mitei 祓魔師パロ | ナノ


▼ 4

俺たちが暮らす古びた教会から馬車でおよそ一日程の距離にある街。
その大きな街のとある市場で、ものすんごーく貴重な薬草が、ものすごーい高値で出品されるらしい。

二、三年に一度あるかないか、かなり気紛れな店主による気紛れな薬草の展示会。そこに彼が欲しがるお目当ての薬草があるのだとか。
それを聞いた時俺は薬草にも展示会とかってあるんだ…と思った。そして言った。
そしたらサワくんも笑って「あるんだよこれが」って言った。キスした。怒られたし頬はたかれた。

あれはね、可愛いから駄目ですよホント。多分照れてのことだと思うけど、そんな反応も飽きないけど、もうちょっと触ってたかったな。

おうっといけね。通り過ぎるところだった。
上空からやたら人が集まっている場所を見つけ、あれがマイダーリンサワくんが言ってた場所だと気づいた。
ちなみに今の俺の姿は鳥である。可愛らしい小さな小鳥、だと長距離飛ぶのが大変だから、ちょっと平均より大きめの猛禽類、みたいな。
瞳は赤く、翼は黒い。色は気分。

普段は猫や人の姿でいる俺だけど、実は結構色んなモノに変身出来る。サワくんは興味持ってくれないけど、きっとどんな姿の俺でも好きだよってことだと思う。多分。

あーあ。本当は二人で来たかったんだよなぁ。というか片時でも離れていたくなかったんだけど。
今日、あの珍しい薬草が世に出てくるって日に、サワくんは協会の方に顔を出さなくてはいけないらしい。

祓魔師の協会。薬師としてのサワくんの別の顔。
本来なら俺もそっちに着いていきたかったけれど、一応悪魔な俺はあいつらのターゲットなので断固拒否された。それはもうめちゃくちゃ、今までで一、二を争うくらいの剣幕だった。
「絶対、絶対に着いてくるな」と何度言われてもこっそり着いてってやろうと思ってたけれど、「もし着いてきたらここから追い出すし絶対二度と話さないしお前のこと嫌いになる」とまで言われた時は暫く動けなかったな…。

そこまでして駄目だと言われては俺もさすがに着いていくことはできなかった。できなかったので、上位の祓い屋にも絶対気づかれない俺の欠片…まぁつまりはお守りを彼の傍に忍ばせておきました。
本当なら今頃俺本体が彼の隣にいたのになぁ。でもそれだけ俺のことを心配してくれてるってことじゃん?祓い屋が束になってかかってきても全然平気なんだけど、そんなこと彼には関係ないんだろうなぁ。あぁ愛しいー。抱き締めてぇー。

まぁそれに、だからこそこうして彼の求めるものを俺が手に入れに行くことができるわけで。
人の姿だと時間かかるし、それも目立つからサワくんと居る時以外はやめろって言われてるし、考えた結果鳥の姿で行くことにした。
速いしね。でもやっぱサワくん恋しいー。

そんなことを考えながら飛んでたらすぐに着いた、目的の街。適当な樹に降り立って、地上では猫に姿を変えた。
するすると人混みの間を猫の姿のまますり抜けていくと、あっという間に目的の屋台みたいなところに辿り着いた。
なるほど人が多い。でもきっとあれだろうという品が、置かれた長い机の真ん中に鎮座していて。猫の視点からでもちらりと見えたそれは瓶の中でふわふわ浮いていた。

ふむ。見つけた。けどこの姿のままじゃあ買えないし…。泥棒とかしたらサワくんに怒られるかもだし…。人の姿にならねば。
でも、本来の俺に近い姿じゃ駄目だ。あれ、目立つらしいし。ならば俺が知っている、よく見る人間…。やっぱそれしかないかなぁ。

人混みから離れて木陰に隠れた俺は、またこっそりと姿を変えた。猫の視点よりかはずうっと高いが、人型の俺の時よりかは幾分か低い。こういうことを言ったら多分また怒られるだろうけど、この視界も愛おしくてしょうがない。
サワくん。っぽい形に姿を変えた俺は再び人混みに入っていった。良かった、まだある。値段が高すぎて、まだ誰も手を付けられていないらしい。

人間の視点から改めてみるそれは薬草というにはあまりに鮮やかな色をしていて、七色に輝きながら周囲の目を惹きつけていた。ほんの少しだけ、魔力を感じる。
人間界でほとんど出回ることがないのはきっと、俺たちの力が混じってできているからかな。そういや草を作るのが好きな魔族がいたっけ。あいつらの落としてったもんかもしれない。
それならば、効力は本物だろう。たった一片でどんな病気にも怪我にも治癒の効果があるとかないとか。店主は声高らかにそう謳っている。うっせぇなもう。

さっさと買い取って立ち去ろうと俺が近づいていった瞬間、俺より…サワくんの姿をした俺よりずっと小さな何かがぶつかってその薬草の方へと走っていった。子どもだ。
まだ小さな子どもが、両手いっぱいの何か…多分お金だろう…を店主に見せて喚いていた。

「全然足りないね。悪いが、お前みたいなチビに買える代物じゃねえんだよ。大人しく帰んな」

「待って!お願い!足りないなら後で持ってくるから!それを譲ってください!!」

「帰れって言ってんだろうが!」

「お父さんが病気なんだ!これがあれば治せるって!!お願いだ!お金なら後からいくらでも渡すから!!」

ほう。元気なガキだなぁ。俺も周りの客も、そのガキと店主のやり取りを遠巻きに眺めていた。あの子どもが持ってる額じゃあ、あの薬草の十分の一にも満たない。
そりゃあいくら喚いても店主がよほど広い心の持ち主でもない限り、売ってはくれないだろうなぁ。どうでもいいけど。
ささっと俺が買って帰るかなぁ。

『泣くなよ』

はっと、ここに居るはずのない声がして俺は思わず辺りを見回した。やっぱり居ない。気配もない。なのに。

『ほら、これでもう大丈夫だから』

「ふふっ、しょうがないなぁ」

やっぱり好きだなぁ。敵わないなぁ。店主と子どもの間に歩み出た俺は、「これください」と件の薬草が入った瓶を指差した。
店主も子どもも、周りの客も呆気に取られてぽかんと間抜けな顔で全員俺を見ている。今の俺の姿はサワくんなので、何となくその視線にイライラした。勝手に見てんじゃねぇよ。いや変身してんのは俺だけどさ。
店主は俺が差し出した額を見てから、ぎょっとした顔をした。まぁ掲示されてる倍の額だからね。そしてこれは俺の個人的な金なので、サワくんのお財布には影響しない。実は副業してたりして。サワくんにも内緒ね。
大丈夫、安全なやつだから。何というか、悪魔界の情報屋、みたいな…。まぁそれはいいとして、おかげで薬草が買えたので良かった良かった。

子どもは…まだぽかんとしてるな。状況がよく飲み込めていないのだろう。
店主は先程とは別人のようににこにこと殴りたくなるような笑顔で薬草を俺に手渡してきた。マジでちょっと殴りたいな何となく。
それを俺が受け取ると、漸く我に返ったらしい子どもが今度は俺に泣きついてくる。

「それは俺が!先に買おうとしてたのに!!兄ちゃんのバカァッ!!」

「こらこら、落ち着けって。いくらガキでもこの姿傷つけたらキレるよ」

「だっで、おれがぁ…!!」

「いいか、よく聞けよ」

泣きじゃくるクソガ…子どもに視線を合わせるようにしゃがみ込んで、俺は子どもの手を取った。彼が不安がる子どもにいつもする仕草だ。よく分からないけど、こうして話すと彼の周りの人間は魔法にかかったように笑顔になる。別にこのガキの笑顔なんか俺にはどうだっていいけど。
それでも俺は彼の声で、話を続けた。彼の口調とは違うだろうけど。

「あのな、この草はこれだけじゃ効果がないんだ。全くって訳じゃないけど、薬にするには色々と手間がかかるわけ」

「手間…?」

「そう。お父さんを治したいんだろ?そのためにはコレを、ちゃんとした薬にしてくれる人が要る。分かるか?」

「お医者さん、みたいな?」

「そうだよ。そんで俺は、何とすごいお医者さん…みたいな人を知ってるんだ」

「そうなの?」

「あぁ。すんごく優しくて、強くて、どんな人にも平等で。どんな病気でも怪我でも治しちゃうすごいひとだよ」

嘘じゃないよ。少なくとも俺が見てきた彼は、そうなんだから。

「ほんとうに…?そのひとが、お父さん治してくれるの…?」

「うん。だから明日、またここの広場においで。そのすごいひとを連れて来てあげるから」

「本当に?嘘じゃ、ない…?」

「本当。こういう嘘吐いたら俺、あの場所に居られなくなっちゃうもん。だからこれはマジ」

「まじ」

「マジ。信じられないなら今から帰るけど、お前も着いて来るか?」

「………いい。おうちのこと、しないといけない」

「そっか。…まぁ、信じてよ」

俺じゃなくて、彼のこと。だけど。
くしゃりと彼がするみたいに子どもの頭を撫でると、先程まで不安でいっぱいだった顔がふわりと安堵の色を帯びた。
サワくんにしか使えないと思ってた魔法、俺にも使えんのかな。いいや、サワくんの姿だからかな。

子どもに別れを告げて人目のないところで鳥に姿を変え、オレンジに染まる空を飛びながら考える。

…勝手に約束しちゃったけど、また怒られるだろうか。
でも薬草は欲しかったし、子どもはうるさかったし、店主の方がうざくてうるさかったからしょうがない。それにきっと彼があの場にいたならば、あんな風にすると思うし。
とりあえず正直に話そ。そんで怒られたらごめんなさいしよ。多分、怒んないと思うけど。



「たーだいまぁー。つっかれたぁ…」

「サワくんっ!おかえりなさい!」

「フジクラ…。ただいま…って抱きつくなよもう」

「疲れてる時にはこれがいいらしい。ご飯できてるよ。あ、お風呂にする?それとも俺?」

「風呂」

「ダーリン冷たーい」

「準備ありがと。何で年寄りの話ってあんな長いんだ…」

「消してくる?」

「やめてね。洒落にならん」

「はぁい」

サワくんが身体を洗ってる間にご飯の準備と、それから色々。一緒に入ろうかと一瞬思ったけど今日はマジで疲れてそうだったのでやめとこ。
その代わり布団にはいつも通り潜り込もう。今日は猫の姿で。もふもふさせてあげよう。彼が俺のもふもふを割と気に入ってくれていることを俺は知っている。
俺も彼に触れてもらえるので両方嬉しい。人の姿でももっともっと触れ合いたいんだけどね。

「で、おつかれなダーリンにいいお話とごめんなさいなお話があるよ。どっちから聞く?」

「え、何それ。俺の留守中にお前なんかやらかした感じ…?」

「おっけ、じゃあまずはいいお話からね。はい、これ」

「これ。………これっ!!」

今日ゲットした幻の薬草を見せると、疲れはどこへやら。サワくんの顔が中々見られない程に明るくなって俺は薬草に嫉妬した。
どうやって手に入れたんだとか、お金はどうしたのかとか、案の定色んな質問を投げられたけれどそれについては後ほどゆっくりじっくり説明させていただくとして。
次いで今日会った子どものこと、その子とした約束の話をすると、サワくんは明るい表情から一点真顔になって暫く固まった。

怒らせたのかと思って一瞬焦っていると、何と彼の頬からつうっと何かが流れ落ちた。それを見た俺は更に焦る。
まさか、泣かせるなんて…。

「おま、お前…」

「ゴメンあの、そこまで怒らせるなんて…」

「お前、本当に悪魔なの?」

「へ?」

「怒ってないよばか。喜んでんの。嬉しくて泣いてんの。お前のおかげで」

「おれの、おかげで」

「うん。…ありがとう」

「なんで」

きみがお礼を言うんだ。あの子どもになら分かるけれど。どうしてきみが。

「お前のこと、またちょっと見直した。早速明日、おわっ!」

「泣かせてゴメン!!大好き!!!」

「だからコレは嬉し涙で、って舐めるなぁ!!」

何でかな、何で泣いて喜んでくれたのかは分からないけど、その顔が堪らなかった。
俺はきみの真似をしただけなんだよ。きみがどう思うかなって考えはしたけど、まさか泣かれるなんて思わなかった。
ただこの薬草を独り占めしようとしたら怒るだろうなって思いはしたけど、だけど。

そっか。
俺を押し退けようとしながらも泣き笑うサワくんの顔を見て、何となく分かった。

「この薬草は、元々そういう人たちのために使うつもりだったから。だから嬉しい」

「は?すき…」

「いだだだだ、力加減!」

「あ、ゴメンすき」

「文脈!もう…」

笑顔が、一番好きだ。彼もきっと。
俺以外に好きだなんて感情が向けられるのは嫌だけど、彼はそういうひとなんだった。

誰かの笑顔が見たいんだ。それが彼の魔法の源なんだ。きっと。
俺、悪魔じゃなかったっけ。もうどうでもいいな。彼が笑ってくれていたら。その笑顔がこの腕の中にあるんなら。

その後ぎゅっとして後頭部押さえて唇にキスしたら思いっ切り頬をつねられたけど、俺も、彼につられて頬は緩んだままだった。

なぁ、やっぱり好きだよ。大好きだ。

「俺のダーリン超格好良いー」

「俺のハニーちょっとうっとうしい…」

「ハニーって言った!言質取った!!」

「ううん、ミスった。まぁいいや、今日はお前も頑張ってくれたみたいだし」

「はああ?すき」

「わかったわかった」

その日は猫じゃなく、人の姿でベッドに入っても怒られなかった。ズボンに手突っ込んだらさすがに蹴り落とされたけど、良しとしよう。
ちなみにさすが俺のダーリン、ちゃんと薬を完成させてあの子を本当に笑顔にさせたのはまた後日の話ね。

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