mitei 無自覚な天然石 | ナノ


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美しい宝石に人々の目は釘付けになる、というのは大昔からの常識だろう。

様々な色、形、輝きを持つ石は人々を飾り付け、位を表し、契りの証になることもあれば時には争いの種になることもある。

それでも人々は輝くそれらに魅了され、心を奪われ、求めることを止めない。
そんな輝く石達に誰が如何ほどの基準を持ってして価値をつけるのかは知らないが、山を削り自然を削り、それでも求める誰かの為、ひいては利益の為に輝きを求め続けている。

歴史に刻まれる程人々を魅了し、惑わせ、惹きつけて止まないモノ。

では、その宝石は何を見るのだろう。

そんな宝石が釘付けになるものは、一体どんなものだろうか。宝石が見つめたくなる程のそれには、一体どのような価値があるというのか。

そんなもの、宝石には目なんて付いていないのだから議論の余地もない、何を言っているんだと一蹴されてしまうだろうか。

…ならば僕のこの状況は一体誰がどう説明してくれるっていうんだ。

「ねぇ、さっきから何読んでんの?図鑑?」

「………」

好奇心と期待に満ちた声を惜しげもなく僕へと放って、目の前の青年は問いかけた。
埃が舞い散るこの寂れた講堂でも、薄汚れた窓から差し込む太陽の光を受け取ってその宝石は十分な程輝いている。

うーん、…視界の端に映るだけでも眩しい。

薄暗い中屋内で熱心に此方を見るそれは一層輝きを増して、直視していられないくらいだ。
大袈裟な表現だって自分でも思う。けれどただでさえこんな風に人に見られることに慣れていない僕には、その視線は眩しいなんて言葉じゃ足りないくらいだ。

さらりと真っ直ぐな髪を揺らして僕の顔を覗き込んでくる奇特な彼。

この青年の噂は流石の僕でも聞いたことはある。何でも、とても美しく目を引く容姿をした生徒が同じ大学にいるのだとか。

格好が特別派手という訳ではない。服装は至って普通の大学生なのに、スタイルが良くそれだけで何でも着こなしてしまう。
その上スッと通った鼻筋に桜色の唇、長い睫毛に縁取られたアーモンド型の瞳…。
どこを取っても美形と言える彼は瞬く間に学校中の人気の的となったが、彼が一際人目を引くのはその瞳の色だという。

「ねぇ、こっち見て」

「………」

縋る様な声に根負けして本から少し顔を上げると、遂に噂通りのアメジストのような濃紫の輝きと目が合った。

成る程青や緑の瞳というのならテレビでも見たことはあるが、紫色の瞳というのは聞いたことがない。ましてやこんなに間近で見ることなど。

カラコンか…?とも思ったがちらりと見たそれは明らかに人工的に造り出せるような色ではないように思えた。
生まれつき、ということだろうか。そりゃあこんなに珍しい色の瞳をしていたら、構内でこうも噂になる訳だ。それにしても、間近で見るのと遠くから見るのとじゃまた印象が違うな…。

艶やかに流れる黒髪とシミ一つ無い真白い陶器の様な肌。陽に透けると僅かに血管の赤みを帯びるのが、彼が生き物であることを証明していて少し安心するくらいだ。

そんな風に全体的に儚げな雰囲気を纏いながらも声の調子は健康的な大学生という感じで、高過ぎず低過ぎず、相も変わらず僕へ向けて投げられ続けている。

「ねー無視?でも今明らかにこっち見たよね?」

「………別に」

この人は一体何がしたいんだろう。

ちらりと前髪の隙間から覗き見た宝石はやっぱり僕へと光を突き刺したまま、全く逸らしてくれる気配が無い。
決して嫌という訳ではないがそれがどうにも心地悪くて、僕はまた視線を落とし本へと逃げてしまった。

「あーあ、見えなくなっちゃった」

残念そうな声が少し上から聞こえるけれど、一体何のことなんだか。
僕が今読んでいる本のことならば、自分で図書館へでも行って借りてくればいいのに。一冊しか無いならば少し待って僕の次にでも借りればいいだけの話。
なのに何故そんなにも不満そうに非難されなければいけないのか、全く意味が分からない。

意識を本に戻そうとしていると、遠くで誰かの呼ぶ声が聞こえた。

「あーぁ…行かなきゃ。じゃあまたね」

その誰かの声に応じるように、一言だけ残して僕のすぐ近くにあった気配が遠ざかっていく。

そうだよ、それでいい。これでやっと読書に集中出来る…。筈なのに。

顔を上げ、誰も居なくなってしまったその空間がやけに広い。
そもそも人と関わりを持つことを好まない僕には友達と呼べる人なんて居ない。陰気な見た目故かあんな風に誰かに話し掛けられることも無ければ、例え話し掛けられたとしても先程の様な突慳貪な態度しか取れない。
なのに、彼は何と言った?

ふと思い出す、彼の去り際の一言。

「『また』って言った…?」

幻聴か?いやしかし、確かにそう聞こえたような気がするけれど…。
本を広げたまま首を傾げていると、教授が講堂に入ってきて授業が始まった。普段と変わらない、いつも通りの筈の当たり前の景色。

だけど思考は先程のアメジストの彼に支配されたまま、授業の内容など全く入ってこなかった。

「またね」って、何故また会う前提なんだ…?ちゃんと話したのは今日が初めての筈だし、学部も違いサークルにも参加していない僕は彼と接点なんて無い。
そもそも、この授業を受けないのなら何故彼はわざわざここに来たんだ?

乾いた風が古びた窓を揺らして、パラパラと手元の頁を勝手に捲る。
分厚い本が気まぐれに開いた頁には、先程間近で見たのと全く同じ色が載っていた。

『世界宝石図鑑』。

授業に全く集中出来ない僕の手の下に置かれていたのは、ただ興味本位で借りた分厚い図鑑だ。
その美しい色のすぐ下に、石の説明と共にその石が持つ意味などが記されていた。

「へぇ…石、言葉?」

石にも花言葉のようなものがあったなんて、知らなかったなぁ。

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