mitei 深呼吸 | ナノ


▼ 6

「で、遂に重くんと喧嘩したと」

「喧嘩っていうのか微妙なところだけど。まぁという訳で、悪いが今日泊めてくれ」

「全く。お前らの痴話喧嘩に巻き込むなよな…。まぁいいよ、上がれば」

「何で痴話喧嘩ってことになんだよお邪魔します」

俺が頼ったのはこれまた大学の友人の家だった。食堂で色々突っ込み入れてくれてた奴ね。今日の飲み会には居なかったが大学内に於いて俺の一番の友人と言ってもいい。

こんな夜遅くに突然訪ねてきて申し訳無いがそれでも彼は快く受け入れてくれ、何と布団まで用意してくれた。プリンに引き続き、この恩は忘れまい。

「で、一応喧嘩の原因?聞いた方がいい?」

「眠くないなら」

「眠い」

「聞いてくれるか、ありがとう」

「まぁいいけども。ほら、茶」

差し出された茶を飲みながら、俺は事の経緯を話した。飲み会でキス魔の先輩が居たこと、その先輩にキスされそうになったところを偶然居合わせた一吹に助けてもらったこと、ついでに過去の一吹の所業などなど…。

「と、言う訳です」

「ふむふむ。…偶然、ねぇ」

俺の話を黙って聞いてくれていた友人が何か意味深な顔をして呟いたが、直ぐに「何でもない」と打ち消されてしまった。どこか引っ掛かることでもあったのだろうか。

「ごめんな、こんないきなり来て。話聞いてくれてありがとな」

「いーよ、気にすんなよ。それにしても、確かに雨宮の言う通り暴力は良くないな」

「そうなんだよなぁ…。でも誰彼構わずって訳じゃあないし実際俺を助けてくれた訳だし…。言い過ぎたかなぁ」

「どうだろな。まぁ、お前はもう寝たら?疲れた頭で何考えてもネガティブな方いっちゃうだろ」

「んー。…今度何か奢る」

「プッチンしないプリン。プッチンするのも美味いけどもっとお高いやつ」

「任せろ。…ねむい」

本当に良い友人を持ったなぁ。
お言葉に甘えて、俺は用意された布団に入り目を閉じた。何だか物凄く眠いな、やっぱり疲れてたんだ俺。しょうがないよ、今日は色々…あったんだ、から…。



「全く、ホント無防備だよなぁ…。こんなんだから重くんとか変なのに目付けられちゃうんだよ?雨宮くーん」

つんつんと無防備な寝顔を指でつついても雨宮は一向に起きる気配が無い。まぁそう仕向けたんだから当然だけど。

さてどうしようかな。

このまま既成事実作っちゃってもいいんだけど雨宮セ○ムが怖いしなぁ。それにオレの勘だと、飲み会で通りがかったってのも多分偶然じゃない。

恐らく居場所は常に把握してあるだろうし、だとしたらここに来るのも時間の問題だな…。とはいえ鍵は頑丈だしオートロックだし、そう簡単には入って来れないだろう。

あーでも、ちょっとヤバいかなぁ。
けどこの寝顔見て我慢出来るか?ちょっとだけなら、ちょっと下触るくらいならギリいけるかな。そこからオレの理性がもつかは分かんねーけど。

全く、何がルームシェアだよ何が幼馴染みだよ。ふざけんなっての。どんだけ長い付き合いか知らねーけどそんなの関係無ぇし。

こっちは入学した時からずっと雨宮のこと狙ってたんだよ。セコ○が怖くて機会中々無かったけど。しかし重と喧嘩したらしい今は好機じゃないか?

何だかんだ甘い雨宮のことだ。会えばすぐにまた奴のことを許してしまうかも知れないが、その前にオレのものにしてしまえばいい。

すうすうと規則的な寝息を立てる彼は暫くは起きない。ごくりと喉を鳴らして雨宮のベルトに手をかけた、その時。

ピンポーン。

ちっ、思ったより大分早かった。確認しなくても誰が来たのかはすぐに分かる。
画面を見ると、予想通り。
こちらから応答しなければ向こうは開けられないが、実際にその姿を見るとやはり少し焦ってしまう。

その後何度も何度もインターフォンが鳴らされるが、やがてプッツリ鳴らなくなった。

諦めたのだろうか。
雨宮のスマホの電源は落としているし、その前に案の定入っていたGPSのアプリも削除している。とはいえまだまだ油断は出来ない。雨宮から幾度も話を聞いているが、奴はきっと蛇のようにネチッこい野郎だ。

しかし…鳴らないな。
もしかしたら本当に別の場所に探しに行ったのかも…?だとしたら、今しかない!

ピンポーン。

深く眠る雨宮へ再び手を伸ばすも、見計らったかのようなタイミングでまたインターフォンが鳴った。

しかも今度はマンションの玄関口ではない。自宅前の扉のインターフォンだった。

こいつ…オートロックを解除したのか?いやまさか、運良く誰かが通ったのを利用したのかも知れない。どちらにせよここだという確信は持っているみたいだ。

これは話に聞いていた以上に、厄介だなぁ…。

ピンポーン。

それから何度も鳴るインターフォンは一向に諦める気配が無い。が、ドアのロックも掛けているしこちらから出なければどうしようもあるまい。

執拗に鳴らされるインターフォンを無視してベルトを外そうとしていた、その時。

ガチャガチャ。

ん?
鍵が開けられる様な音がした。いやまさか、そんな訳は。専用の道具でも無きゃ開かない鍵だぞ。しかし…。

バキッ、ドッ、ガンッ!

明らかに何かを壊し、叩き割るような音が聞こえ、やがて土足のまま玄関から誰かが歩いてくる足音が聞こえた。

ひゅっと喉が絞まる。
嘘だろ、チェーンロックなんかよりもずっと頑丈なんだぞ…?まさかそれを、壊し…?

少しずつ恐怖に支配されていく身体に、背後から飄々とした声が更に追い討ちをかけた。

「章ちゃん迎えにきましたぁー」

「は、えーっ、と…重くん?何でここ、分かって、」

「お邪魔しまぁーす」

「あ、おい!勝手に、」

家主の制止も聞かず、土足で上がり込んで来た男は真っ先に雨宮の寝ている布団へと向かった。その一歩一歩が、ゆっくりではあるが確かに怒気を含んでいる気がしてならず、彼が歩く度ビリビリと空気が揺れる感覚に襲われた。

「章ちゃーん…寝てる」

「あ、ああ。何か色々あって疲れてたみたいで…。重くんと喧嘩したんだって?今日は帰りたくないって言ってたぞ」

「ベルト」

「え」

「茶」

「え、あの…」

「ふうん。やっすい薬。でも身体に害は無し、か」

「ひっ」

「まだ未遂だよね?」

「な、んの…こと…」

「俺ねぇ、さっき怒られたの。暴力は駄目だって。だからなるべく、もう章ちゃんを怒らせたくないんだよなぁ」

「そ、うなんだ」

「ね、未遂。だよね?」

「え、あ、あ…」

漸く雨宮から目を離し此方を向いた彼は無表情だった。しかし氷の方がまだ余程温かいのではないだろうかと思える程にその眼差しは鋭く冷たい。
その無表情の奥に、どれだけ恐ろしい化け物を飼っているというのか。

声にも眼差しにも彼が纏う空気にすらも言い表せぬ程の威圧感。それを本能が感じ取って、まるで蛇に睨まれた蛙の様にガタガタと身体が勝手に震え出していた。

「ベルト外そうとしてただけ?まぁそれだけでも十分アウトなんだけど」

「ちが、あ、その…」

「章ちゃんはまだ君のことトモダチって思ってるみたいだし、今何かしたらまた怒られちゃうな。また今度違う形で消すから今日は安心して?」

「消、すって…」

「だーいじょうぶ。章ちゃんの前からって意味だよ?じゃあ章ちゃん、連れて帰るねー」

壊れ物でも扱う様に雨宮をそっと布団から出してお姫様抱っこの形で抱え込むと、重は雨宮の荷物も持って部屋から出ていった。

何もされていないのに、想像以上の恐怖で失禁しそうになりながら壁際に凭れ掛かっていると長い足が近付いてくる。

ガンッ!と壁に穴が開く程の威力で顔のすぐ横を蹴られ、鼓膜が割れそうになる程の轟音が響いた。

最早その威圧感だけで足腰に力が入らなくなっていたのに更に追い討ちをかけるように、去り際に重が呟いていく。

「分かってると思うけど、今日のこと章ちゃんには内緒ね。…お前の本性も」

「………はい」

端正な顔に貼り付けられた爽やかな笑顔は、さっきまでの無表情よりも雄弁に彼の逆鱗に触れてしまったことを表していた。

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