mitei 祓魔師パロ | ナノ


▼ 2

「ん…んぅ………」

鳥の囀りと窓から差し込む朝日。
いつもと同じくらいの時刻に少年が目を覚ますと、目の前にはやはり彼の顔がすぐ近くにあった。

陶器のように色白で艶やかな肌にスッと通った鼻筋。柔らかな朝日を受けて、長い睫毛がその頬に影を落としていた。明るい髪は猫の時もニンゲンの時も同じように柔らかく、少年は寝起きでぼうっとしながらも無意識にそのふわふわへ手を伸ばす。

それから顔にかかる髪を指でそっと横へどかしてやると、やがて宝石のような赤を隠していた瞼が薄らと開かれた。

「ふふっ…おはよ」

少年の手に自身の手を重ねうっそりと微笑むと、彼は少年の手の平に頬擦りをし、そのまま手首へそっとキスを落とした。

「…っ!ちょ、」

それに漸く覚醒した少年がハッと身を起こそうとするも中々身動きが取れない。
それもそのはず。この悪魔は少年の腰に腕を回し、抱き締める形で眠っていたのだ。

この悪魔、夜寝る時は猫の姿でぴょんとベッド脇に飛び乗ってくる癖に、朝目覚めると何故かヒトの姿になって少年を抱き締めている。
この悪戯な悪魔の腕枕で目覚めることなど少年にとっては最早日常茶飯事だった。

「おはようそして手をはなせ。てか、お前用のベッドちゃんと用意しただろうが」

「えぇー。だってアレ猫用じゃん?俺には狭すぎるよ」

「この部屋にもう一個人サイズのベッドが置けるとでも?お前が猫の姿で寝ればいいだろうが!」

「やだ!こっちの姿の方がくっつけるじゃんー」

「ちょぉ!だから服の中に手を突っ込むな、やめ、やぁっ…んっ」

「かわいー…きもちーの?」

「ちがっ、だからぁ…や、やめろって…言ってんだろが!!」

「いてっ」

寝間着を肌蹴させ好きなように身体をまさぐり、肩、首筋、そして今度は唇にキスしてこようとする変態悪魔を少年がバシッと一喝してから、彼らの一日は始まる。

「マジで油断ならねぇあの変態悪魔…やっぱ追い出そうかな…」

「みゃあ」

「みゃあじゃねーよ!どうせ猫の姿でいるんなら一日中そうしてろ馬鹿!」

朝食の準備をしながら足元の猫を睨み付けると突然、猫の姿はさらさらと消え代わりに彼が現れた。

「それはサワくんと話せないからちょっとなぁ」

「わ、いきなり人型になんのも心臓に悪いな…?!」

あまりにも自然に少年の隣に立ち果物の皮向きをてきぱきとこなしながら、悪魔はふと隣の少年に微笑みかけた。

「家事も薬草探しもこっちの方が役に立てるし、それに」

ムッと視線を返してくる漆黒の瞳に見惚れながら濡れたままの手で顎をくいと持ち上げると、悪魔は少し屈んで少年の唇へ口付けを落とした。

「んっ」

「キスもこっちのがいいもんね?」

「こんの…変態悪魔野郎っ!!」

口では色々言いながらも自分の前では余りにも無防備な少年が可愛くて堪らないのだが、これでも少年は警戒しているつもりらしい。怒っているからなのかそれとも照れているからなのか、顔を真っ赤にしてぽこぽこと肩を殴ってくる姿は小動物を彷彿とさせた。

眠るという行為は出来るが基本的に悪魔に睡眠は必要無いので、本当は少年が眠っている時にでも好きなようにできてしまうのだが…。こんな反応が面白くてやはり起きている時に触れるのも止められない。

それに勝手なことをして少年に嫌われるのだけは御免だ。この悪魔にとってそれだけは、耐えられないことだった。

そもそも本気で嫌がられていると分かれば唇にだってキスはしない。魅了の類いの魔法など使っていないが…それでもこれだけのことを赦してしまうなんてサワは何処まで絆されやすいのだろうと悪魔ながら心配になるフジクラであった。

「あ」

「え」

朝食の途中、突然サワが何かを思い出したように声を上げた。

「今日町に買い出しに行かなきゃ」

「いっぱい買う?」

「まぁ中々町まで行くことって無いし…出来るだけ買い溜めしときたいし」

「よしっ」

なら今日は人の姿のままついて行こうと思ったのが筒抜けだったらしい。サワ少年がすぐさまフジクラに釘を刺した。

「お前は来ちゃ駄目」

「えぇ?何で!」

「猫の姿ならいいけど」

「それじゃ荷物持ち出来ないじゃん!やだ!」

「やだじゃない。昨日のカシくんの話忘れたのか?アレ確実にお前だろ。人型の特徴まで掴まれてるし見つかったらめちゃめちゃ面倒そうだし、絶対駄目ったら駄目」

「ええぇー…。もしやサワくん俺のこと心配してくれてるの…?うわぁもうダメだ…好き過ぎるぅ…」

「机に突っ伏しても駄目なもんは駄目だからな。今日は留守番してろ」

昨日の話、というのは言わずもがな「悪魔界の超ヤバい奴が人間の世界に来ている」という話である。カシくんが話した特徴に明らかに合致しているフジクラだが、それが本当の本当にフジクラなのかどうなのか、あれ以上その話についてサワから追及されることは無かった。

更に追い出すどころかサワ少年のフジクラへの態度は特に変わることもなく、今日だって過剰なスキンシップという名の愛情表現を赦してしまっている始末だ。

しかし町に行ってはいけないというこの発言から、サワが「超ヤバい悪魔」=フジクラと認識しているのは確かであった。

「それなのに追い出すどころか態度すら変わんないって祓魔師としてどうなの…俺が言えたことじゃないんだけどさ…あ、やべぇ好きが過ぎる」

「…?頭大丈夫か?何ぶつくさ言ってんの?」

「ナンデモナイデス…」

「とにかく昨日の話の悪魔がお前かどうかは別として、特徴はぴったり合致しちゃってる訳じゃん。そんなの連れていける訳ないだろ」

「じゃあ特徴が合致してなきゃいいんだね」

食べ終えた食器を手際良く片すと、フジクラは人型のままいそいそと外出の準備を始めた。

「話聞いてたか?だから今日はお前は留守番だって、言っ、て…」

「これならどう?」

ふわりと何処かから流れ込む水色の光に思わず少年が目を瞑る。ゆっくり瞼を開くとそこには、黒髪の男が立っていた。

顔立ちはフジクラのままだが髪色は真夜中を思わせる漆黒で、ふわふわだった髪質は真っ直ぐ重力に逆らわないストレートになっていた。瞳の色は髪と同じ黒で、先程の彼とはまるで別人の様だ。確かにこれなら町に出ても噂の悪魔と思われることは無いかもしれない。無いかもしれない、が…。

「美形なままなのが何か腹立つ…。別の意味で目立ちそう」

「これがオリジナルだからねー。別に顔も変えようと思えば変えられるけど…それだと何かサワくんが俺以外のオトコとデートしてるみたいで腹立つからやだ」

「デートじゃねぇし意味分かんねぇし…。まぁいっか、これなら大丈夫だろ。…多分、うん」

「やった!じゃあ一緒に行こ?久々の町デートだ!」

「だからデートじゃ…もういいや」

確かに多くの荷物を全て自分で持つのは正直しんどいしかと言って馬車を呼ぶだけのお金も勿体無いし。こいつは変態だけど並みの人間以上にかなり腕力も強いから荷物持ちに使ってやってもいいだろう。
…何かすげー楽しそうだし。

なんて思いつつサワがフジクラを見ると、髪や瞳の色が違うからか多少の違和感はあるものの、すごく楽しそうにうきうき準備を進める姿にほわりと胸が温かくなった。こんなに嬉しそうな彼を見て、今更「ついて来るな」なんて言える筈もない。

こうして変身した変態悪魔フジクラを従えたまま、サワ少年は町へ買い物へ出掛けるのだった。

「言っとくけど手は繋がないからな」

「えー!ケチ!」

「荷物持てないだろ!」

「え、理由そこ?嫌だからじゃないんだ。うわぁ好き過ぎるぅ…悪魔より質が悪いよ…」

「おーい!置いてくぞー変態」

「心配しなくてもついてくよ。…何処までも」

魔法で黒く染めた筈の瞳から本来の色をほんのり滲ませて、悪魔はまたうっそりと微笑った。

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