mitei 守るための、嘘 | ナノ


▼ 3

「北村くんっ、一緒帰ろ?」

「うん。………あぁ、ゴメンやっぱり」

中学の頃は家でだけでも一緒に居られたらいいやと思っていたのに、高校生になってやっぱり抑え切れない欲が再び顔を出し始めた。やっぱり一緒に、帰りたい。隣に並んで歩きたい。無理に笑わなくていい、無理に話さなくていいきみの隣で、ただ呼吸させてくれるだけでもいいから。

それだけで俺は明日もがんばれるから。
明日も「嘘つき」になれるから。

昇降口で見慣れた背中に追いついた。振り向いた彼は少し驚いた顔をしたけれど、俺は構わず隣に並んで歩き出す。

この時間だけは、邪魔させない。
誰にも何も、言わせない。

俺が人気者になってしまえば、誰も文句を言ってこない。
傲慢な独占欲の混じった虚構。それが俺の作り上げた檻のような、ガラクタのような盾。脆くて弱い心許ない壁。だけどそれでも少しは、降り注ぐ言葉の槍を逸らせるだろう。弾いてくれるだろう。

何かを守るための嘘は、それでもいけないことなのかな。だとしても俺は。

「紺。帰ろう」

「また誘い断ったの?たまには行けばいいのに」

「どうして?」

「どうしてってそりゃあ…」

言い淀む彼の目は分厚いガラスと長い前髪に隠されてよく見えないけれど、右往左往しているのが俺には分かる。
彼が言おうとしていることも、何となく分かってる。俺が身勝手に作り上げた俺の立場なんてお前は気にしなくていいのに。馬鹿だなぁ。
そして分かってるのにわざわざ聞き返す俺も、きっと意地が悪い。だけど彼の口から言って欲しい。彼自身が俺の為だけに紡ぎ出す言葉が欲しい。…ほしい。

「俺と帰るの、嫌?」

「え、わっ」

黒いカーテンのような前髪をそっと掻き分けて瞳を覗き込むと、彼は驚いたらしくピタッと固まってしまった。
一瞬だけ丸く見開かれた瞳は、ここにしかない宝石。彼はパチパチと瞬きをして直ぐにその輝きを俺に向け直した。真っ直ぐに。射抜くように。

時には真夏の日差しのように熱く。
時には雨上がりの雲間から差し込む光のように柔らかく。

時には厚い雲に覆われてその光が閉ざされてしまうこともあるけれど、それでもまた必ず顔を出して俺を見つめてくれる、この世で唯一の光。
太陽のようだな、とたまに思う。

そんな事を考えながらただ真っ直ぐに見つめていると、彼は段々頬を赤く染めてトンと俺の肩を押してきた。
反動で、少しだけ後ろによろめいてしまう。

「…紺?」

「ち、近い!」

「………ゴメン?」

どうやら夢中になってじっと眺め過ぎてしまったようだ。あぁ、折角掻き分けたカーテンがまた太陽を隠してしまった。だけどその反応が決して嫌悪から来ている訳ではないことを、彼のまだほのかに赤い頬が俺に教えてくれる。
俺はそれを堪らなく嬉しく思うし、ここが学校であることも忘れてつい抱き締めてしまいそうになる。

「帰るんだろ。特売始まっちゃうから、早く」

「うん。ねぇ紺」

言われなくても分かってるけどやっぱり彼からの言葉が欲しくて、俺より少し小さな背中にもう一度問いかけた。

「なに」

「俺と帰るの、嫌?」

「………や、な訳ないじゃん…」

余りにも小さく拾い落としそうになる音を、両の手でそっと掬い上げて大事に大事に俺の狭い心に閉じ込める。こうしてまた増えていく、俺の宝物。

「ふふっ」

「何なの、もう」

「んーん」

今のはホントの笑み。彼の前でだけは俺は嘘をつけない。きっと本気でつこうと思えばつけるけど、いくら押し込めようとしてもこの気持ちを完全に閉じ込める事は難しくて。たまにこうして、些細なことで零れ出してしまう。
彼の一言一言、一挙手一投足、その呼吸、温度、存在全てが俺を正直にしてしまう。
きみの隣でだけは、俺も「正直者」でいられる。俺のままでいられる。それだけでこんなにも息がしやすいなんて。

だけど隠していたい醜いものまで出てきてしまいそうで、正直になり過ぎるのも困ったものだなぁ、とたまに思う。

そうして今日も隣に並んで、二つの影を伸ばして一緒に同じ道を辿るんだ。
この時間を守る為ならば俺は喜んで望まれた「北村緋色」を演じ続けよう。

何でもいい。彼とのこの時間を邪魔されないのなら、俺にだけ向けてくれるこの光を守れるのなら。

俺は天使にだって悪魔にだって、嘘つきにだって。

何にだってなれるよ。

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