mitei 深呼吸 | ナノ


▼ 9

友人から話がある、と突然呼び出されたのはそれからまた数日後のこと。

あれから何度連絡しても既読も付かないし大学でも会えなかったし、たまに姿を見つけてもふいと目を逸らされてしまったりと中々話が出来なかったので彼から連絡が来たことに俺は安堵した。

漸く話せる。話が聞ける。

何で俺を避けていたんだろう。やっぱり一吹と何かあったんだろうか。それとももしかしたら、俺が迷惑掛けちゃったことをまだ怒ってたりするんだろうか。

聞きたいことはいっぱいあるんだ。

あれから何度一吹に尋ねてもやっぱりはぐらかされるばっかりで何も詳しい事は聞き出せなかったけど、もしかしたら友人なら話してくれるかも知れない。

数日振りの連絡にそわそわしながら指定された場所に向かうと、大学でもあまり使われることの無い校舎のすぐ側にその姿を見つけた。

居た、久々に会えた。

暗い表情で俺を待っていた友人は俺が来ると意を決した様にパッと顔を上げ、俺が声を掛ける前に口を開いた。

「オレは、お前のこと好きだった。恋愛感情の意味でっ!」

「え、何、え?」

れんあいかんじょう。レンアイカンジョウ?

待ち合わせ場所に着くや否や突然そんな告白をされ、俺はピタリと固まってしまう。
脳の処理が追い付かず、鼓膜に届いた言葉を何度も何度も反芻してはその意味を理解しようと必死に考えた。

すき。好きって言った?俺もこいつのことは好きだけど、れ、レンアイカンジョウって言ったよな?
レンアイカンジョウってあの恋愛感情のこと?ラブの方?え、俺?何で?

案の定脳内は大混乱である。

それと今まで俺を避けていたことと、一体何の関係、が…。

瞬間、ちらりと脳内に浮かんだシルエット。

奴は俺の交遊関係には全く手出しをしないが、恋愛となれば話は違う。

いやまさか、まさか、な…。
え、いや、どういう事だ…?

「そりゃ困るよな。突然こんな事言われてさ…。ぶっちゃけオレは、初めからお前のことオトすつもりで近付いたんだよ」

「お前何言っ、おとす?え?」

単位の話…?じゃ、ないよな勿論。
俺が頭上に大量のクエスチョンマークを飛ばしている間にも、ふっと自嘲染みた笑みを零して友人は続けた。

「でも気付いちゃったんだよな。お前いっつも重くんの話ばっかするし、ぶっちゃけもう疲れたっていうか」

「え、待って、全然ついてけないんだけど」

「トモダチごっこは終わりってこと。…オレもお前に酷いことしちゃったし、もう近付かないから。もっと簡単にヤれそうな別の奴狙うわ」

トモダチ、ごっこ?
待って待って、理解が全然追いつかない。えと、出会った時からこいつは俺の事恋愛対象…つまりキスしたいとかそういう意味で好いてたってこと?
それでえっと、そこで何で一吹が出てくるんだ?疲れたって、俺に?それともあいつに?

こないだのあの怯えっぷりからして、やっぱり一吹に何か言われたとか?

あれ、でも待てよ…。俺、こいつに酷い目に遭わされた記憶なんて全然無いんだけど?それどころかめちゃくちゃお世話になった記憶しかないんだが…。

余りにも状況が理解出来なさ過ぎて最早眩暈さえしてきた俺を背にして、友人はさっさとその場を後にしようとした。
ガサッと草を踏む音がする。考えるよりも先に身体が動いて、俺の手は勝手に友人の服を引っ掴んでいた。

「ちょちょちょっと待ったぁ!!」

「離せっ!袖引っ張んなよっ!」

「それ本心?全部お前の本心かっ?!」

「そうだよ!何か悪いかよ!!」

「悪いわ!勝手にぶちまけて勝手に終わらせようとしてんじゃねぇぞこの意気地無しが!」

「はあぁっ?!誰が意気地無しだ!」

「俺はっ!友達としてお前のこと好きだ!けど恋愛感情は無い!ゴメン!」

「引き留めといて結局振るのかよこの鬼畜!なら離せってば!オレはもうお前と関われ…関わらないのっ!」

言いたい事だけ言って全力で俺から逃げようとする友人を必死で引き留めた。突然告白されて驚いたけど、確かに俺はこいつに恋愛感情は無いしそれなのに引き留めるなんて無神経かも知れない。
だけどそれでも今この手を離しちゃいけない気がしたし、離したくなかった。

だってこいつの言っている事は八割くらい真実でも、二割くらいは嘘が混じってる。何があったのかは全然知らない俺だけど、俺に関係することなんだから知る権利くらいある筈だ。そうだろ、なぁ。

この友人の必死さにお前が無関係な訳ない事もお見通しなんだからなっ!幼馴染み舐めんじゃねぇぞっ!

「マジでざっけんなよ…。おい一吹ぃっ!居るのは分かってんだよ出てこいっ!!」

「ほーい。バレちゃったかぁ」

両手を挙げて降参のポーズで校舎裏から現れた幼馴染みは悪びれる様子など一切無く、いつも通りの飄々とした顔で俺の所まで近付いてきた。
一歩、また一歩と一吹が近付く度に友人の肩がビクリと揺れ、一刻も早く離れようと俺を振り解く力も強くなる。しかし俺も逃がすまいと服を握る手の力を強める。

これは完全に俺の我儘だけど、これではいさよならなんて嫌だ。
どうでもいい人間のことは本当にどうでもいいが、お前はどうでもいい部類じゃ無いんだよっ!

遂に一吹が手を伸ばせば届く所までやって来ると、友人は観念した様に力を抜いて俯いた。その後ろ姿は、まだ少し怯えている。
俺はそれでも彼の服を掴んだまま、ぎろりと一吹を睨み付けて問い質した。

「お前こいつに何言った?」

「二度と章ちゃんと関わるな…的な」

この状況ではぐらかしても無駄だと判断したのだろう。家でどれ程問い詰めても答えなかった一吹があっさりと自白した。

「何でっ!!」

やっぱり何かあったんじゃないか。きっとあの日、俺が酔い潰れて運んでもらった日に何かあったんだ。
何らかの形でこいつの俺への気持ちが一吹にバレたからか?高校の時もそうだった。

友愛なら良くて、恋愛なら駄目なのか?
何でそこまで口出しされなきゃならないんだ。ただの幼馴染みなのに!

いや、俺にこの友人への恋愛感情は無いけども。無いけども!

「オレが悪いんだよ!オレがあの日、」

「あの日酔った章ちゃんから電話が来たから、おれがこいつん家まで迎えに行ったの」

「え、重く、」

「そしたらこいつが章ちゃんに覆い被さってたの。で、よくよく聞いたら酔っ払った章ちゃんが執拗に絡んできて事故でそんな体勢になったって言うじゃん?」

「え、嘘、マジで?」

「言ったら章ちゃん絶対恥ずかしがるかと思ったから秘密にしてたのにね。純情なコイゴコロ弄ぶなんてさいてー」

一吹が淡々と事情を説明しながら、俺へと手を伸ばした。
友人の服を掴む俺の手をそっと剥がして、宥めるように手の甲を擦る。その手の冷たさに場違いな居心地の好さを感じながらも、俺は友人の背中を見つめていた。

「本当、なのか…?今の話」

「えと、………おう」

まさか押し掛けて愚痴りまくったあげくそんな醜態を晒していたとは…。我ながら恥ずかし過ぎる…!
あれ、だから俺避けられてたの?そんな事があったなんて、そりゃあ気まずいわ…。俺に対して恋愛感情があったなら、尚更。

じゃあ俺って超無神経野郎じゃない?!
デリカシー無さすぎだろ!

ん?いやちょっと待てよ。

「じゃあ何でそこで一吹が出てくんの?二度と関わるなとか、何でそんなこと言ったの?」

「そりゃあ同じ事が二度と起こらないなんて言い切れないでしょ。そうなったら可哀相じゃん」

「な?」と一吹が友人の肩にポンと手を置くと、少し間を置いて友人が気まずそうに頷いた。

成る程、それで俺とこいつを遠ざけようと…。うわぁ、俺めっちゃ恥ずかしい奴じゃん、マジで無神経クソ野郎じゃん…。

「ゴメン色々…。ほんっとゴメン!!今度プリン以外も奢るから…。ってそういう問題じゃないか!マジで悪かった!ゴメン!!」

「や、あの、オレは大丈夫だからその…。オレの方こそ、ゴメンな」

「何でお前が謝るんだよ?悪いのは全面的に俺だろ」

「いやいや」

「いやいやいや」

「はいストーップ。章ちゃんおれの荷物取ってきて。教室に置いて来ちゃった」

終わりの見えないゴメンの攻防を制して一吹が俺の背中をぐいと押した。

「何で俺が。お前自分で行けよっ」

「おれは今からこいつと仲直りするから。察して。二人にしてくんない」

「え、そうなの?そっか、空気読めなくてゴメ、」

「早く行ってクダサーイ」

「分かったってば押すなもう」

一吹にぐいぐいと背中を押され、追い出されるようにして俺はその場を後にした。
二人きりにして大丈夫だったろうか。上手く仲直り出来ると良いんだけどなぁ。

すごく気になるけれど俺も俺でまだ状況整理し切れてないし、何せ話で聞いた俺の醜態が恥ずかし過ぎて気まずいし…。
とりあえずさっさとあいつの荷物を取ってくるとするか。



「あの、重くん…」

「気が変わった。章ちゃんがあんなにお前に執着してるなんて思わなかったなぁ」

「まさかオレのこと、許して…?」

「許す?あはっ、面白い思考回路してんね。オトモダチに薬飲まされて襲われかけたんだよーって言えば良かったかな」

「ひっ、ごめ、」

「うぜぇからおれに謝んないで?消すよりもっと良い方法思い付いたんだ。だからまだもうちょっとだけ続けてていーよ。オトモダチごっこ」

「…え」

「あ、でも章ちゃんに指一本髪一本でも触れないでね。いつでも見てるから、ね」

漆黒から覗く褐色の瞳はゾッとするほど美しく、そして無機質だった。目の前の人物を見ているようでその実何も映してはいない様な眼差し。

心臓がぎゅっと握り潰される様な感覚にどくどくと冷や汗が止まらない。

地球の重力が一気に増したかのようなその感覚に足がガクガク震えて、動けない。
一刻も早くこの場から逃げねばと心臓が警告するのに、身体が言うことを聞いてくれない。

そんな地面に縛り付ける様な威圧感を放ちながらも妖しげに光る瞳が逸らされる事は無かった。

彼が戻ってくるまでは。

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