「って、あんなきらきらした空気があってたまるかっ!!」
「わっ、うっさ…。ちょっと音量下げてくんない」
俺の話の途中、大学の友人が食堂でダンッと机を叩いてキレた。突っ込みも大変だな。しかし周囲の迷惑になるので、もう少し抑え目でお願いしたい。
「ていうか、お前らめちゃくちゃ仲良しじゃない?だって小中高に大学まで一緒でルームシェアて…一時も離れたことないんだなぁ」
「羨ましいか?なら代わるか」
奴との生活を誰かが代わってくれるというのなら、俺は潔く全力で可及的速やかにこの身を引こうと思う。遠慮なんてしないでいいぞ。ていうかもうお金払うから代わって欲しい。
「止めろ雨宮、目が据わってるぞ怖い。羨ましいっていうかぁ…あの重くんだぞ?見てるだけでも目の保養じゃんか。何でそんな嫌がるのさ」
「何でってそりゃあ…」
言いかけると、何やら窓の外に人が集まり始めているのが視界の端に映った。大方予想はつくが一応ちらりと外に視線を移すと其処にはやはり見慣れたあの顔、姿があった。
寝ている時は分からないが立つと中々に背が高い彼は、集団の中に居ても頭ひとつ抜きん出ているので容易に見つけられてしまう。
朝は寝癖であちこちに跳ねていた髪も少し整えただけでまるで初めからそんな感じでセットされていたかのようなお洒落ヘアーに見えなくもない。
頬を染めた女の子達に囲まれながらもぼうっと中庭を歩くその顔は誰かを探しているようだった。誰か、なんて考えるまでもないのだが。
「入学当初からホント、重くん狙いの子が絶えないなぁ…。相変わらずすげぇ」
「お前だってモテるじゃんか」
「あんな化け物級と比べんなよ雲泥の差だわ。…本当、芸能人みたいだよな重くん。一緒に暮らしててちょっとはときめいたりしない?」
「しないね。羨ましいだろ、ルームシェア。だから代わってやるって言ってんじゃん」
重くん、というのは件の俺の寝坊助幼馴染みの名字である。重ねると書いてかさね。
同じクラスになった時は名前の順で席が近いこともよくあったなぁ…。
「代わらねぇってば。そんなにルームシェア嫌ならさ、もうさっさと彼女でも作っちゃえば?そんでその彼女と同棲すんの。そうしたら重くんとも離れられるんじゃないの」
「それが不可能であることはもう立証済みなのだ…」
「まさか…」
察しの良い友人はもう気付いたらしい。ごくりと喉を鳴らして俺の話に耳を傾けてくれた。
「あれは確か高校の初め頃…。何と奇跡的に俺に初めての彼女が出来たんだ」
「何と。重くんにではなく、か」
「俺にだよ」
言いたいことは分かる。常日頃あんな目立つ奴と行動を共にしているのだ、女子達の目線は当然の如くあの見目麗しい容姿の一吹に注がれる。そんな中でも、俺に奇跡的に彼女が出来たことがあったのだ。
その子とは委員会が一緒で、地味目だが可愛らしく話も合って、俺達は流れで付き合うことになった。
「何か…この先を聞くのが怖いんだが」
「おや、もう分かってくれたか友人よ」
そう、付き合うともなれば勿論登下校も昼休みも一緒に過ごしたい。しかし其処には常に…。
「待って待って、何か怪談っぽい話し方止めてくんない」
「俺にとってはほぼ怪談みてーなもんだよ。いいから聞いてくれ」
まぁ常に、というのはちょっと誇張した。
付き合い始めて一ヶ月くらいは彼女と二人きりで過ごしていて、平穏なものだった。
それがある時、いつの間にか一吹も登下校や昼休みに混ざることが多くなった。彼女と二人で居ると何ともナチュラルに会話に入ってきたり、さも当たり前の様に登下校を共にしたり…。前世は忍の類いかと疑うほどに何の気配も違和感も覚えさせず一吹は俺と彼女の時間に溶け込んでいったのだ。
彼女は一吹が居る事に関して、「いいよ」と優しい笑顔で許してくれていた。が、俺は日々苛々が募っていった。思春期のアオハルを思い切り邪魔されたのである。怒るのは当然の事だろう。
そうして追い討ちをかけるように、遂に決定的な出来事が起こったのだ。
「既にホラーじゃないか」
「だからホラーだっつってんだろ」
そう、初めて出来た彼女との初めてのデートの日。そいつは当たり前のように待ち合わせ場所に現れたのだ。流石に驚く俺と彼女。そして飄々と待ち合わせ場所に立っていた一吹。勿論デートの場所も時間も、俺は教えていなかった。
「え、まさかまさか」
「怖すぎだろ」
「怖すぎるわ!!で、結局どうしたんだよ。何か想像つくけど…」
「案の定彼女の方から別れを切り出されて、別れた」
「何と。まぁそうなるか」
「やっぱり疲れた、ってさ。でもその後…」
「まだあんの?!」
「何と俺の元カノは一吹に告白していたらしい。一緒に居るうちに俺じゃなくて、一吹の方を好きになったみたいだな」
「あわわ…マジかぁ」
「しかもその後」
「えぇ、まだあんの…?もうやだぁ」
両手を耳に当て、聞かざるの姿勢を取る友人を尻目に俺は話を続けた。もう終わった事だし俺は別に何とも思ってないんだけどな。
それでも…誰かに話したかったりして。
「俺に告ってくる奴が激増した」
「何で?!」
「俺と付き合うともれなくあいつが付いてくるって噂でも広まったんだろうなぁ。ちょっとでも一吹にお近づきになるならまず俺に…って感じで。まぁ全部断ったけど」
「雨宮、お前…。道化じゃん。何か超不憫」
「言葉のオブラートって知ってるか?」
まぁ否定はしないけども。
そうして俺の元カノに告白された一吹は、結局あっさりと振ってしまったらしい。
それには別に俺は驚かなかった。
昔っから男女問わず好意を寄せられる一吹は、その告白を一度も受け入れたことがない。理由は分からないが、彼はそれらを全て尽く振っていた。だからこそ直接では駄目だと判断した子達が俺に言い寄ってくるようになったのだ。しかし暫くするとそれはある時ぱったりと無くなり、高校生活の後半から俺はもう恋人も作らず平穏に過ごしていた。
勿論隣にはいつもあの存在があったが、俺はもう気にしないことにした。無視をする訳ではないが特に興味を示す訳でもなく、俺が一吹を空気として扱うようになったのはその辺りからかも知れない。
また、一吹が誰かを好きになったなんて話も聞いたことが無かった。従って、俺が知る限り奴に恋人が居た試しはないのである。
「へぇー。重くんあんなモテるのに意外だな。いや、逆にモテ過ぎると誰にも興味無くなっちゃうのかなぁ?」
「知らね。とりあえず俺から興味逸らしてくれれば何だっていいんだけど」
「じゃあもしお前に彼女が出来て同棲しても…」
「もれなくあのクソ美形も付いてきます」
「うわぁお買い得。って家電かよ」
はあぁっと長い溜め息を吐いた俺を憐れみの目で見つめながら、友人はそっと残していたプリンを分けてくれた。本当良い奴だな。
「…甘い」
窓越しから見つめる赤い視線に気付かない振りをしながら、俺は貰ったプリンを有り難く全部平らげてしまった。
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