とある世界のとある国。
人里からちょっと離れた町外れに、とても趣きのある小ぢんまりとした教会がありました。
そこに住む少年は普段は薬師として生計を立てており、明るい茶色の毛を持つ猫(仮)と一緒に暮らしておりました。
背格好は小さめで触りたくなる短い黒髪に凛とした顔をした少年、普段はとても真面目で超がいくつも付くようなお人好しであり、運動神経がとても良く仕事もテキパキとこなし、その優しいがすぎる性格からかお客さんには大層気に入られ色んなものを貰い、あからさまな好意を向けてくる奴もいて毎回邪魔に入るのが大変なほどではあるけれど、普段のキリッとした表情もたまにするふにゃっとした笑顔も筆舌に尽くしがたい程愛らしく正直ずっと腕の中に閉じ込めときたいなーと思わせてしまう魔性の魅力の持ち主だからこれはモテるよなぁと納得もしてしまうのだが、それは別としてやはり鈍感すぎる彼は見ていて恋人も心配で過保護になるというものである。
まぁそういうところ全部ひっくるめて彼なので、悪魔の恋人はその美貌含め己の持ち得るもの全てをもって彼を守るだけなのだが。あ、これネタバレじゃん。
さて気を取り直しまして。
その魔性の少年の名はサワといい、実は裏で悪魔なるものを祓い人々を守る祓魔師としても活躍しておりました。
その彼がある日道端で弱っていた猫(仮)を助けてからというもの、紆余曲折あってサワはその猫(仮)と暮らすこととなるのですが。
ところがびっくりその猫(仮)の正体は実は割と強い悪魔であり、やがて少年と助けられたその悪魔は誰も付け入る隙の無いくらい相思相愛でラブラブな深く愛し合う仲となったのです。
めでたしめでたし…って、おぉっとぉ!
「うわ、恋人の顔に向かって石ころ投げるひといる?泣くー」
「お前が悪い。というかほぼ避けただろ、わざとらしく痛がんな」
「ひどい…サワくんお手製の傷薬をおれの膝に乗って塗ってくれないと治んない…」
「どこもなんもなってないだろ。ていうか!勝手におかしなナレーションつけるな!!」
「ナレ…なんのことだろう。さっぱり分かんないなぁ」
「このやろ…」
反射的に避けてしまったとはいえ、サワくんが投げたものなら石でも当たっておくべきだった。まぁ彼は俺が避けることを見越して投げたんだろうけど。
こないだ薬草摘みの最中に下級の悪魔が出た時、俺が出る幕も無く彼がその辺にあった石ころでそいつを祓ったのを見たけれど、あれとは威力が比べ物にならないもんなぁ。
「というか!俺は別のことでも怒ってるんだけど!」
「心当たりが無い」
「嘘を吐くな。お前、まぁた俺に変身してお客さん追い払っただろ」
「ワカラナイナァ」
「三日間、口利かないの刑」
「すいませんでした」
最上位の悪魔である俺には聖水もあらゆる魔術も効かないけれど、唯一めちゃめちゃ効くものがある。サワくんだ。
彼が不足するとマジで元気出ない。というか、三日どころか一日、いや半日でも口を利いてくれないのはキツイ。無理だ。
彼に嫌われるとか無理すぎるとしかいいようがない。どんな魔術より、世界中の祓魔師が集まっておれに攻撃してくるよりも遥かに無理だ。威力が半端ない。
サワくん不足はそれくらい深刻なのである。いやマジで。
それをついに学習したらしい鈍感な彼。今更過ぎる。でも好きだ。
あ、割と怒ってらっしゃる。そんな顔も…とか今言ったら本当に無視されそうなのでぐっと堪えた。
「で、何でそんなことしたわけ」
「えぇっと、どの客の話?一週間前の太った婆さんかな?一昨日の顔も忘れた奴?昨日の奴かな」
「全部だよバカ!!」
「えー」
「えーじゃない。何でそんなことしたんだよ」
「だってぶっちゃけもうキャパオーバーじゃんと思ったので」
「え?」
気づけば正座して、彼に見下ろされる形で正直に話した。サワくんの仕事する姿は好きだ。活き活きしてるし、誰かに頼りにされて頑張る姿も可愛いし格好良い。
こないだいつかの市場でおれと出会った少年も、彼のおかげで笑顔になった。それで彼も笑顔になった。そういうところも、最初は不思議でしかなかったけれど今はとても好きだ。
けれどおれにだって譲れないものはある。サワくんだ。
「おれ知ってるよ。昨日も一昨日も夜中こっそり起きて調合してたこと。もう十分向こう三ヶ月は生活するにはお金も足りてるのに、頼まれると断れないこととか」
「う…」
「正直、まぁこういうことを言うと怒られるのは分かってるんだけど、その辺の有象無象なんかおれにはどうだっていい。サワくんの身体に障るんならおれが排除する」
「排除って、お前…!あの人たちは本当に困って、」
「ない。あいつら、困ってないよ。嘘だよ」
「嘘って…。なんでそんなこと分かるんだよ」
「心読めるから」
「あ、あー。でも…」
目元を覆ってあーとかううんとか唸りながら考え事をしてるサワくんの腕を引っ張ると、いとも簡単におれの膝に乗った。さっきより随分近づいた顔を覗き込むと、目の下に隈がある。
本当は、ずっと分かってたけど。正直おれもここまでかなり我慢したんだ。本当ならこんな隈すら作らせたくないし、ほんの少しも無理をしてほしくない。
でも、限界があるから。
人間には、おれたちよりずっと近くに限界があるから。
「一週間前のババアは、本当は腰の調子が良かった。でも新しく買った服をただきみに見せたかっただけ。腰痛に効く薬草は今すぐは必要じゃない」
「まじで」
「まじ。そんで一昨日の奴は興味本位。町で噂の腕の良い薬屋ってのがどんなのか気になったらしい、アレも薬屋みたいだから」
「…そっか。顔忘れたのによく覚えてんな」
「一応ね。それで、昨日の奴はちょっと熱があるとか言ってたけど仮病だよ。きみが目当てみたいだったから、振っといた」
「そっかぁ。え、なんて?」
「告白される前に、『俺には格好良くて頼りになる大好きな恋人がいまーす』って言ったら半泣きで帰ってった」
「おま…。何してくれてんだ色々と…」
「おれのこと怒っていいよ。でもこれは譲れないし譲らない。休んで」
「フジクラ…」
「きみが大事なんだ。それ以外はぶっちゃけマジで心底どうでもいい」
「お前、良い事言ってんのか最低なのか分かんないぞ…」
言いながらサワくんが未だに正座したままのおれに身を預けてきた。しんどいのかなと思ったけれどちょっと眠いみたいだ。良かった、ならおれの腕の中で眠ればいい。
本当はずっとそうして、ふたりだけの世界で誰の邪魔もなく静かに過ごしていたい。
なのに知ってしまったから、きみが大切にしているものもきみ自身なんだと知ってしまったから。
おれは悪魔らしさも自分らしさも捨ててきみを守ると決めた。自分らしさを捨てられているかは一旦置いておくとして。
「だって無理しないでって言ってもどうせ聞きやしないんだろ。ホント、厄介なにんげん」
「お前だって、何だかんだいってちゃんと薬が必要なひとは追い払ってないんじゃないの」
「さぁ。きみに嫌われるのだけは嫌だからなぁ」
「…ゴメンな、怒ったりして。心配してくれてるの、本当は知ってたのに」
「ならもっとご自愛して。本当に閉じ込めるよ?」
「それはちょっと」
「自分を愛するって難しいのはわかるよ。でも愛して。おれが、愛するのと同じくらいとは言わないから」
「お願いだよ」と抱き締めると、背中に腕が回った。ゴメンね、ちょっとだけ嘘を吐いた。
自分のことを愛してほしい。おれのことも愛してほしい。おれがきみに渡す愛と同じくらいだなんて望まないから。
嘘だよ。おれと同じくらい愛してよ。おれのことも、きみ自身のことも。もっともっと、せめておれがきみを想うのと同じくらい。それ以上でもいい。
こんなのエゴで、愛じゃないかもしれないけれど。でも、本当は同じくらいを願ってしまう。
「フジクラ、ごめんな。…だ、」
「だ?」
「だ………いすき、だよ」
「………」
「………あの、だから、えと」
「ちょっと、倒れてもいいですか」
「は?え、なに、おい、フジクラ!?」
「おれも………」
あいしてるよって言いたくて、でも出なかった。言葉が出ないってこういう感じか。だいすきって…。一言の力がすごい。サワくんを抱き締めたまま、ふたりして後ろに倒れ込んだ。腕の中から彼が心配そうにおれを見るが、表情を見て一瞬で呆れた顔に変わった。
ちょっとひどくない?恋人に対してその態度はさぁ…。すげーずるいじゃん…。
すごい、効力だな…。
「ねぇ、三ヶ月くらいバカンスしない?ふたりっきりで」
「だぁめ。仕事あるし」
「どっちの」
「両方」
「おれとしごとどっちが大事なの」
「全部大事だよ。でも」
耳元でそんなこと言われたら、何もかも許しちゃいそうだからやめてほしい。おれの恋人さんは、本当に魔性かもしれない。
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