錆び付いた窓を無理矢理開けて、古びた空気を入れ替える。
サッシにはこれでもかというくらい埃が溜まっていて、風が押し寄せた瞬間に部屋中の空気と共に舞い上がった。
これを肺に吸い込むのは少々気が引けるな、と思った僕は少しだけ、呼吸を止める。
そのほんの数秒が苦しいのに、再び呼吸をすることも怖くて。
だけどやっぱり止めていられなくて、少し窓から離れたところですっと息を吸い込んだ。
途端、後ろから抱き締められる感覚がするが僕は驚かない。
だってどうせお前でしょう。
振り返って確認すると、ほうら。黄色い双眸と目が合った。
「またこんなことして、痛めつけてたの」
「ちょっと空気を入れ替えただけだろう?どうしてそんなに怖い顔してるの」
「嘘。また首を絞めただろう?」
彼がつうっとなぞる僕の首筋には何の痕もありはしないのに。
どうしてそんなに悲しそうな目をするの。
「…痛めつけたとして、何にも変わることは無いのにね」
嗚呼。否定するつもりだったのに、零れ落ちた言の葉はもう拾えない。
代わりに彼が先に拾ってしまったそれは小さな小さな尖った石となって、彼の心に溜まってゆくのだ。
僕の心にもあるように。
「変わるよ。痛い。…俺も、痛いのが増えるよ」
「だから、もうやめてよ」なんて。そんな事を弱々しい声で囁かれたって、僕にどうこう出来ることじゃないよ。
もっと奥深くに居る、僕のナカのあいつに言ってよ。
なんて、嘘だよ。僕自身でどうにでも出来てしまうことを、甘えたままで放置しているんだよ。
向き合って抱き締め返すと、彼の身体は少し。ほんの少しだけ震えていた。
まるで少しでも力加減を間違えると割れてしまいそう。
同じ事を思っているのか、彼も恐る恐る僕の背中に手を回す。
「…ごめんなんて、言わないよ」
「言わなくていい。だけど俺も、痛いから。それだけは覚えていて」
何のことか分からなくていい。
だけどきみも覚えていて。
きみを傷付けると、僕も痛いのだと。だから出来るだけ、やめて欲しいな。
なんて思うこと。
こうして痛みを分け合う僕らはとても強くて、弱いのだ。
世界はきっとそんな僕らに興味の欠片も無いだろうけれど、それでもいい。
それでいい。
痛みや苦しみだけじゃないことを彼はこうして教えてくれるから。
暖かいも寒いも、楽しいも嬉しいも、淋しいも。
出来ればずっと、抱き締め合っていたいこの執着心も。
風が止んだ。部屋の空気が入れ替わると今度は、違う季節の匂いが鼻腔を擽った。
あの花が枯れ落ちたら今度は、あの花が咲くのだろうな。
「行こう」
手と手を繋いで部屋を出る。
靴を履いて。太陽を怖がらないであげて。
ボロくなったスニーカーが奏でるその足音が、今日も愛おしい。
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