都会の真ん中にある大学の構内は広過ぎず狭過ぎず、例え違う学部であってもすれ違う機会はたまにある。
その上あれだけきゃいきゃいと騒がしい集団であれば目立つのは必然というもので。
「何ソレ!アクセサリーなんて着けてるの初めて見たかもー!」
「確かにキレイだけど何かちょっと地味じゃない?真っ黒な…石?」
首筋から僅かに覗いたチェーンを目敏く見つけた女の子達が質問攻めにする。
これだけ人に囲まれていても今まで特定の恋人が居るなんて話は無かった彼の首に、見た事が無いアクセサリーがぶら下がっているとなれば様々な憶測が飛び交うのも致し方ない事だろう。
普段装飾品を身に付けることが無い彼のことだから、尚更。
「街でこないだたまたま見つけてね。思わず買っちゃったんだ。…似てるなぁと思って」
「へぇー?似てるって、何に?」
「んー?ひーみーつ」
そう言って大事そうに黒い石のついたペンダントを眺める彼は、今まで彼女らが見たことも無い程に穏やかで慈しみに満ちた顔をしていた。
その眼差しに色恋沙汰に聡い彼女らが気付かない筈も無く、やはり特定の人が出来てしまったのかと内心焦る者も居たがそれでも食い下がる猛者も居た。
「アタシも同じの探してみよっかなぁ。ね、お揃いにしようよ!」
「駄目だよ。これはたったひとつしかないんだって」
「えー残念!お揃いしたかったー」
「ふふっ、また別の機会にね。…これは、俺だけのお気に入りだから」
そう言ってペンダントを大事そうに服の中にしまう彼の目には、綺麗なだけじゃない妖しげな光も含まれていたことに一体誰が気付いただろう。
あ、またあんなに人だかりが出来てる…。その真ん中に居るアメジストの彼は、やっぱりきらきらしていて別世界の人みたいだなぁ。
ここからじゃ何を話してるのか全く分からないけれど、あの表情、何だかいつもより…。や、気のせいかも。
まぁいいか、と視線を前に戻そうとしたところで、人だかりの中心に居る彼とバチッと目が合った。視線がぶつかった瞬間、またぱあっと顔を輝かせて近付いてきた彼。
周りにいた子達に何やら断りを入れて、迷いもせずに僕のいる所へと小走りで駆け寄ってくる。
「ね、何してるの?」
「いや、そっちが何してんの…」
折角友達?と話していたのにそっちよりもわざわざ僕の方に来るなんて、本当に奇特な人だ。
気のせいかブンブンと振る尻尾が見える。
「俺はね、もう授業終わったんだけど」
「そう」
「そっちは?もう終わり?」
「授業…は無いけど、今から図書館に本返しにいくとこ」
「そっか。じゃあ半分持つよ」
「え、いいよ」
「持たせて。一緒に行こう?そんで…」
「うん?」
「今日、俺ん家来て」
「………え」
家に誘われてしまった。何故。
初の事態に困惑を隠し切れない。
固まってしまったままの僕から半分どころか全ての本を奪い取ると、彼が問い掛けた。
「返す本こんだけ?」
「…あ!うん、ってか家って、」
「大学から結構近いんだー。一人暮らしだから安心して?ね、決まり」
拒否権は無いのか。というか安心て、何を?あ、親御さんに気を使わなくていいよってことか。
家で何をするんだろう。
友達という友達が居たことないから、よく分かんないな…。お菓子とか持ってった方が良いのだろうか。
というか本当に何でまた。
きょとんとしたまま彼の後ろ姿を見つめていると、ふいに振り返った彼が「早く行こ?」と笑顔で促す。
その紫の瞳に一瞬妖しい光が見えた気がしたが、結局また断るタイミングを失ってしまった僕は彼に続いて歩くのだった。
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