mitei 祓魔師パロ | ナノ


▼ 6.we are the one.

「はあ…」

一向に片付かない紙の束とペン先を見つめながら、本日何度目か分からない溜め息が零れる。

「だめだ…なんかだめだ…」

特にどこが痛いでもしんどいでもない、嫌なことがあった訳でも生活費がヤバい訳でもない。でも「なんかだめだ」っていう言葉だけが頭の中をぐるぐるして、俺はついにペンを置いた。
昨日祓った悪魔の報告書、まだ全然途中だ。予約がある薬もまだ半分もできてない。

薬は作らないとお客さんが困るな…。
報告書は…あいつらは低級だったしただの迷子みたいだったから、祓ったというより魔界に返したって正直に書いたら怒られるかなぁ。怒られるよなぁ…。それにしても最近ちょこちょこ人間界に来る悪魔が多くなった気がするな。気のせいかな。

あーあ、めんどいな。もう全部めんどい…。
何でこんなことになってんだっけ。日が傾き始めている外を見た。窓、こないだ補修したところなのにもう一部傷んでる。あいつが爪研ぎに使ったようだ。あとで直させてやる。

あいつ。あいつ…どこ行ったんだろう。毎日毎日鬱陶しいくらい俺にベッタリで、家にいる時は一日どころかほんの数時間でもあいつの姿を見ないことはなかったのに。思えば昨晩くらいから姿を見かけていない。

猫になってその辺で昼寝でもしてるのかと思えばどこにもいないし、呼びかけても返事もないし、朝だっていつもなら俺のベッドに勝手に潜り込んでくるくせにそれもなくて、今朝は不自然に早朝に目が覚めた。別に寒い季節ではないけれど、独りのベッドがやけに広く寒く感じたのは間違いなくあのヘンタイ悪魔のせいだ。
それから奴の気配すら感じることもなく昼間が過ぎ、夕方になって、今に至る。

普通にその辺散歩してるとかだと思うんだけど、出逢ってから今までこんなに会わないことってあったっけと思い出してみる。あったわ。全然あった。俺が協会に顔出さなきゃいけない時とか、色々。でも一人で眠るのは久しぶりだったかも…。だからなのか、ほんのちょっと寝不足な気がする。一人のベッドとか食卓とか、一人で迎える朝日とか。ちょっと前までは、それが普通で日常だったのに。

多分寝不足だ。それでこんなに気分も落ち込んじゃうんだ…。昼飯食ったかも覚えてないや。
…とりあえず、あいつ帰ってきたらいっぺん殴ろう。

それにしても本当どこ行ったんだ…。疲れと怠さとさびし…いや違う、とにかく色々で殴ろうだなんて理不尽な考えが浮かび、それを払拭するようにううんと背筋を伸ばす。それから何とはなしに窓から差し込む西日を追っかけて、ふと視線が一点に釘付けになった。

何あれ。何あの、不自然な影。
俺が視線を止めた木製の床には、明らかに不自然なまあるい影…みたいなのがあった。上には何もないし、周りには雑多に薬学や医学の本が置かれているだけ。あんな影ができるような遮蔽物は周りにはない。それに何だか、影っていうより…。

その影みたいなものをじいっと観察しているとやがて影が水のようにとぷりと動いた。真っ黒い水面のようなところから何かがぬっと現れる。手、みたいな。その手が黒くない古い床板に手をついたかと思うと、湖から這い上がってくるみたいに身体全体が露になってきた。

「よっこいしょーっと」

「なっ、おまっ、え!?」

「あぁおれのサワくん半日とちょっと振り!!!」

実は影から奴が出てくる寸前、ピクリと身体が気配を察知して一瞬身構えたものの、すぐに力が抜けた。それがすっかり慣れてしまったものだったからか寧ろ安堵すら覚えた自分には、気づかなかったことにする。

「フジクラお前、今までどこ行って…というかあれ何、床汚すなよ」

「会いたかったダーリンッ!!!」

「おわっ、聞けよっ!!!」

呆れて床を見つめていると影から出てきた奴は飛んでくるように俺に抱き着いてきた。いや、飛んできた。上半身を出して俺に気づいたフジクラは、俺を見つけるやいなや実際に浮いて出てきたし、そのまま飛んできやがった。そんなに距離があった訳ではないのにその勢いで来られたら吹っ飛ぶのでは、と心配するも杞憂だったらしい。俺が吹き飛ばされることはなく、そしてもちろんというかどこも怪我をすることなくこの俺より大きな身体を受け止められているのは、ひとえにこのヘンタイ悪魔の魔力だろう。床にあった真っ黒い影もすっかり消えている。色々と腹が立つが、鼻腔を擽った匂いにまた安堵してしまう俺も俺だ。

さっきまでの「もうだめだ」はどっかへ行ってしまった。こいつには言わんけど。

「はぁぁあああ会いたかったぁぁあ」

「どっか行ってたのはお前だろ」

「はっ!寂しかったよね、ごめんね!!書き置きすれば良かったね!?」

「いや別に、大げさな…」

寂しくなかったことは、なくもない…けど。絶対言ってやらん。殴りはしないけど、まだちょっと腹立つから。

椅子に座る俺のお腹に両腕を巻き付けたまま、ふわりと明るい色の髪を揺らして悪魔は微笑った。頬が僅かに紅潮して見えるのは、気のせいってことにしときたい。けれど…。

「そっかそっかぁ、ふうん、へえー。そんなに寂しがってくれたんだぁ」

「何も言ってないけど?」

「一人で眠るの寂しかったの?朝ごはんも…そっかぁ。ごめんね、もうしないよ」

「言ってないけど!?」

「読んだ」

「読むな!」

まるで酔っ払いみたいにふわふわとした彼はこてんと小首を傾げて言った。つまりは俺の心を、読んだのだ。何と質の悪い…。それにしてもなんだ、本当に酔っ払いみたいだな。いつもふわふわしてるけど、こんな感じだったろうか…。マジでお酒でも飲んできたとか?いやでも、こいつは人間のお酒なんかじゃ酔わないはずだし…。

「なぁ、本当にどこに行ってきたの」

「えー?知りたいー?」

「殴りたい」

「やだ、積極的」

「うっぜぇ…」

「すいません、言いますから、その目はやめて…」

あ、ちょっと目が覚めてきたらしい。良かった。というかいつまで俺にしがみついてんだろう。掃除してるとはいえ、床は土足で行き来するから土も付いちゃうだろうに。そう思ったのがいけなかったのか。

「おれの心配してくれるマイダーリンまじイケメン…分かったベッド行こう」

「行かない」

「あ、ひゅいまふぇん…」

すっと立ち上がって俺を横抱きにして、颯爽とベッドに向かおうとするもんだから思わず手が出てしまった。殴ったんじゃない。つねったんだ。それも思いっきり。

とりあえずベッドじゃなくて、椅子に彼は腰を下ろした。そして俺を自分の膝に下ろした。何でやねん。そこはつい今しがたまで俺が座ってもうだめだって溜め息吐きまくってた椅子だ。それがどうしてこんな謎の姿勢になった。ふと見上げれば、さっきまで見下ろしていたはずの綺麗な顔がある。本当顔だけは綺麗なんだよな、顔だけは。

話が一向に進まないのでこの体勢については一旦置いておくことにして。

「別に言いたくないならいいけど、いきなりあんな床から出てこられるとびっくりする」

「だよねごめん。寂しかったよね」

「微妙に噛み合ってないなぁ」

はぐらかされてんのかな、とちょっと心配になってきたところで彼が人差し指を俺の唇に当てた。また勝手に読んだらしい。いつもはそんなことしないくせに。本当のところは知らないけれど。

「きみに隠し事なんてないよ」

「あってもいいけど…」

「話させておねがい、いちいちキュンとさせにこないで、今めっちゃ我慢してんだから」

「きゅん…?何言ってんだお前」

「頑張れおれ…」

体勢には突っ込まなかったのに一向に話が進むどころか始まらない。これって俺のせいなのか。まあいいや、訊いてみるか。だって本人めっちゃ訊いて欲しそうだし。

「そんで、どこ行ってたの」

「もっと拗ねた感じで」

「いいから言え」

「あ、珍しく高圧的な感じも良い…」

「言え」

「すいません。ちょこっと里帰りしてました」

「里帰り?」

「うん、魔界」

「まかい」

そういやこいつは悪魔だった。それで里帰りっていうと、そりゃあそうか。え、あれ?そもそもこいつって悪魔だっけ。猫じゃなかった?うん?猫…?あくま…?

「混乱するダーリンかわいいー」

「スリスリすんな、くすぐったい」

「ネコはきみだろ」

「祓うぞ」

「すんません」

実際の力量差からいうと俺がこいつを祓うことは無理なんだが、どうにもこの悪魔は俺の言うことに弱いらしい。しゅんと今は生えてもいない尻尾が下がったように見えた。やっぱ猫だ。

「きみだけの猫ですよ」

「続けろ」

「はい。あんね、なんか今魔界でおれのこと噂になってるらしくてー」

「この体勢で続けるのか」

遂に我慢できなくなって突っ込んでしまった。
膝の上に俺を抱えたまま、顔を寄せて猫の時と変わらない距離感でスリスリしてくる悪魔とは思えない男、本当に全世界で指名手配されるような最上位の悪魔なのか疑いたくなるが、それは間違いないらしい。…本当かなぁ。

「ホントだよ。そんでね、何でかおれが人間側についたんじゃないかって雑魚ども…みんなざわざわしててねー」

「雑魚ども…」

「コホン!それで何やかんやあって魔界で軍を上げて人間界に攻め込んで、おれを取り戻そうって話になってたらしくてさぁ。マジ迷惑もいいとこだよねぇ」

「へぇー。………ん?はっ!?なんて!!?」

「あ、ちょっと声大きいけどサワくんの声で鼓膜破れるんなら…」

「うっとりすんなヘンタイ!」

めっちゃ大事じゃん!!そういや協会でもここ最近魔界の動きが活発になってきてるって、だから気をつけろって、議題にも上がってた!こいつが絡んでたのかよ!というか原因お前かよ!!

「どうすんだよ、お前魔界に取り返されるのか?あれ、それとも裏切り者ってことになっちゃうのか…?」

「落ち着いてダーリン、おれは大丈夫だよ。もう片時も離れないよ」

「片時くらいは離れろよ、というか話!」

頬に寄せられる唇を押し退けながら、話の続きを促す。こいつはさらっと話すが、中身はかなり大事だ。国全体、もしかしたら世界全体に関わる危機かもしれないってのに。

「んーだから、無駄なことはやめてねーって、ざ…みんなにお願いしに行ってたんだよね。本当はもっと早く帰る予定だったから書き置きもしなくて…。きみが寝てる間に片付けようと思ったんだけど、時間かかってごめんね!」

そんな「テヘッ☆」みたいなテンションで言われても…。というかお願いってなに。こいつ何してきたんだ魔界で。まさか同胞に…。

「まさかまさか!穏便に、話し合いしてきただけだって!」

「…ホントに?」

「………大体」

「ふうん?」

大体、ね。

「そういやほらコレ。預かってたんだ。忘れるとこだった」

「これ…紙?」

どこからかフジクラが出したのは古びた紙の端のようで、黒いインクでくるくるした文字のようなものが書かれていたんだけど…。

「全然読めん」

「要約すると、逃がしてくれてありがとう、みたいな」

「へっ?」

「サワくん昨日、森でまぁた雑魚…低級悪魔逃がしたでしょ?それ、そいつらから」

「そっか。そっかぁ…」

無事だったんだ。あの猫みたいな耳を生やしたほとんど猫みたいな悪魔たち。無事だったんだなぁ。俺が紙をしみじみ眺めながらホッとしていると、突然紙がボッと現れた青い炎とともに手元から消えた。熱くもなんともなかったけど、思わずキッと彼を睨みつけてしまう。

「お前…何してくれてんだ」

「燃やしてないもん、仕舞っただけ」

「どこに?」

「なぁいしょ。見たいなら、また出してあげる。…けどさ」

「んだよ」

「…おもしろくない。おれ以外にそんなカオしないで」

「はぁぁぁあ…。どんなカオだよ。ていうか紙に嫉妬って」

大きな溜め息とともにたまたまそこにあった肩に頭をもたれさせると、ヘンタイがちょっと喜んだ。が、無視した。そういや俺は疲れてるんだった。なのにこんな規模の大きい話を聞かされて、変な嫉妬されて、頭の処理がちょっと追いつかないんだ。

子どもにするみたいに俺の頭をよしよし撫でながらフジクラは、顔を覗き込んできた。赤い瞳にはほんのり心配するみたいな色が浮かんで見える。一滴の赤もついてない頬はやっぱりまだ色づいて見えるが、それ以外はほとんどいつも通り、綺麗な肌だ。怪我、してないみたいで良かったな…。

「おれの怪我の心配してくれるダーリン最高。でも大丈夫。みんな分かってくれたよ?人間界には手を出さないって誓約…じゃねぇや、約束してくれたからさ。…はっ、それにしてもアイツら、この生活を脅かそうなんてマジでいい度胸してるよなぁ。サワくんの仕事も増やしやがって…羽もむしってやればよかった」

「フジクラ…」

「あ」

「お前、そんな悪魔みたいな表情もできたんだな」

「テヘッ☆やっちゃったっ!」

だから可愛くないんだわ、それ。下から見ると魔王みたいだったって言うとフジクラは吹き出すように笑った。一瞬見えた魔王感は欠片もなく、いつものへらへら顔でまた安心した。

それにしてもそんな大事になっていたなんて。人間界と魔界の危機じゃん。しかもそれを一人で、たったの一晩とちょっとで解決してしまうこいつはマジで何者なんだ。

「きみのハニーですけど。寧ろ一晩とちょっとかかったせいでお疲れサワくんを癒せなくてごめんね」

「いやいや、そんなことよりさ…。いくらどうにかできるからって、今度からは一人で抱え込むなよな」

「………」

手を伸ばして猫みたいなふわふわの髪を撫でてやると、赤い瞳が見開かれた。綺麗だ。外の夕焼けよりも、ずっとずっと。
頬の紅さも大分元の白に戻ってきたらしい。まだほんのり赤いけど、これは通常運転の方。

さっきまでのフジクラのふわふわした様子に似たものを俺は知ってる。悪魔が戦闘を続け高揚した時になる、一種の酩酊状態だ。そんな状態に、仮にも最上位ランクの悪魔であるフジクラが簡単になるはずがない。こいつは言わないけれど、「穏便な話し合い」とやらをするために一体どれ程の悪魔を相手にしたのだろう。俺には想像もできない。だからこそ。

「巻き込んでよ、俺も。力になれるかは分からないけど。ちょっとは相談するとか、もっと色々方法が…んぅっ!」

「…はぁ、今のはサワくんが悪い」

湿った吐息が唇を掠めていった後、赤い瞳が俺だけを映して潤んで見えた。いつかこいつは言った。俺以外の有象無象なんてどうでもいいと。それはどうなんだと思わなくもなかったが、正直なところ…そのひたむきさに絆されかけている俺自身も結構ヤバいんじゃないかと思ったり…思わなかったり。というかひたむきって言うのかな、そういうの。多分違う気がする。

「ひたむきだよ。きみが言うなら」

「読むなよ…」

「今度からは、もう今度なんてないと思うけど…もし何かあったら、ちゃんと頼るから安心してね」

「胡散臭い」

「さあさ、お風呂に入ろう!」

「元気出たみたいで、よかったな」

「…サワくんもね」

「まぁ風呂は別で入ろ、」

「さぁ行こう!」

「話を聞け!」

帰って来た時の「すっげぇ疲れました」オーラは大分マシになったらしくて、本当に良かった。顔には出さないようにしてたって、俺には分かっちゃうんだからしょうがない。そして俺も、こいつのことは全然言えないらしい。

お互いに会えなかったのが寂しかったとか、側にいないとそれだけで不安になっちゃうとか、どれだけ強いって分かってても怪我してないか心配になっちゃうとか。言葉にしなくても伝わってしまうのが恥ずかしい。心を読めるとか読めないとかはきっと関係なくて、一緒に生活してるせいか色々と似てきてしまったんだろうな。ということにしておく。

ちなみに宣言通り片時も俺を離してくれなかったせいで狭い風呂にはまた二人で入ることになった。そうだ、あの窓、直してもらわなければ。

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