mitei 無自覚な天然石 | ナノ


▼ 7

「ねーこの後予定無いでしょ?私ん家来る?」

「んー…。そうだなぁ。今日はそんな気分じゃないかも」

「えぇー。あ、じゃあさ!そっちの家行ってもい?誰も入れたコト無いんでしょう?」

「それはダメ」

「なんでぇ?最近ノリ悪くない?ハッ!まさかその歳でE、」

「しーっ!違うから。それにそういう事女の子が口にするもんじゃありません」

「そんなこと言ってぇ!前はあっさりオッケーしてくれたじゃん!ねーじゃあホテル、」

「あっ。ゴメン迎え来たから無理。………ふふっ、思ってたより早かったなぁ」

「…何でそんなに嬉しそうなの?」

やっと見つけた彼は、廊下で可愛い女の子と何やら話している最中だった。
僕が近付くと女の子は明らかに嫌そうな顔をしたけれど、彼はというと無表情のままだ。

…彼女と話している時はちょっと微笑んだりしていた癖に。

そんな小さなことにも嫉妬してしまうくらい、僕はこの宝石に狂わされてしまったみたいだ。
くそ、つくづく腹が立つな!

苛立ちに任せて二人の間に割り込むと、僕はがしっと彼の手首を掴んだ。
驚いたのか一瞬身体が強張ったように感じたけれどそんなこと知るものか。僕の方がどれだけ困惑させられてきたと思ってるんだ。

「すいませんけどちょっとこいつ連れて行きます!!」

「あ、ちょっとぉ!」

僕が近付いても意外と彼は逃げもせず、ただじっとその場に留まっていた。
困惑する女の子を余所に僕は彼の手をがっしり掴んだまま、引き摺るようにその場から連れ去っていく。

とは言え特に抵抗されるでもなく、彼はその長い足でスタスタと大人しく僕の後をついて来る。

暫く歩いて冷静さを取り戻した僕は、彼が一体どんな表情でついて来ているのか気になってちらりと後ろを振り返ってみた。

無表情のままかな、困った顔してるかな、それとも怒ってるかな…とかそんな想像をしていたのに。

肝心の顔は、というか口元は彼の片手に隠されて見えなかった。

「もしかして…笑ってる?」

「………なんで?」

「そんな気がしたから」

「…バレちゃったか。ゴメンね。でも嬉しくって」

「…は?」

嬉しい?何が?
友達、いや、もしかしたらそれ以上の関係の人といるところを無理矢理連れ去ってきちゃったのに?

というかやっぱ、さっきの人って…。
彼女ともそういうことしたのかな…。

またネガティブな思考に陥ってしまいそうになるが、俯き加減になる僕の顔を彼がくいと上向かせた。
久しぶりにこの光を見た気がする。

外はあの日みたいに曇天で、特に晴れ渡っている訳でもないのにこの煌めき。
あの日彼がコンタクトをしていなかったら、同じような輝きが見れたのだろうか。

「俺を連れ出してくれたってことは、話があるんでしょう?」

彼の言葉でハッと我に返った。そうだ、そうだよ。話したいことだらけなんだ。

「ある。あるよ。っていうか、そもそも誰のせいだと思ってんだよ!」

「…何か分かんないけど、俺のせいだね?」

「そう、だけど…。何でそんな嬉しそうなの?」

「そりゃあだって、嬉しいからだよ」

「だから何で?」

「きみはいつも疑問形だね」

「お前が疑問しか寄越さないからだろうが」

「…嬉しいよ。もっと酷く拒絶されると思ってたから。もしかしたらこのまま、話すどころか近付くことも赦してくれなくなるかもって思ってた…から」

「何言って…。拒絶っていうか、目逸らしたのはそっちだろ?避けてたのはそっちじゃんか…」

また段々と俯き加減になってしまう。
折角焦がれた光が目の前にあるのに、それを前にして僕はこんなにも情けないなんて。

「避けてた…。うん、そうだね。怖かった。きみに避けられるのが怖くて、先に避けちゃったんだ。…ゴメンね」

降って来る声は、いつもより少し寂しげなものだった。
それでもまたこうして話してくれることが嬉しくて、上手く言葉に出来ないことが苦しくて、色んな感情がごちゃ混ぜになってどうしようもなく溢れ出す。
泣きたくなんてなかったのに、言葉の代わりに目からはぽたりと雫が零れていった。

それに気付いた彼は何も言わず、ただ静かに袖で目元の雫を拭ってくれた。服が汚れるのに、馬鹿だなぁ。

「僕は…自分が強いって勘違いしてた。いや、本当は気付いてたけど、気付いてない振りしてた。じゃなきゃ独りでなんていられなかったから」

見つけて欲しかったんだ、本当は。
数え切れないくらいの人の中で、鈍くても弱い光を誰でもいいから見つけて欲しかった。

誰か僕を見つけて。興味を持って。手を伸ばして、大事にして。そればかりだった。
誰とも関わりを持ちたくないと強がりながら心の奥底では、そんな醜い承認欲求で溢れている。何度蓋をしても溢れ出すそれを見ない振りなんてしながら、これでいいのだと言い聞かせては文字の世界に閉じ篭る。

大事にされる価値なんて、きっと自分には無いのだからと。

それなのにいつの間にか僕の世界には別の温度が居座りだした。
何故、よりにもよってそれが彼なのだろう。

僕は彼が眩しくて羨ましくて、妬ましかった。
だってそのままでいるだけで誰もが彼に目を奪われる。何もしなくても、自然と周りに人が集まってくる。

僕もそんな風なら良かったのに。あんな風に友達に囲まれて輪の中心で笑って、世界は自分の為にあるのだと思えるくらいに楽しそうにはしゃいで。

嗚呼でも駄目だ。所詮見た目が入れ替わったところで僕はまた人を遠ざけてしまうだろう。
痛くも痒くも無い、何の面白みも無いたった独りの心地好い孤独にまた閉じ篭ってしまうんだろう。

俯く僕からは灰色の固い地面と彼の足元しか見えない。あの目が眩むほどの輝きを、今は見たくなかった。
だって見れば見る程僕の醜さが炙り出されてしまうようで、安全な暗闇から引き摺り出されてしまうような気がしたから。

「そうだね。きみは弱いよ。すごく弱い」

「追い討ちかけんなよぉ…」

アメジストの彼は僕の言葉を否定するどころか即座に肯定して、容赦無く畳み掛けてくる。
自分で言ったこととはいえ人に言われるとまた別の重みが圧し掛かってきて、打たれ弱い僕はまたも泣きそうになってしまう。

そんな僕の心情を知ってか知らずか、頭上から降り注ぐ言葉は止まなかった。

「ゴメンね。でもきみはとても弱くて脆くて、少しでもヒビが入ったら割れてしまいそうで…。たまに本当に壊してしまいたくなる」

ならいっそ壊してくれ。
君にだったら壊されたって構わない。寧ろどうせ壊れゆくのなら、君の手で。
なんてことは言っちゃいけない。
困らせたくないんだ。

…違う。本当は僕が僕でなくなるのが怖いだけなんだ。あの時のように。

「自分で言っといてなんだけど、悪かったな。弱くて…」

「ふふっ。ねぇ、俺も弱いんだ。独りじゃきっと立ってすらいられない」

「何で?あんな人に囲まれてるのに…。僕とは違う、全然独りなんかじゃないじゃん!!」

「似たようなもんだよ。どれだけ人数が居ようが、俺自身を見てくれるたった一人が傍に居てくれなきゃ」

そうだ。本当は気付いていた。
あれだけ沢山の人々に囲まれている彼の笑顔が、時折寂しそうな色を見せること。
無理してるんじゃないかって、たまに心配になることもある。彼を心配する権利すら僕には無いかもなんて思いながら、それでもやっぱり気掛かりで。

何もしなくても、なんて嘘だ。
彼は足掻いていた。嫌でも人目を引く容姿に勝手に集まってくる人々。勝手に期待されて失望されて、集まった分離れていった人も少なからずいる事だろう。
それは初めから独りでいることよりきっとずっと寂しいことなんだろう。

そんな勝手な彼らの期待にこの人は応えようとしていた。少なくとも失望させることのないように、不快にさせることのないように周囲を見て自身を繕い、わざとでも明るく笑っていた。
僕と居る時も楽しげに笑う事が多い彼だったが、その笑顔と集団の中心で見せる笑顔を比べるようになってしまったのは…違和感を覚えてしまったのはいつからだっただろう。

ねぇ、どれが本当の君だったの。

「…ごめん」

漸く紡ぎ出せたのはたったの三文字だけ。何に対する謝罪なのかは自分でも分からない。

「だめ」

「え」

赦されないのか。何をかはやっぱり分からないけれど。

重い頭を上げ彼を、その瞳を見る。するともっと暗く沈んでいるかと思われたその瞳は予想外にきらきらしていた。
いつも通り、いや、もしかしたらそれ以上に嬉しそうに緩く弧を描いて此方を見つめ返してくる。

ふっと息を吐いて微笑んだ彼は徐に自身のシャツに手を差し込むと、胸元から漆黒の石を取り出した。

「うん。やっぱり本物には敵わないや」

外からの僅かな日光を受けて鈍く光るそのペンダントを僕の顔の横に翳すと、ぼそりと呟く。
どういうことか図りかねている僕を余所に彼は相も変わらず楽しそうだ。

「なに、それ」

「これね、黒曜石っていうんだ。きみの瞳にそっくりだろうって思ったんだけど…」

「…っ」

「やっぱり本物が一番綺麗だ」

するりと頬を伝う、僕じゃない温度。
親指でつうっと涙袋をなぞって、彼は満足気に微笑んだ。

「くすぐったい」

「でも、本当は嫌じゃないでしょう?」

柔らかく微笑んだ後に「これあげる」と言って彼が小さな袋から取り出してみせたのは、濃紫に輝く小さな石がついたペンダント。
彼の瞳の色と同じ、アメジストの小さな欠片が雲間から覗く陽の光を受けてきらきらと輝く。

彼はそれを僕の首にかけると、「これでお揃い、かな」とまた笑みを濃くした。

僕はそれを、彼がやってみせたのと同じように彼の顔の直ぐ隣に掲げて比べてみた。
うん、やっぱり実物には敵わないや。

「さっきも言ったけど、俺も弱いんだ」

「うん」

「きみも、独りじゃいられないんだろ?」

「…うん」

「俺は…俺もそう。きみがいないと独りと同じだから」

つうっと首筋をなぞった熱が、後頭部を固定した。話すことを赦さないとでも言うように、唇を塞がれてただ頼り無い吐息だけが漏れる。

「んぅ…あ、………ぷはっ」

「俺だけを見てて。俺も、きみだけを見てるから」

「あ、ちょっとま、んっ」

ふっと息を漏らして満足そうに目を細める彼の何と幸せそうなことか。
その表情に、求めた人にこんなにも求められているということに幸福感を覚えてしまった僕はきっと相当醜いに違いない。

なのに彼はきれいだと言うのだ。
そんな僕を、きれいだと。

「だからずぅっと、一緒にいようね」

うっそりと微笑う彼にまた一瞬ひやりとした薄暗さを感じたけれど、その中でさえもあの宝石は眩い程に輝いている。

あぁ、僕はもうこの宝石から逃れる事は出来ないんだろうな。

彼と同じく僕も、この歪んだ光でさえきれいだと思ってしまったのだから。

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