mitei 深呼吸 | ナノ


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ルームシェアと言えば聞こえはいいが、実際経験してみると中々に面倒な事が多い。

それは相手がこいつだからなのかそれとも俺が共同生活に向いていない性格なのか定かではないが、それにしたってそろそろ一人暮らしというものをしてみたい。

家事は特に面倒ではない。それぞれの分はそれぞれで分担してやっているし、水回りなどの共同スペースの掃除は気付いた方がすることになっている。料理は早く帰ってきた方、布団を干すのは朝出るのが遅い方など…。

特に決めた訳ではないのだが、知らず知らずの内にそんなルールが出来上がっていたので家事の面においては何ら不便はない。

寧ろ掃除も料理も気付けば俺の分の洗濯も、一吹の方があっという間に片付けてしまうことが殆どなので、俺の家事の負担は圧倒的に少なかった。することと言えば自分の部屋の掃除くらいだ。

この野郎…一吹の作る飯は美味いし洗濯物は店の品物かってくらい綺麗に畳むし掃除も埃一つ残さない。朝は一人で起きられない癖に何故他は全て完璧なんだ。というか、何故そこまで完璧にこなせるのに朝一人で起きることだけは出来ないんだ。

とにもかくにも、家事の面において厄介な事は何も無いのだ。家事の面においては。

「章ちゃん、明日お弁当要るー?」

「要らん。学食。いつも言ってるだろ」

「…また、あいつと一緒に食うの」

「誰と何処で食おうが俺の勝手だろ」

「そうだね。分かった」

毎朝こいつよりも早く起きる俺が朝飯を作る分、晩飯は一吹が作ることが多い。別に頼んでいないのに、勝手に俺の分まで作ることもしばしばだ。
そうしてちょくちょく、昼飯までも弁当として渡してこようとすることがある。

お前はオカンかと突っ込みそうになるが、キッチンにちらりと見えたエプロン姿はオカンというよりお洒落なカフェバーとかの店員みたいだったので、何か悔しくて俺はぐっと口をつぐんだ。
料理する時だけ髪を結ぶから尚更だ。

そんな幼馴染みが作る飯は店のメニューかってくらい見た目も味もこれまた完璧で、俺の好みも熟知した味付けだった。
…こいつの料理は決して嫌いではない。
料理は。

作って貰った分はと、後片付けをしにキッチンへ入る。そんな俺の後ろからアサシン並みに気配を消して近付いてきた彼は黙々と洗った皿を拭き始めた。

何となく隣を見ると、下を向いたせいで垂れ下がった黒髪の間に長い睫毛と、それに縁取られた切れ長の瞳が見えた。

真剣な眼差しに一瞬どきっとしてしまったのは生理的な反応だろう。怖いんだよな、こいつの真顔。

俺はシンクに視線を戻すと、キュッと蛇口を締めて一吹に明日の予定を告げた。
先に言っておかなきゃ、こいつの事だから勝手に俺の分の晩飯まで作りかねない。

「明日飲み会あるから晩飯要らない」

「へぇ。誰と?」

「言う必要あるか?」

「無いねぇ」

「じゃ、悪いけどそういうことだから。俺の分まで作んなよな」

「はぁい」

「言っとくけど、迎えにも来ないこと」

「…はぁーい」

間の抜けた返事をすると、一吹は先に風呂に入る様俺を促した。脱衣所に入るともうバスタオルやら着替えやらの準備がされているがこれも今更驚かない。
俺の帰りが遅い時以外は頑として先に風呂に入ろうとしないのも謎だが、奴について考察し出すとキリがないので俺は何も考えず風呂に入ることにした。

「まぁ言わなくても知ってるからねー」

幼馴染みの呟いた言葉なんて露も知らないで。

「こいつは無害そうだな。ありゃあー…酔うとキス魔になるセンパイかぁ。これは要注意、と」

「一吹?風呂空いたぞー。何してんの?」

「明日の予定チェック」

「ふうん?」

風呂から上がるとソファで眉根を寄せながらスマホをチェックしている幼馴染みが居た。全く、観ないんならテレビ消しとけよな。

「章ちゃん、こっち」

「また?」

「ん」

俺が近付くとパッと顔を上げて両手を広げられる。近付くとぐいと引き寄せられて、そのままくんくんとまだ濡れている髪の匂いを嗅いでくるのだ。
こいつの前世は忍かと思っていたが、犬の可能性もあるな。

もう慣れてしまったんだが、この行為には一体何の意味があるんだろう。一度理由を訊いたことがあるが、「安心するから」と何とも釈然としない回答が返ってくるだけだった。

「なぁ、もう良くない?」

「良くない。もうちょい」

「使ってるシャンプーは同じなんだからお前も同じ匂いじゃんか」

「違う」

一吹に後ろから抱き抱えられる様にしてソファに座る風呂上がりの俺。ソファっていうか、一吹の上に座ってる気がする。そして何故か俺の後頭部に鼻を埋めて深呼吸する変人幼馴染み。

俺の頭ってそんな臭うのかな。もしかして結構臭い?この齢で加齢臭とか気にしたくないんだけど…。というかいつまで嗅いでるんだろうこの変人。

高い鼻が俺の髪から項、首筋まで下りてきた所でどうにも擽ったさが我慢できず、俺がバシッと頭を叩いて「いい加減にしろ」と一喝するまで一吹はこの謎の行為を止めなかった。今日はちょっと長かったな。

他の奴とルームシェアとかしたこと無いから分かんないけど、皆こんな感じなんだろうか。俺はもう慣れたけどやっぱりこの幼馴染みの考えてる事は一割くらいしか分からない。というか一割も理解出来ているのかも分からない。

「章ちゃん」

「なに」

「…んーん。おれも風呂入ってくる」

「ん。どーぞ」

表情があんまり変わらないから感情が読み取り辛いのも原因の一部かもしれない。
ただでさえ言葉数が少ないのにな。

立ち上がって風呂場へと向かう直前、伸びてきた細長い指にするりと頬を撫でられた。撫でた本人は無言ですたすたと風呂場へ入っていき、撫でられた俺は特に深く考えることもなく指先が触れた箇所を自身の指でなぞった。

スキンシップ好きなんだよなぁ、昔から。

でも何でだか俺以外の奴に触ってるのは見た事がない。そんなに人見知りだっただろうか。

…うーん。

長年の付き合いでもこいつの行動は不可解な事が多く、未だに解析不能だ。

全く、本当に謎の多い奴。

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