「…なにこれ」
ふわりふわりと湯気を出すマグカップを物珍しそうに見つめ、そうっと触れようとした手をやんわり掴んで制止した。
するとマグカップに入っている液体とまではいかないが、似たように白い腕が遠慮がちに引っ込められる。
危ない危ない。火傷するところだった。
「これはね、ホットミルク。駄目だよ触っちゃ。まだ熱いから」
「もうちょっと待とうか」と宥めている間にも銀色の彼は興味津々といった様子で湯気を出すそれをじいっと見つめている。
一人暮らしで誰かが頻繁に出入りするわけでもないからマグカップは一つだけ。
そしてこのホットミルクはというと、勿論彼の分だ。
風呂に入った後とりあえずサイズの大きめな僕の寝間着を貸して、ベッドに座るよう誘導した。
ソファーなんて立派な物は無い。家具としてあるのはシングルサイズの安いベッドと、ご飯を食べる為の折り畳み式のローテーブルに本棚や机くらいだ。ソファーに関しては特に必要性を感じなかったのと、単に部屋がこれ以上狭くなるのが嫌だったからという理由で今まで買わなかったのだが…買っておけば良かったかなと今更ながらに思う。
とは言ってもこんな状況誰も予想なんて出来ないだろうから、まぁ無いものは仕方がない。
ベッドに腰掛けながらも目の前に置かれたホットミルクに興味が尽きない彼は、「まだか」と視線で訴えるように何度も何度もキッチンに立つ僕を見てきた。
そうっとマグカップに触れて温度を確かめ、もうそろそろ良いだろうと彼の前に差し出す。どうやら彼はマグカップの持ち方が分からないようで、「ここを持てば熱くないよ」と取っ手の方を差し出すと軽く感動すらしていた。
…本当に、生まれたての赤ん坊のようだな。なんてな。
雨で冷えただろうからと何となく作ってみたホットミルクだったが彼には大好評のようだった。
彼はそれをゆっくりと口に流し込むと、ただでさえ眩しい瞳をこれでもかと輝かせて僕の顔を凝視した。うん、言わなくても分かるよ。そんなに美味しかったのかな。
ただ牛乳を温めただけなんだけど…。
あ、ハチミツも入ってるからちょっと甘いかも。
「これ、すごい」
「気に入った?」
「うん。…あったかくて、すごく好きだ」
「あったかい」、か。
今日だけでもう三回は聞いた言葉だけれど、彼が言うこの言葉はどれも本心なんだろうな。
ほわほわという擬音でも付きそうな柔らかな雰囲気を纏ってホットミルクを啜る姿は本当に小さな子供のように無垢だが、見た目はやはり僕と変わらないくらいの年齢に見える。
と言っても僕は童顔とよく評される見た目なので、実年齢は実際より低く見られることが多いのだが…別に気にしてない、うん。
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