだろう。何でわざわざ恋愛に結び付ける必要があるんだろう。
皆が当たり前に理解しているであろうことが俺にはやっぱり分からない。色気の無い事を言うならばやはり、子孫を残そうとする本能故のことなんだろうか。

「何がってお前、全然違うだろ!」

「例えば?」

「例えば…まぁまず、登下校は一緒にしてー、」

登下校。一緒。

「手繋ぐじゃん?もちろんどこでもって訳じゃあないけど」

手を繋ぐ。あー、うん。

「それから昼休みももちろん一緒だろ?手作りの弁当作ってもらったりしてー、」

昼飯。手作り、はまだないか…。いや、そういやこないだ練習してるとか言ってたな。要らないって言ってんのに。

「それからそれから、お互いの部屋に行ったりして…」

部屋…。来たことはないが、行ったことなら何度か。

まるでテストの空欄を埋めるみたいに、頭の中でどんどんチェックマークが付けられてゆく。やっぱり友達でいいんじゃないのか?

「で?で?部屋で何すんのかなー?」

やっぱり腑に落ちないでズズッとストローを吸っていると、意地悪くも通路側の奴が茶々を入れた。
すると最近彼女が出来たばかりという真ん中の彼は少し頬を染めながら俯き加減に答える。
こういうところは相変わらず律儀な奴だな。

「そりゃだから、そこが友達と恋人の一番の違いっていうか、」

「いうかー?」

「まずはその、キ、キスだろ?」

キス…。接吻?いやあれは、うん。大型犬が顔ペロペロするみたいな、そんな…アレだよ、うん。

「それから、押し倒して…」

押し倒…されたことなら。まぁあれも大型犬がはしゃいで飛び乗ってくるみたいな、そんなアレだよ…。うん。噛み付かれたこともあるし…。

「それから、セ、セッ、」

「セー?何かな何かなー?」

ぐいぐいと肘で小突かれ、生真面目な友人は顔中を真っ赤に染めながら小さくぼそりと呟いた。

「………セックスだろ」

セッ………。は、無いな。無い無い。うん、無いわ。有り得ない。

そもそも何で奴と重ねてるんだ俺。

「こんのスケベー!」

「ってて、止めろ顔つねんなっ!っていうか澤!そもそもお前が聞いてきた癖に何でそんな腑に落ちない顔してんだよっ」

「えぇ…だってやっぱよく分かんねぇんだもん」

「マジかお前…それでも健全な男子高校生か?」

「身体は健康だよ?」

「そういう事でなくて…好きな人とかいねぇの?」

「え、恋愛的な意味で?」

「この流れだとそうだろ」

「えぇー…特には居ない、かなぁ」

さっきの諸々に嫌ってほど当てはまる奴は一人居るけど。

「まぁお前はスポーツ一筋だもんな。どうせまだ色んな部活の助っ人とかやってんだろー?」

「あ、う、うん。まぁな」

少しどきりとして、目を泳がせてしまった。視界の端に映る淡い色が脳裏のそれと一致する。
俺のそんな様子を見て、落ち込んでいるとでも思ったのだろうか。友人達が何故だか必死に励ましてくれるんだが…。

「まぁまだそういう子に出逢ってないだけかもしんないぞ!」

「そう焦るなって!お前性格は男前なんだからさ」

「どうも…」

だから何故こうも恋愛事に結び付けたがるのか。まるで俺がまだ恋人も好きな人も居ないことに焦って落ち込んでいるみたいな構図になってしまってないか。
違うんだけどなぁ。言い辛い。ここで反論してもきっと、「やっぱり恋愛は素晴らしい」論に持っていかれるに違いない。

そういうものなのかな。こいつらが正しくて、「カノジョ欲しい」って思わない俺だけが異質なのかな。こいつらのことは好きだけど、何だかそんな気持ちになってきちゃうな。
そうこうしている内に窓側の一人が「よしっ」と嬉しそうにポケットからスマホを取り出した。あ、こっち来る。

「しゃあねぇなぁー!お前にも友達の女の子紹介してや、」

「お待たせしましたー」

ドンッ!

まだ向かいの友人が話している途中にも関わらず、わざとかと思うほどの音を立ててテーブルの中央にひとつのグラスが置かれた。いや、わざとか?

というかこれ…。オレンジジュースの追加なんて頼んでない筈だけど。

「こちらサービスになっております」

「や、要らないです」

「まぁそう言わずに。空のグラスお下げしますねー」

「………どうも」

やっぱ突っ込んだ方がいいのかな。
友達全員もめっちゃ見てるし、奥のテーブルの女の子達もめっちゃ見てるし、カウンター内の店の人もチラチラ見てくる。

その原因である店員さん…店員さん?は、丁寧にグラスを下げながらも俺の視線に気付くとふっと爽やかな笑顔を向けて言った。

「お客様?どうされました?そんなに見つめられると、照れちゃうんですけど」

「…はぁ」

きゃああっ!!という黄色い悲鳴が店中から上がる。この笑顔にそんな威力があることを、俺は他人の反応でたまに思い出す。

「まぁお客様がどうしてもって言うなら、この後空いてるんで良かったら俺の部屋にでも」

「行きませんけど」

「えぇー」

…潮時か。スルーしておこうと思っていたのに。

「ってか何でここに居んの、藤倉」

今日は女性客がやたら多いなぁとは思ってた。
カウンターから度々聞き慣れた名前が聞こえてくることも、女性客の目が明らかに一人の店員の一挙手一投足に集中していることも、何なら物凄く似た身形の店員さんが居ることにもぶっちゃけ気付いてた。

気付いてはいたが、もしかしたらこいつにも何か事情があるのかもとか思ったし、本音を言うと突っ込むのが面倒臭かったから黙っていた…のだが。

いや、本当に何で居るの。

「バレちゃったかぁ」

「バレるわ。ってか隠す気無かっただろ」

「まぁねー」

「あの、お前はここでバイトしてんの?というかバイトしてたの?」

あんなに金持ちそうな家なのに?
でも藤倉の母さんの話からすると厳しい家庭らしいし、当たり前にお小遣いが貰える訳ではないのかもしれない。
或いは高校生のうちから社会を学んでおけ的な教育方針なのかも…なんて思っていたら。

へラッとしたいつも通りの笑顔を浮かべて、何でもないことの様に彼が言った。

「やだなぁ今日だけ。単発だよ。ちょっと欲しいものがあってね」

「へぇー。てか、オレンジジュース頼んでないんですけど」

「だからサービスですよーお客様」

「ただのバイトにそんな権限無いだろ」

「大丈夫だよぉ。店長チョロ…良い人そうだったし」

今チョロそうって言いかけなかったかこいつ?こんなんでバイトなんて勤まるのだろうか。まぁ格好だけは、似合ってないこともないけどさ…。

白い清潔感のあるシャツに腰に巻いた黒いエプロン、そこから覗く黒い細身のスラックスは、こいつの脚の長さを際立たせている。
仕草まで美しいからか、動く度に胸に付いている陳腐なプラスチックの名札さえも高級なアクセサリーのように輝いて見え、彼が顔を向ける度に店内から溜め息やら息を飲む音が聞こえてくる。
まるで芸能人がお忍びで来てるみたいだな…。全然忍べてねぇけど。

しかし…。まだ俺達のテーブルから離れようとしない大型け…藤倉をちらりと見る。

正面から見ると分からないが、ほんの少しだけ襟足を下の方で縛っている姿はいつもと違って新鮮だ。

何か年上みたい。大人っぽいというか、無駄に色気があるというか。

こりゃあ女性客も増える訳だ。
中身変態だけど。

「あのー。さ、澤…?」

その声でハッと我に返って正面を見ると、困惑を隠し切れない顔をした友人達がじいっと此方を見ていた。今まで話し掛けるタイミングを窺っていたのだろう。これは申し訳無いことをした。

「あの、さ。その人友達…?」

一番通路側の友人が問う。

「っていうかさっき、ふ、藤倉って言わなかった?」

真ん中の友人が恐る恐る聞いてくる。
ちらりと視線を藤倉に向けると、藤倉はにこりと微笑んでみせた。

「え、ちょっと待って。藤倉ってあの…?」

一番奥に座る友人が少し頬を引き攣らせて言う。

「…かっけぇ」

すると今までずっと黙っていた俺の隣に座っていた友人が口を開いた。
居たんだなぁ実はもう一人。という訳で、俺含めて計五人。ちなみに俺は通路側。

ってそんな事よりも。

「あぁ、紹介遅れて悪かった。こいつは俺と同じ高校の藤倉」

「どうもー。うちの澤くんがお世話になってますー」

「オカンか」

またにこりと微笑んで少し会釈する姿は店員そのものだが、言っていることがオカンくさい。
というか「うちの」ってところに心なしか力が込もっていたように聞こえたのは俺の気のせいだろうか。

「え、え、友達?ですか?」

「藤倉…さん?ってもしかして中学は…」

「おま、澤っ!友達だったんなら言えよ!」

「…実物カッケェ」

「えーと、ちょっと皆落ち着こうか」

口々に言いたいことを俺にぶつけられても困る。というかいつまでこのテーブルに張り付いているつもりなんだこの大型犬は。バイトなんだからちゃんと仕事しろ!

大丈夫なのかと心配になりちらりとカウンターの向こうに目をやると、店員さんたちもお客さん方も微笑ましそうにこちらの様子をちらちら窺っていた。どうなってんだこの店は。というかどういう状況なのこれ…。

「みんな澤くんの中学からの友達なの?」

「まぁな」

「澤、お前マジであの藤倉く、藤倉さんと友達なのか」

藤倉さんて。同い年だよ。

「まぁお前らの言いたいこと分かんなくもないけど…。こいつは友だ、」

「彼氏でっす」

「嘘こくな」

「いてっ、ゴメンてー」

思わず反射的に突っ込んでしまった。パシッと小気味良い音が店内に響き渡る。
と言っても俺は座ってたからこいつの腕を軽く叩いただけなんだけど、それを見た友人達の目がそれはもう丸く見開かれた。うーん、やっぱり既視感。

「叩いた…」

「嘘やん…」

「友達って結構親密な…」

「…実物お茶目だな」

「あのさ、皆もしかして藤倉のこと知ってたの?中学の時から」

「「もちろん」」

恐る恐るそう聞くと、気持ちの良いくらい揃った答えが返ってきた。

「他校でやべぇ…くらい格好いい奴がいるって」

「あれだけ噂になってたらなぁ」

「うちの中学のヤンキ…ちょっとやんちゃな奴らがしょっちゅう話題に出してたし」

「…ホント実物カッケェ」

「えぇ…じゃあ知らなかったの俺だけなのか」

ちらりとまた藤倉を見上げると、彼は一瞬きょとんとしてまたすぐに目を細めた。ふわりと揺れる猫っ毛が窓から差し込む柔らかな陽に透けてきらきらと輝く。

「でも今俺のこと一番知ってるのは澤くんだけだもんね」

「え、うわっ」

「きゃあああっ!」と店内のあちこちから黄色い声が上がり、吃驚して思わず肩を跳ねさせてしまった。ってか会話も筒抜けなの?ここ。

どうしたものかと正面と隣を見ても皆一様に口に手を当てて、何故だか頬を赤らめている。
カウンター奥の店員さんも「あらあら」と呟きながら同じような表情と動作で此方を見つめていた。
何なの、皆して打ち合わせでもしてたの?ジャパニーズの精神に則って、俺もその仕草した方が良いのか?

なぁ、この状況についていけてないの俺だけなの?

周りを見回してまたすぐ隣の変態に視線を戻すと、やっぱりふわりと目を細められた。営業スマイルにしてはあまりにも甘やかで柔らかいそれは、俺がいつもすぐ隣で見ている表情そのものだった。
というかこいつが微笑むたび店内がざわめくし一緒に注目されるしで落ち着いていられない。
少しだけ溜め息を吐いて、にこにこと無駄に愛想の良い変態の腕をまた軽く小突いた。今度はさっきよりも殊更優しく、テーブルから離れるようにくいと促すように押す。

「いいから早く仕事戻れよ…お前が居るとうるさい」

「はーい。それではどうぞごゆっくりー」

はぁ…やっと行った。
藤倉とは何でだか学校以外でも頻繁に遭遇するんだけど、まさかこんなところでまで会うことになるとは。偶然って恐ろしい。

しかし大変なのは藤倉がテーブルから去った後だった。

「澤お前!マジのマジであの藤倉くんと仲良いのか?!」

「何で?どうやって?まさか決闘で勝ったとか?!」

「いやそれは無理だろぉ…。いやでも、実物マジで格好良かったなぁー!お前いつもあんなん見てんの?」

「…カッコ良かった」

「何か…前にも似たようなこと聞かれたことあるけど別に決闘とかしてないし…マジで普通に何か、気付いたら話すようになってた」

「普通に?!あの!藤倉くんと?!」

「普通ってなんだよ…どんな偶然だよ」

「気付いたら友達になれるもんなの?あの藤倉くんと?」

わぁわぁと一通りあいつと仲良くなった経緯を聞かれた後、一番窓際に座る友人がポツリと溢した。

「ていうかさぁ、」

「…なに?」

「藤倉くんって全然笑わないイメージだったんだけど全く違ったな。中学でも人じゃないんじゃないかって言う奴もいるくらいだったし」

「人、じゃない…?」

「あ、悪い。ただの噂だからな!悪く言いたい訳じゃなくて!ただその、」

「いいよ。教えて」

決まりが悪そうにまごまごする友人に俺は続きを促した。

「その、人を殴る時もいつも無表情だって…聞いてたから…もっと冷たい人間なのかと思ってたんだ。だからすげぇ意外だったっていうか…ゴメン」

「何で謝るんだよ。ありがとな、正直に話してくれて」

ふっと笑うと、少し安心したように彼も微笑み返してくれた。それでもまだ口が滑ってしまったとでも思っているのか、その笑顔には少しの罪悪感が滲んでいるように思えた。

それにしても、無表情。冷たい人間…か。
そう言えばかしくんもそんな事言ってたな。氷がどうとか眉間の皺がどうとか。例え昔はそうだったとしても、今のあいつには程遠い話だ。

俺はいつも楽しそうにヘラヘラしている藤倉しか知らないけれど、やっぱり無表情の時のあいつも知っていたかったなぁ。なんて今更ながら思ってしまう。

傲慢だろうか。だけど色んな表情を見てきた今なら少しは分かる気がするんだ。「分かる」っていうより、想像してしまう。
中学の頃のあいつはきっと顔は無表情でも、心はずっと痛かったんじゃないかなんて、今までのことを思い出しては勝手に想像してしまうんだ。
藤倉のこと、分かりたいと思うけど真に理解できる事はきっとない。俺は俺自身のことでさえままならないのに「分かる」だなんて。それこそ烏滸がましいことじゃないか。

だけど知りたい、もっと触れていきたいとはずっと思ってるよ。あいつが赦してくれる限りは。
知ってどうするなんて先の事は全く考えてないけどさ。だってこれはただの俺の欲だから。

視線を落とし考え込む俺を見て、さっきまであれだけ煩かった友達も黙りこくってしまった。友達の悪い噂を聞いてまた落ち込んでしまったとでも思われたのだろう。
俺を心配してか、皆口々にまた藤倉を褒め出した。

「しっかし噂は所詮噂だな!」

「笑顔めっちゃ眩しかったし!俺でも惚れるかと思ったー」

「お前彼女居んだろ?まぁ気持ち分からんでもないが」

「…仕草までカッコ良かった」

そう語る皆の顔はキラキラとしていて、まるでアイドルのコンサート帰りのようだ。
だけどそれらは社交辞令とかじゃなくて、本心なのだと思う。だってこいつら正直だから。嘘が吐けない。
そういうところも、俺を気遣ってくれるところも好きだなぁと嬉しくなってしまう。

「まぁ直接話した感じ、お前のことめちゃくちゃ気にかけてくれてるみたいだし安心したよ」

「雰囲気も柔らかかったしなぁ。…お前には」

「確かに…俺らにはちょーっと怖かったけどなぁ」

「…カッコ良かったけど」

「ん?怖かったか?藤倉が?」

あいつ終始笑ってたよな?
何か怖がらせるようなことも言ってない筈だし、何でだろ。

「あー、いい。いい。お前は分かんなくて大丈夫」

「うん。まぁ澤のこと大事なんだなってのは伝わった。鈍いけど」

「まぁそこが澤の長所でもあるし」

「…心配なところでもあるけどな」

「………は?」

何のことを言っているのか分からない俺がおかしいのだろうか。やっぱついていけないけれど、友人らの顔が一様に嬉しそうに綻んでいたから、それでいいかなと思う。

こいつらが幸せなら、まぁいいや。

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